49 魔法青年は魔法陣を学ぶ

「まぁそうだな、魔法陣に関してだけならば、プラーテンス王国は後れを取っている国だ。魔法陣を使った道具もさほど流通していないんじゃろう?」

昼食のサンドイッチを食べながら、ディケンズはそう言った。

珍しく研究が一段落ついていたようで、まともな時間に昼休憩を取っていたのだ。コーディも、ディケンズと机を挟んで昼食にしていた。


「はい。国では契約の魔法陣くらいしか見ませんでした。道具は、少なくとも僕は見たことがなかったです」

「魔塔とのつながりが薄かったからだろうな。しかし、魔法陣だけでなく、風火水土木の5属性魔法もまた魔法だ。正直、ワシはお前さんの魔法同時発動の論文を見て驚いたんじゃよ。同時発動はもちろん素晴らしい発想だが、なによりも書かれていた魔法の威力が非常に強かった。だから、コーディ個人の魔力が格段に大きく、研究者として優れた素質を持っていると考えた」

「威力、ですか?確かに僕は同級生よりも魔力が多くて強い魔法を使えますが、確か同時発動の論文に書いた魔法は学園生の平均に合わせたもののはずです」


同時発動の論文では、人の頭程度の大きさの水魔法と火魔法を同時に発動して順番に的にぶつける方法を例としていた。誰でも再現できる必要があると考えたので、的の大きさや的までの距離などを細かく設定し、実際の結果まで書いていた。

「それだが、威力が強すぎる。あの大きさの火魔法で、直径1メートル、厚さ5センチの板が数秒で燃え尽きるのは平均的ではない。何十年も修行した練度の高い魔法使いならいざしらず、学生ごときが実現できる威力ではないと踏んだんじゃよ」

それを聞いて、コーディは目をぱちくりとさせた。


「え?でも、僕の同級生たちは……」

「そう、お前さんに聞く限り、同時発動の魔法はごく平均的なものという扱いだった。コーディ、普通の魔法使いはな、グラスタイガーを倒すのに頭大の火魔法なら10発は必要なんじゃよ」

「10発?そんなにいるんですか?それは、同じ火魔法なんでしょうか」


魔獣がうようよいる森の近くのブリンクという町に流刑にされたアーリン・ナッシュであれば、2発で倒せたはずだ。なお、今のコーディであれば1発である。

「練度が違うんじゃ。プラーテンスは、長らく魔法に関しては独自に発展したんじゃろうな。魔獣の森に接していることもあるかもしれん。聞いた話では、町一つで森の入口を制しているのだろう?」

今ちょうど考えていたことを言われ、コーディは思わず口の中のサンドイッチをゴクリと飲み込んだ。


「はい、そうです。ブリンクという町で、魔力の高い犯罪者が強制労働として魔獣の討伐をさせられています。賃金目当ての冒険者も合わせて、200名ほどが常に対応していると聞いています」

「範囲も狭くないうえに、あの魔獣の森だというのに、たった200名で抑え込んでいるのか。確かあの近くにも魔力の乱れがあるから、ある程度魔獣の動きが制限されるとはいえ、その状態はすさまじいぞ」

ディケンズはサンドイッチを持っていない手で髭をなでた。


「そうなんですか?」

「うむ。生息している魔獣の強さこそ迷いの樹海ほどではないが、森から出てくるために危険度はむしろ高い。あの森に接しているほかの国は、常に1,000名以上の魔法を使える専門部隊が魔獣狩りをしていて、それでもたまに近隣の領地に人的被害が出ると聞く。つまりな、プラーテンスにいる上位の魔法使いは、ほかの国の上位の魔法使いの5人分以上ともいえる魔法を使えるんじゃよ。当然、平均も高いだろうな」


まさかの話に、コーディは絶句した。

しかも、その事実は今のところ公になっていないという。

「プラーテンスは、割と閉鎖的な国じゃからのぅ。貴族も平民も冒険者も関係なく、ほとんど国民を外に出さない。魔塔との繋がりもなくなって、発覚しなかったんだろうなぁ」


コーディは、ヘクターのことを思い浮かべた。そういえば、他国への留学は数十年ぶりだとかでかなり国が渋ったし、手続きが大変だったと言っていた。魔法使いは国に仕えるのが基本だとかなり説得されたらしい。

