番外編1 ヘクターの無自覚魔法無双
やっと着いた。馬車を乗り継いで2週間近くかかったから、移動だけでマジでくたびれた。
俺、ヘクターはどうにかこうにかトリッリウム・ズマッリ王国の魔法陣研究所に到着した。
途中の村で乗り継ぎがうまくいかなくて、馬車を2日ほど待ったのも余計に疲れる原因だったな。
まぁそもそも、国交がほとんどないらしいからそんなもんなのかもしれないが。
親父は、俺がズマッリに留学するのに合わせて特産品を輸出するルートを開発すると言っていた。
当然、窓口は俺だ。
勉強しに来たっていうのに、仕事をさせられるのは負担でしかない。ちゃんと親父と交渉して、正当な報酬を引っ張り出したから良しとしたけど、やっぱりちょっと納得できていない。
「はい、確認できました。ようこそいらっしゃいました、ヘクター・カトラルさん。ぜひたくさん学んでくださいね」
受付のお姉さんの笑顔が可愛い。これは当たりだ。表情がだらしなくならないように、気を付けたつもりだけど大丈夫かな?
「ありがとうございます」
「これが敷地内の地図です。何度も建て増ししたために迷路のようになっていますから、慣れるまでは持ち歩いてくださいね。学生寮はこちらの端、ここが教室棟、それからこちらが実験棟です」
「わかりました!」
紙を受け取るときにちょっと指が触れた。すべすべだった。幸先いいなぁ。
俺は留学生だから研究所が用意してくれてる学生寮に入るけど、ほとんどの研究員と学生は普通に王都の家から通っているらしい。学生は少ししかいない。基礎学園の上の高等魔法学園を卒業してさらに学びたいごく少数のために設けられた、研究所所属の准研究員という扱いだ。
留学生枠はあってないようなものらしいが、今回は久しぶりの留学生だと聞いた。トリフォーリアム・プラーテンスからの留学生は実は研究所初だって。さすが俺。
「トリフォーリアム・プラーテンス王国からまいりました、ヘクター・カトラルと申します。この度は受け入れていただいてありがとうございます」
俺だって貴族の端くれだから、こういうきちんとした挨拶くらいできる。
めっちゃビビってるけどな!!筋肉つけてて良かった。力を入れとけば震えも止まる。万が一のために覚えておいたズマッリ式のマナーが役立つとは思いもしなかった。
朝、まず最初に所属することになった研究室の先生に挨拶したら、軽い調子で「じゃあ、先に留学担当のところに挨拶に行こうか」って連れてこられたのが所長室。
所長って、ズマッリ王国の王弟じゃん!予定になかったんだけど!?
王弟って、王族!
国のトップ!貴族とは別格の王族!!俺、プラーテンスの王族にも会ったことないんだってば?!
「そう固くならないでくれ。君の論文は視点が独特で興味深かった。ここで学んで、新しい風を吹き込んで欲しい」
「はっ!色々と学ばせていただきます!」
最敬礼すれば、王弟殿下は優しそうに頷いてくれた。
多分、なんとか適度にやりすごせた、かな?
◇◆◇◆◇◆
魔法陣って奥が深い。
っていうか、文字多すぎ。
とりあえず基本の文字を覚えるだけで1週間かかったし、小さい魔法陣の仕組みを学ぶだけでも2週間かかった。
ぶっちゃけギリギリのスケジュール。めっちゃスパルタだ、この先生。
なんていうか、ちょっとコゥを思い出す。元気かな、コゥ。多分魔塔でもなんかやらかしてるんだろうな。
「はい、では見本を見せましょう。ヘクター、お願いします」
「わかりました」
今日は、研究所からズマッリの高等魔法学園に出張に来ている。所属している研究室の研究員の一人、バルフ先輩が学園で講師をしているんだって。それで、手伝いをしたらバイト代を出すと言ってくれたのでついてきた。
決して、詰め込まれる魔法陣の勉強がしんどくなって逃げてきたわけじゃない。
バルフ先輩が担当している授業は、魔法基礎学。
今は年度が始まったところなので、それぞれの適応魔法がどれくらいのレベルかを確認し終わったところらしい。
それにしてもあのへんの生徒たち、若干態度が良くないな。まぁプラーテンスは魔法陣がほとんど広まってないし、確かにそういう意味でズマッリより遅れてるけど。「ど田舎の浅学者が魔法なんて使えるの?」ってなんだ。魔法は使えるっつうの。魔法陣をあまり知らないから学びに来ただけなのに、気分悪い。
バルフ先輩は火魔法を使えるので、土魔法を元々使えて水魔法も使えるようになった俺が補助に呼ばれた。そういえばこっちに来る少し前に木魔法も使えるようになってるんだけど、申請した方が良かったかな?
