45 魔法青年の師は弟子に学ぶ
「先生、戻りました」
魔塔の研究室に戻ったのは、日がほんのりオレンジに色づき始めたころだった。
机に置いてあったサンドイッチがなくなっていたので、どうやら気づくことができたディケンズが研究の合間に食べたらしい。
空になった皿をキッチンに持っていき、さっと洗って部屋に戻ると、ディケンズは先ほどと変わらず机に向かってメモを書いていた。
朝と違うのは、魔獣の素材をいくつか並べていることだろうか。
広い机の上から荷物がどけられていたので、どうやら実験をしていたらしい。
一区切りついたらしいディケンズが顔を上げ、やっとコーディに気づいた。
「ん?おぉ、コーディか。おはよう」
「戻りました、先生。もう夕方ですよ」
「そうかそうか。今日は何をしておった?」
「樹海へおつかいに」
「はっはっは!おつかいか!それで、何か持って帰ってこれたのか?」
コーディの言い方に笑って答えたディケンズは、きょろきょろと部屋を見渡した。
「ちょっと部屋には持ち込みたくないかと。汚れますし」
「確かにな!で、何を狩った?」
「マッドニュートと、ファイヤビーと、フォグピッグを1体ずつです。多くはいらないとおっしゃっていたので」
それを聞いて、ディケンズはにこにこと頷いた。
「随分頑張ったな!持ち帰るのも大変だっただろう?まぁ、風魔法で浮かせれば重くはないがな。塔の北側に一時的に魔獣を置ける場所があっただろう、そこはいつでも使っていい。手押し車もあるが、まぁコーディなら風魔法で十分か。魔獣は、村に運んだら素材にバラしてくれるところがある。ゲートに近いところにある解体屋だ。そこで買取もしてくれるから、便利だぞ。あぁ、マッドニュートの腹の皮と、ファイヤビーの針と足、フォグピッグの横っ腹の皮は持って帰ってきてくれ。持ってきたら、ちゃんと駄賃を払うからな」
本当はアイテムボックスに突っ込んであるのだが、今のところ言うつもりはないので塔から運ぶときには風魔法で浮かせて持っていこうと頭の中にメモしておいた。
「わかりました。ところで先生、ちょっとお聞きしたいんですが」
「なんじゃな?」
「あの、樹海の中にある赤い岩の場所って何なんでしょう?」
コーディがそう言うと、ディケンズの笑顔が固まった。
「赤い岩?周りに木がないところか?たくさん赤い色の岩が並んでいる」
「はい」
すると、ディケンズは突然コーディの両肩をガシッと掴んだ。
「体調の変化は?気持ち悪くなったり魔力がぐちゃぐちゃになったりしておらんか?!」
がくがくと揺らされ、コーディは困惑しつつ答えた。
「あの、なんとも、ありませんよ。あそこ、もしかして、何かあるんですか?」
コーディの答えを聞き、その顔色を覗き込んで確認し、大丈夫そうだとわかってからやっと揺らすのをやめたディケンズは、はぁぁぁ、と安心したように息を吐き出した。
「あそこは、魔力の乱れが酷い場所だったろう?あそこに行った者は、全員例外なく体調不良になる。酷い者は魔力を空にして気絶するし、そうでなくとも長居はできず、調査がほとんど進んでいない場所なんじゃ。今も定期的に調査隊が出るんじゃが、ワシもたまに引っ張り出される。ほかの奴らよりは少しは耐えられるんじゃが、10分も留まれば魔力はほぼ空になるし吐くわ下すわ目が回るわで毎回酷い目にあう。本当に、なんともないんじゃな?」
「はい、平気です。それに、あそこにいても平気でしたよ」
「なんと……」
目を丸くしたディケンズは、次に眉を寄せてコーディから手を離した。
「どういうことじゃ?去年の調査隊は似たようなものだったはず。見回りから樹海の環境が変わったとは聞かんから、今も魔力の乱れは変わっていないだろう。コーディが特殊体質か?否、コーディは魔力こそ多いがおかしな部分はない。とすると、……コーディ、いったい何をしたら魔力の乱れに負けなんだ?」
考察からすぐに戻ってきたディケンズに聞かれ、コーディは首をひねった。
「特に魔法など使っていませんよ。あぁ、でも」
ふと、目の前にいるディケンズを見て思いついた。その様子に気づいたディケンズは、コーディに続きをうながした。
「常に魔力を体にまとっている状態というか、自分で魔力を循環させているので、外部の魔力の変化に影響されなかったのかもしれません」
魔力の流れがきれいなので、魔法を巧みに使うことが窺えるディケンズだが、それでも彼は魔力を流れ出るがままにしていた。
一方のコーディは、学園の頃からずっと魔力を循環させて一定に保った状態にしている。
自分の意志で魔力を保持していることが、魔力の乱れた場所でいいように働いたのかもしれない。
それを聞いたディケンズは、コーディに詰め寄った。
「それは、どうやるんじゃ?ワシにもできるか?魔力そのものを操るらしいが、常に溢れ出てくるものをどうやって固定するんじゃ?増え続けて破裂したりせんのか?そもそも一部ではなく全身に魔力をまとうのか?そんなことができるのか?」
続けざまに質問を重ねるディケンズに、コーディは思わず後ずさった。
「えっと、まずはイメージトレーニングですね」
「なんじゃそれは」
コーディは、スタンリーやヘクターに教えていた魔力そのものを扱う訓練について説明した。そして、筋トレなどによって体を鍛えることで魔力の器を大きくできる論文の中で言及したと言ったが、ディケンズはその論文は興味の範疇外だったのでよく知らないようだった。
「するとなんじゃ、つまり訓練あるのみと」
「魔法ではないので、体得するほかない技術ですね」
「なるほど……。よし、まずはその論文を読む。魔力の巡らせ方も書いているんじゃな?」
論文の流れをなぞって体を鍛えてもいいだろうが、いかんせん時間がかかってしまう。ふと思いついたので、コーディは別の方法を提案した。
「えっと、論文では『体を鍛える中で身につく』といった表現になっているかと。それも事実なのですが、先生ならもう少し理論的に考えて直接魔力を動かす練習をするだけでいいと思いますよ」
「おぉ!それなら飽きる前に習得できそうじゃ」
嬉しそうなディケンズを見て、コーディは苦笑した。
「なるほど、まずは2属性同時発動と同じように、手に魔力だけを集めると」
思った通り、ディケンズは新しい理論を次々と生み出せるだけに、魔法が非常に巧みだった。そもそも2属性同時発動はできるようになっていたらしいので、魔力を保持したまま範囲を広げるだけだ。
「はい。それが自然にできるようになったら、今度はその魔力を保持します。保持できるようになったら、手だけではなく腕も、さらに上半身、下半身と魔力を留めおく場所を広げていってください。全身で魔力を保持できるようになったら、あとは普段から保持するだけです」
ディケンズは、納得したようにうなずいてコーディを見た。
「こんなことができるようになるまで魔力に向き合うとは。コーディ、お前さんも随分な魔法バカじゃのぅ」
「何十年も魔法研究を続けている先生に言われたくありません」
呆れたように言ったコーディに、ディケンズは楽しそうに笑ってみせた。
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