魔法陣の技術を持ち帰るためだと説得した彼は今頃、魔法のギャップに驚いているのだろうか。

国を超えた組織である冒険者ギルドの方はわからない。しかし知り合いの冒険者は、プラーテンスでは冒険者も国籍を貰えるから国を出るものは少ないと言っていた。そこもうまく囲い込んでいるのかもしれない。


「まぁそれはともかく、魔法陣を学ぶことは魔法の練度を上げることにも繋がるからな。どんどん学びなさい。ワシは魔法陣を解析して改善するところまでしかできんが、それでもある程度のことは答えられるはずじゃ」

「わかりました、ありがとうございます」


確か、魔法陣の研究者だというギユメットは、簡略化が主要研究で難しいものだ、と言っていたはずだ。

軽く「それしかできない」と言ってのけるディケンズは、魔塔の中でもやはり実力が突出しているのだろう。しかも、弟子相手であろうと優れたものを優れていると認め、そこから学ぶ謙虚さと貪欲さもある。


―― まったく、稀有な御仁だ。


改めて、ディケンズに師事できて幸運だったとコーディは笑顔になった。





◇◆◇◆◇◆





魔法陣は、専用の文字を使って特定の魔法を発現させる。参考書には、文字で魔力の道筋を作ると書いてあった。


この世界で使われている文字は国をまたいで共通しており、およそ30文字ほどを使って表記する。英語ヨーロッパ圏の文字と同じような使い方なので、コーディにとっても違和感の少ない言葉だ。

対して、魔法陣に使う文字は最低でも300文字、全容は不明。一説には1,000文字とも10,000文字とも言われているそうだ。誰かに解析されないよう、新しい文字を作り出して使う場合もあるらしいから驚きだ。


前世の日本語は、日常生活ではひらがな・カタカナに加えて2,000文字程度の漢字を使っていたが、それより多い可能性があるわけだ。

しかも、決まった文字だけではなく未知の新しい文字を使う場合もある。

漢字に近い文字なのだろう、文字一つ一つに加えて文字の大きさや並びにも意味がある。まさに魔法陣は絶妙なバランスで組み上げられた魔法回路なのだ。


「なるほど、だからここでこの文字を小さくすれば逆の意味になると」

コーディはぶつぶつと独り言をいいながら魔法陣の解説本と向き合っていた。離れた机ではディケンズもなにやらごにょごにょ言いながらメモを取っている。

似たもの師弟だ。



魔法陣の学習を進めていくと、ギユメットの言ったことも、ディケンズの言ったこともよく分かった。

過去の魔法陣を解析して効率化するのは非常に神経を使うめんどくさい作業だ。新しい魔法陣を作る方が楽だというのも納得である。そして、ディケンズはそれをいとも簡単にやってのけた。

魔法陣の理解が魔法の練度を上げるきっかけになるというのも身をもってわかった。


今まで、コーディはイメージで魔法を使っていた。前世で得た大量の知識や映像をはじめとする情報がある程度具体的な想像を可能にしていたわけだが、そこに魔法陣で使う文字を組み込むと、使用する魔力に対して威力が跳ね上がったのだ。

試したところ、既存の魔法陣の文字である必要はなく、漢字でも同じ結果になった。文字に固定のイメージがあれば、魔力の流れに無駄がなくなり威力が増すようだ。

映像としてのイメージだけではなく、頭の中で似た意味の魔法陣の文字や漢字などを一緒に思い浮かべるだけで、一気に変わった。


魔法陣の文字をイメージしながら魔法を使う方法は、一応論文になっていた。

しかしそれは、魔法陣がもてはやされる中で埋もれてしまったらしかった。文字を覚えていちいち思い出すよりも、書いておいて魔力を通す魔法陣の方が、簡単に複雑なことができるのは確かだ。

その論文を書いた研究者ブルーノ・ホーリスは魔塔に所属していたが、数年前に自ら除籍を願い出て、どこかへ去ったらしい。


―― 流行りに乗れなかったんじゃろうが、優秀だろうにもったいないことだ。


魔塔ではあまり評価されなかったのだろうが、まだどこかで研究を続けているかもしれない。

コーディは、その論文の筆者の名前を覚えておこうと思った。

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