発現の見本をしてほしいと言われていたので、とりあえず水弾と土塊を両手に一つずつ出した。
「「「「「え?」」」」」
「え?」
なんかびっくりされた。
「あ、あぁ、確かプラーテンスでは同時発動?の魔法が開発されたんだった、か?」
バルフ先輩がそう言った。どうやら、コゥの功績はここまで広がっているらしい。なんか嬉しいな。
「はい。友人が開発したので、直接教わったんですよ。えっと、コレをあの的に当てるんですよね」
「そうだ」
「では」
ぽいぽい、と投げればバシンドカンと当たって的が割れた。
ちょっと遠慮したから弱めだけど、まぁいつも通りの威力だな。
「「「「「えっ?」」」」」
「へ?」
バルフ先輩も生徒たちも、的と俺を見比べている。もしかして。
「あ、威力弱かったですか?そうなんですよね、俺はプラーテンスの学園ではちょっと威力がイマイチな方で。グラスタイガーも4発は使うレベルなんですよ」
へらりと笑うヘクターを見たバルフと生徒の心は一つになった。
――― こいつの魔法、めっっちゃ強くない?
「元々は土魔法だけしか使えなかったんですけどね。同時発動を開発した友人が他の属性も使えるようになる方法も見つけて。あ、これも論文あるからご存じですかね。訓練したら水魔法も使えるようになったんで、同時発動も2属性できるようになってようやく格好がついたんですよ、あはは」
なんだろう、反応が薄い。やっぱしょぼかったかなぁ?同時発動はすごいと思うんだけど。学園でもできる生徒は限られてたからな。
「あ、やっぱり同時発動だと威力は落ちるんです。同時発動じゃなければ、あの的くらい粉々にできますから。開発した友人なら、同時発動でも威力がそのままなんですけどね。でも、少し前に木魔法も使えるようになったんで、俺も捨てたもんじゃないですよ!」
なんとかドン引きの場を盛り上げようと話し続けるヘクターを見て、バルフと生徒たちの背中を冷たい汗が流れた。
―― もしかして、魔法陣が後れてるだけで、プラーテンスって魔法大国……?
魔法を見せた後、若干引かれたかと思ったんだけど、すぐに生徒たちに囲まれた。
やっぱり同時発動はロマンだよな。
そんで、今も毎日走って筋トレしてるって言ったらまた引かれたけど興味は持ってもらえたらしい。
訓練したら魔法の安定力も変わるし、人によっては威力も上がるだろう。
学園は研究所からも近いから、朝一緒に走るか?って聞いたら男子が何人か手を上げた。
筋トレしたらこうなれる、って腕に力を入れて見せたのも効いたかな?やっぱ筋肉いいよな!
後輩に慕われるって、なんかいい。
俺は基礎を一緒にするくらいしかできないけど、知っていることを伝えるっていうのもなかなか気分が上がる。ちょっとだけ、俺に色々教えてくれたコゥの気持ちが分かった気がする。
◆◇◆◇◆◇
「なるほど、魔法陣に関しても素晴らしいスピードで学んでいると」
所長室で報告を受けた王弟は、笑顔のまま頷いた。それを見た報告者、ヘクターの師となったイーガンは、一度口をつぐんでから、結局バルフからの報告事項を伝えることにした。
「その、所長。実はカトラルは、バルフの学園での講義を手伝うようになりまして」
「あぁ聞いている。それで?」
「実はそこで、魔法を見せたそうなんです」
イーガンの追加の報告を聞くうちに、王弟は思わず机に腕を置いて前のめりになっていた。
「威力が桁違いなのに、本人は弱いと言い切った?同時発動?属性が増えた??」
ヘクターが言った論文の存在は知っていたが、信憑性がゼロだと思っていた。
それを、ただの学生が身につけている。王弟はごくりと喉を鳴らした。
「それで、カトラルに教わっている生徒たちは?」
「訓練をはじめて1週間ほどですが、彼に合わせるととにかく魔法を使い続けるので非常に疲弊しています。とはいえ、個人差はあれど威力が増していると」
「その訓練を、当たり前のことだと?」
「はい。特別なことだとは思っていないようです。あれが普通になれば、我が国の魔法レベルは一気にあがりますよ」
それを聞いて、王弟は椅子にどさりと背中をあずけた。
「魔法陣について教えてやろうと思っていたのに、こちらが魔法を教わる羽目になるとは……。いやそれどころじゃない、他国よりも先に手を打たなければ。プラーテンスの魔法学園と提携すべきだと、兄上に進言する」
「それほどですか?」
イーガンが聞けば、王弟は深く頷いた。
「カトラルは自身を過小評価しているわけではなさそうだ。そしてその訓練法をカトラルに伝えたという天才は、魔塔に入ったんだろう?だったら、じきにプラーテンスの価値を他国が知ることになる。その前に、我が国がいち早く手を結ぶ」
「なるほど、それがいいでしょうね。……カトラルについては?」
「あぁ、そうだな……ここで扱いを間違えるとプラーテンスと決別する可能性がある。まずは、その訓練を学園の課外授業として認めさせる。そして、カトラルは留学生だが特別講師として正規職員と同じ体系で給与を支払う。我が国として正当に評価していることを表明しておこう」
イーガンは頷いた。
「魔法陣の習得速度などは、これまで通りでよろしいですか?」
「あぁ、それはもちろんだ。とにかく、出し惜しみせずいい関係を築いてくれ。そこからも繋がりを強くするぞ」
そう言いながら、王弟は兄である国王との面会を急ぐべく、先触れの手紙を書くために引き出しから便箋を取り出した。イーガンは、粛々と頭を下げた。
「かしこまりました」
そんなことになっているとは露ほども知らず、ヘクターは朝の訓練に女生徒が参加しだしたことに頬を緩めていた。
「ここにきて、やっと俺のモテ期きちゃうかなー?」
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