46 魔法青年は調査結果を調べる

ディケンズが魔力を自然にまとえるようになるまでにかかった時間は、およそ1週間だった。

学生だったスタンリーたちと比べてはいけないのだろうが、さすが魔塔の研究室を持っているだけはある。


「この方法なら、外に出るのが嫌いな魔塔の研究者たちもできるようになるかもしれんのぅ。できるかどうかは別じゃが。まぁこれも論文としてまとめなさい」

「わかりました」

そういうわけで、コーディは魔塔に所属してから初めての論文を書くことになった。もちろん、監修はディケンズだけである。

ディケンズの習得までの記録をもとに理論を組み直し、1本書き上げて提出した。




「先生。そういえば、聞き忘れていたんですが」

「なんじゃな?」

魔塔に来ておよそ半月経ち、コーディはディケンズに話しかけるタイミングがわかってきた。彼が集中力を全身で解いたときが、話しかけてもきちんと返事がくるときである。


「結局、あの赤い岩の場所はどういったところかわかっていないんですか?」

「あぁ……たしか、そのへんにまとめた論文があるぞ」

ディケンズは、本棚の前に積み上げられた紙を指差した。どうやら、そこにあるものは論文だったらしい。


「わかりました、探してみます」

「たしか、最近まとめ直したから、厚めの論文があるはずじゃ。それが一番わかりやすい」

「ありがとうございます」


論文は、高さおおよそ50センチの山となって本棚の前にいくつも並んでいた。

コーディは思わず小さくため息をついたが、片付けができないものは仕方がない。諦めて、手前から一冊ずつ確認していくことにした。


ほぼまる一日かけて探したが、結局別の本棚の一部に置いてあった紙の束の中にあった。

論文は、内容にもよるが基本的には薄い冊子として配布されているらしい。つまり、背表紙にタイトルなど書いていないので非常に分かりにくいのだ。

ディケンズは、大体の内容ごとに論文を集めていたようで、そこにあった論文はすべて赤い岩の場所についてのものだった。その中から、最近の日付のうち一番分厚いものを手に取った。


「『赤岩遺跡の歴史・総まとめ版』これか」

それは、およそ100ページにおよぶ論文だった。

論文というよりは、もはやちょっとした解説本である。




概要はこうだ。

赤い岩がいつからあったのかは不明である。少なくとも、魔塔が建造された200年ほど前にはすでに存在していた。おおよそ円形に並んでいるようだが、内側にも複数見受けられ、その意図ははっきりしない。魔力の乱れがあり、赤い岩そのものにも魔力が感じられるが、乱れの原因ではないと思われる。これまでにわかっていることは、そのあたりに大きな魔力の乱れがあること、赤い岩の大きさは1メートルから2メートルほどとバラバラであること、おおよそ200メートルの範囲に岩が広がっていること、赤い岩からもなにかの魔力を感じること。


そういったことから考えられる仮説として挙げられているのは、「古代の遺跡で何らかの儀式を行った場所」「大昔に隕石が落ちた痕跡」「魔獣の墓場」など様々である。変わったところでは、「おとぎ話の六魔駕獣ろくまがじゅうの巣だった場所」という説まであった。

六魔駕獣ろくまがじゅう……どこかで見た気がするが」

むむむ、と記憶を探ったところ、もとのコーディの古い記憶に似たものがあった。


それは文字を覚える前の子ども向けの絵本であった。どちらかというと、文字を見て覚えながら楽しむ学習系絵本だったようだ。

その内容は、六魔駕獣という巨大な六体の魔獣を倒す話だった。六魔駕獣が世界に現れ、ありとあらゆる生き物を襲いはじめたとき、たくさんの国から精鋭が集まって一体ずつ倒し、最後には彼らが英雄と呼ばれたというヒーロー物語。多分男の子向けだったのだろう。可愛い絵柄ではなく、わりとおどろおどろしい見た目で、絵本らしく人に対して屋敷ほどの大きさの魔獣が描かれていた。当時のコーディは怖くて夜眠れなくなったようだった。

