48 魔法青年は先輩を煙に巻く
「成果を上げるためには、質の良い論文をいくつも書く必要があるんですね」
コーディは気を取り直して口を開いた。
「そうだ。それが研究室の評価になり、ひいては研究費の増額と給与にもつながる。我が研究室では、実績を出せる研究員には給与を与えているからな。室長たるレルカン先生は実力主義なんだ。だから、お前も我が研究室にきて論文をどんどん書くといい。そうすれば、魔法弱者なプラーテンスも少しは魔法陣が普及して平均程度には魔法陣を使った道具が行き渡るだろう」
ギユメットはうむうむと頷きながら言った。どうやら、コーディにとってもそうするのが当然だと考えているらしい。
「ロスシルディアナ帝国は魔法先進国ですから、もどかしく見えるでしょうね。プラーテンスの隣のズマッリ王国も、やはり魔法陣では後れを取っているのでしょうか」
そこは、ヘクターが留学した国だ。少なくともプラーテンス王国よりも魔法陣が進んでいると聞いているのだが。
「ズマッリか……あそこには、認めたくはないが魔法陣の研究に関しては突出した天才がいる。魔塔に来るのは拒否したらしいがな。まったく、魔塔の価値を知らん国ばかりだ」
ギユメットが忌々しそうに言った。
「ギユメットさんが天才と言うからには、なかなかの研究者なんですね」
確か、ヘクターはズマッリ王立研究所に行けることになったと喜んでいたのだが、はたして。
「あぁ、どうやらあの国の王弟らしくてな。研究所の所長なんぞをやっていると聞いた。小国の研究所でくすぶっているより、魔塔に来たほうがよっぽど先端の研究ができるというのに。きっと魔法陣の研究も数年単位で進んだはずだ」
ギユメットは憤慨しながら言ったが、さすがに王族が魔塔に来るのは難しいだろう。
実際に国王の弟なのだから、魔塔への不可侵というルールに触れてしまう恐れがある。そして一国がルールを破れば、多くの国が王族を送り込もうとするはずだ。そうなれば、また迷いの樹海に多くの国の武力が吸い込まれる事態に陥りかねない。
魔法関連の情報には詳しそうだが、ギユメットはどうにも魔塔主義のようだ。魔塔が研究の第一線でさえあれば、ほかはあまり気にしないというような。そのわりに自国の自慢もしているから、故郷は特別枠だろうか。
―― まぁ、誰しも矛盾を抱えるものだがのぅ。
ズマッリ王国はそこまで大きな国ではない。プラーテンス王国よりは大きいが、どちらかというと農耕に力を入れたのんびりした国だ。
いたずらに世界を混乱させるよりも、自国で研究できる環境を整えることにしたのだろう。
そんな研究所に入ったのだから、きっとヘクターは思う存分魔法陣を学べているはずだ。自ら選んで行ったにもかかわらず、扱かれて愚痴っている姿も容易に想像できるが。
一息ついたら、コーディから友人たちに手紙を送ろうと思った。
「プラーテンスはまだまだ途上ですが、ロスシルディアナ帝国では魔塔に所属すれば身分以上に名誉なんでしょうね」
ギユメット自身のことに話を向けると、彼の機嫌は一転した。
「当然だ。私は侯爵だが、扱いとしては準王族に等しい。私という天才を世に送り出した家は、ご利益にあやかろうと常に誰かしらの来客があるらしいからな。もちろん帝国から魔塔に来ているものは少なくないが、それでもせいぜい15名だ。私達は、選ばれた才ある者なのだ」
ふんぞり返るように言うギユメットに、コーディはさもありなんと頷いてみせた。そんなコーディの態度を見て、ギユメットはさらに笑みを浮かべた。
「魔塔の発展は、ギユメットさんのような研究者が支えているんですね。やはり、外貨はそういった研究がもたらすんですか?」
ギユメットの言からするに、どうやらホリー村でもお金はそれなりに力を持つものらしい。コーディが思っているよりも、頻繁に各国とやり取りしているのかもしれない。
