47 魔法青年は魔塔の実情を垣間見る
本を抱えたまま、改めて目の前の人物に向き直った。
どうやら年の頃は30前後だろうか、それなりの年齢の男性だ。黒いローブはもちろん、中に着ている服も随分と上質な生地だ。ローブのデザインは同じなので、支給されるものとは別に作ったのだろう。髪もディケンズのようにボサボサではなくきちんと整えられていて、立っているだけなのになんとなく所作に美しさがある。
とりあえずは今のコーディよりは年配だし、魔塔における先輩でもある。
―― さっさと本をアイテムボックスにしまっておけば良かったのぅ。
ずしりと重い腕に視線を向けてから、コーディは本を落とさない程度に頭を下げた。
「はい、僕がコーディ・タルコットです。先輩とお見受けしますが、いかんせん受付の方とディケンズ先生以外の方に魔塔でお会いするのは初めてなもので、お名前を伺ってもよろしいですか?」
教えを乞う体でそう聞けば、目の前の男性は鼻を鳴らして顎を上げた。
「ふん。あの偏屈爺についていたらまぁそうなるだろうな。私はジェルマン・ギユメットだ。覚えておけ」
「ギユメットさんですね。どういったご用件かうかがっても?」
「大したことはない。あの爺のところから栄えある我が研究室に移ってくるがいい。お前の論文は見どころがある。私達がうまく使ってやろうじゃないか」
「なぜそんな利のないことをせにゃならんのだ」
口をゆがめ、ニヤニヤと笑いながらもうんうん、と頷きながらギユメットがそう言うので、コーディは思わず素で返してしまった。
「そうだろ……はっ?今なんと言った?」
当然同意しか返らないと思い込んでいたギユメットは、コーディが了承しなかったことを理解して不快な表情を隠しもしなかった。
「お前っ……私がかのロスシルディアナ帝国の侯爵位を持つと知っての拒否だろうな?!」
唾を飛ばしながら大声を出したギユメットは、コーディを追い詰めるように一歩踏み出した。
ロスシルディアナ帝国とは、この大陸でも1・2を争う大国である。グロゥユーズ皇帝家を頂点として、50を超える大貴族が地方を治め、さらに小貴族が各都市を治めている。江戸幕府に近い治世を行っている国だ。
身分制度はきっちりしていながら、ある程度の資本主義も取り入れていて、平民にも一攫千金のチャンスがある。
侯爵位は、確か大貴族相当の身分だ。とはいえ、そもそも魔塔にいるので国の権力はそんなに役に立たないと思えるのだが。
「今なら、田舎者ゆえの無知と許してやろうじゃないか。どこだか知らんが、相当な田舎出身なのだろう?」
「プラーテンス王国です」
「あぁ、あの小国……なら、魔法弱者じゃないか!よくもまぁ魔塔に来れたな。身分は?」
ギユメットは、鷹揚に頷いてみせた。
「準騎士爵を受けました」
「は?魔塔に呼ばれた人間を、よりによって準騎士爵だと?!なんと情けない…少なくとも伯爵、いやあの小国なら公爵でもいいではないか!まったく、魔塔に所属する者の価値を欠片も理解しない国なのだな」
国をバカにしたと思ったら、今度はコーディの扱いに憤慨しだした。
どうやら、随分と魔塔への評価が高いらしい。
「他の国の方は、もっと高い地位を受けて来られているんですか?」
ほかにも聞きたいことはあるが、関係値ができあがっていないのでアレコレ聞くのは不自然だ。まずは相手の話題を広げるところからだろう。
「あぁ、そうだな。ここの村出身の者はともかく、普通は伯爵・侯爵あたり、小国なら公爵というところもある。親の爵位など関係なく、魔塔所属者として叙爵するものだ。魔法が盛んな国では、魔法爵という魔塔所属者専用の爵位を用意しているところもあるな。地位としてはおおよそ侯爵程度のものらしい」
胸を張るように告げるギユメットは、周辺国のことも魔塔の事情もかなり詳しいようだ。ディケンズは身分など気にもしていないようなので聞いたことはなく、なかなか新鮮な話題である。
「魔塔に呼ばれるのはとても名誉なことなんですね。我が国は、そういった意味では後進的なんでしょう。魔法陣もあまり使われていませんでした」
「そうなのか?魔法陣を使った道具はかなり流通しているものだとばかり思っていた」
「ごく一部に魔法陣が使われていますが、魔法の上位種のような扱いです。帝国では日常的に魔法陣を使った道具を活用されているんですか?」
ほんのり持ち上げて聞けば、ギユメットはまんざらでもなさそうに頷いた。
「そうだ。貴族の家は当然だが、平民も貧困層でなければ持っているものだ。火を起こしたり水を汲んだりといったことはほとんどしないな」
どうやら、魔塔とのつながりは生活レベルに直結するようだ。ラノベで見かけた魔導具のような便利なものなのだろう。
「そういえば、魔塔の水回りもすべて魔法陣が使われています。ほこりもどこにも落ちていません。帝国でもそうなら、とても便利なのですね」
「あぁそうだ。プラーテンスのような魔法後進国では想像もできないだろうな。私達は、より効率的な魔法陣を開発して国に貢献することを目指している。だから、お前も我が研究室に来ればいい」
「なぜ、そんなに僕を勧誘されるんですか?」
コーディは、確かに来てすぐに論文を書いたが、魔法陣には関係ないものだったうえに、所詮ひよっこのはずだ。不思議に思って聞けば、ギユメットは片眉を上げて一瞬口をつぐみ、もったいぶってから答えた。
「お前、論文の数と研究室のことは聞いたことはないか?」
「論文の数ですか?いいえ、何も」
コーディが首を横に振ると、ギユメットは口を歪めてニヤリと笑った。
「まぁ、あの爺さんだからな。魔塔での研究室の評価は研究費に直結していて、論文の数と質によって決まるんだ。もちろん、数が多いだけではだめだ。進展がなかったりただの事実報告だったりするものは点数が低い」
「論文の質は、誰が確認しているんでしょうか」
「中央と、魔塔だ」
「中央はわかりますが……」
魔塔が判断するとはいったいどういうことなのだろう。不思議そうに聞くコーディに、ギユメットは仕方がないとでも言いたげに首を振ってみせた。いちいち仕草が芝居がかっている。
「魔塔の創始者が特別な魔法陣を施した部屋を作ったんだ。その部屋で認められた論文しか魔塔は認可しない。過去の研究をすべて網羅して蓄積していて、魔法研究に関しての評価が自動的にくだされるらしい。その部屋で、中央の研究員が複数人関わって正式に認可すると聞いている」
どうやら、データベースのようなものを構築している魔法陣なのだろう。しかし、不正を見分けるような仕組みはないと思われる。それがあれば、魔塔に初めて来た日に声をかけてきた男性のように、名前だけ論文に載せろなどという人物はあらわれないだろう。
研究室をまたいでも成果が反映されるのかどうかはまだわからないが、あの男性がしたかったことはやっと理解できた。
―― 魔塔ですら、結局は人の集まりか。
コーディは思わず遠い目になった。
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