こういうおとぎ話は何かが元になった場合も少なくないので、何らかの災害があったのかもしれない。


「魔法陣についても学ぶ必要があるし、六魔駕獣とやらも気になるのぅ」

ぽつりとつぶやいたコーディは、魔塔の図書室へ向かうことにした。

この部屋にある魔法陣の本は、これまでに作られた魔法陣の解説のようなものばかりだった。あの赤い岩で描かれた魔法陣が何なのかを考えるための参考にはならない。

幸い、魔塔の図書室にはもっと専門的な本があるらしいので、探すことにしたのだ。ついでに、古い歴史書などに六魔駕獣に例えられた何かの記述がないかを探したかった。




階段は初めて使ったが、とても面白い感覚だった。

35階から26階まで降りるのに、ほんの1分ほどしかかからない。1階分移動するのに、3〜4歩足を動かすだけで済むのだ。勢いがつきすぎて、螺旋階段を囲む壁に激突するかと焦ったのだが、それもふわりと軌道修正されてしまう。

階段のつくりは普通のものなので、多分一つの階に対して15段ほどはある。歩幅は普通にしているつもりなのに、勝手に数段飛ばしに移動していく。階段自体は動かないので、外から見るときっとコーディはパルクールでもしているように見えるだろう。ぜひその設定をしている魔法陣を詳しく見てみたい。


あんまり楽しくて、気づけば10階くらいまで降りてしまった。

また同じような勢いで26階まで上り、階段室から出た。

すると、研究室のある階とは構造が違い、階段室から出てすぐの廊下は踊り場程度の広さしかなく、すぐに両開きのドアがあった。


図書室は、魔塔に所属している人なら出入り自由である。多くの本は持ち出しも可能だ。

コーディは意気揚々とその扉を開けた。


「ほほぅ、これは見事な……」

扉の先に広がる図書室は、2階分を吹き抜けにしたような高い天井で、壁一面が本棚になっていた。そして、中央部分にも天井までつながる柱状の本棚がいくつもあった。

壁にはキャットウォークのような足場があり、上の方の本を取るためのがあちこちにかけられている。キャットウォークへ至る階段も複数見える。柱状の本棚にもはしごがかけられていて、もっと上の方は壁からキャットウォークが伸びていた。

立体的な蜘蛛の巣のようなキャットウォークの間から見える本棚には、どこにも隙間が見当たらないほどぎっしりと本が詰まっている。


壁際の本棚の間にいくつか細い窓があり、室内にも明かりがあったので比較的明るい。

コーディは、しばらく見惚れてから室内を見渡した。入ってすぐ右手のあたりに、簡易地図のようなものがあった。図書室のどこにどんな本を置いてあるか書いてある。

「魔法陣はあちらの壁側あたり。六魔駕獣……はないか。うぬ、古代史かのぅ」


分野ごとに置き場所が決まっているらしく、奥の壁際に魔法陣の本がずらりと並べられている。

一方で、配置図によれば六魔駕獣というものは一分野を築くような存在ではないらしい。

おとぎ話の魔獣だけで一区画占めるわけもないか、とコーディは古代史の本をまとめた本棚を探すことにした。




魔法陣の理論を説明した本を数冊と、ざっと見て六魔駕獣という文字があった古代史関連の本を2冊借りることにした。

魔法陣の本はすぐに見つかったが、古代史の本は数十冊確認してもたったの2冊にしか記載が見当たらなかった。そのうちの1冊は、古代史というよりはおとぎ話の本だ。各国の古い伝承を集めて回った歴史文学者がいたらしく、その中に記述があった。

なんにしても、じっくり読んで考える必要がある。


両手にずしりと本を抱えて、コーディは図書室を出た。


「おい、お前がコーディ・タルコットだな?」

図書室の前で、突然声をかけられた。

しかも、どうやら好意的ではない声色である。


面倒ごとの気配がして、コーディは思わず両目を閉じた。


―― 早く本を読みたいんじゃがのぅ。

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