「あぁ、そうだ。もちろん、繋がりのある国へ提供することが多い。そういった意味では、私はロスシルディアナを代表する研究者でありながら窓口でもある。もちろん対価は受け取るがな。魔塔に所属しているものだけが使える輸送方法もあるから、大抵はそれを使う」
輸送については初耳である。
「特別な輸送方法ですか?」
「あぁ、ゲートから直接魔塔に入る魔法陣があるだろう?あれを応用したものだ。お前も少し学べば国に何か送るくらい簡単にできるだろうさ。私達はそれを通じて金銭や物品をやり取りしている。ホリー村のただの住民にはできないことだから、これも若い研究者にとっては大切な収入源といえる」
「魔塔の外と直接やり取りできるんですね。それは知らなかったです」
「まぁあの爺さんはやってないだろうからな。知りたいなら、あぁ、その本に書いてある。魔塔で発展してきた魔法陣を紹介している中にあるぞ。私はすぐに理解したから、お前でも少し頑張れば習得できるだろう」
ギユメットが指したのは、『魔法陣概論〜魔塔における歴史〜』という本だ。
なるほど、これを学べば友人に手紙を届けるのも簡単になるらしい。非常に有益な情報だ。
「すごいです。ギユメットさんは、魔法や研究に愛されているんですね。さすがです」
「はははは!研究に愛されている、か。確かにその通りだ。今も3つほど研究を進めているところだからな」
どうやら、態度はともかく優秀な研究者らしい。個人なのかグループなのかはわからないが、本当に研究しているならかなり優秀だ。
「どういった研究を?やはり魔法陣ですか?」
「あぁ、魔法陣を簡略化する研究を主体としている。その傍ら新しい魔法陣を開発もしているぞ。まぁ、新しい魔法陣の開発は若い研究者の暇つぶしのようなものだ」
「新しい魔法陣の方が暇つぶしなんですか?簡略化の方が簡単そうに思えます」
コーディにとっても割と興味のある話題だ。ギユメットは楽しそうに口を開いた。
「そうか?まぁ、魔法陣を知らない者は、元からあるものに手を加える方が楽と考えるらしいな。実際には、新しく作る方が楽だ。もちろん、既存の魔法陣が多いから、全く新しいものを作るのはアイディア勝負になる。魔法陣は、どれも絶妙なバランスを保っているものばかりだ。一箇所変えるだけで発動しないのはざら、下手をすると暴発。文言が少し違うだけで全く別の効果を出して結果的に新しい魔法陣を見つける、なんてこともよくある。簡略化の利点は、魔法陣を小さくできることはもちろんだが、過去の遺産を正確に理解できる点にもある。知識と技術のいる細やかで難しい作業だからとても時間がかかるが、それも身についていく。簡略化は魔法によって社会を一歩も二歩も前進させる研究なんだ」
方向性や権力欲はともかくとして、やはりギユメットも魔塔の住人らしいところがあるようだ。
「素晴らしいです。あっ、僕としたことが。そんな先輩の時間をたくさんいただいてしまいました。僕にとっては多くを教わってとても有意義な時間でしたが、ギユメットさんにはなすべき研究があるんですよね。お時間いただいてありがとうございます」
「あぁ、そうだった。では戻るとしよう、私を愛する研究が待っているからな」
ギユメットは、上機嫌に言って階段を上っていった。
コーディの記憶が確かなら、ギユメットの言うレルカンという名前は、ディケンズの研究室がある35階にはなかった。それなら、うまくいけばはち合わせることなく研究室に戻れるだろう。
そっと聞き耳を立て、足音が消えてからコーディは階段室へ足を踏み入れた。
重い荷物を抱えていても、階段の魔法は同じように働くようだ。とても楽に上ることができた。
―― 話題のすり替えに気づかぬうちに戻るかのぅ。
ギユメットがコーディを勧誘しそこなったことに気づいたのは、自分の研究室に戻って数時間経ってからのことだったという。
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