44 魔法青年は森へおつかいに

次の日、研究室に顔を出したコーディは、簡単なサンドイッチを作ってから壁のメモを見た。

ディケンズは、相変わらず大きい机を物置にして隣の小さい机にかじりついていた。一応声をかけてサンドイッチを作ったことを言ったが、聞こえているかどうかわからない。

悪筆な走り書きのメモには、魔獣の名前が書かれている。


魔獣

・ストームドッグ

・ファイヤビー

・フォグピッグ

・モスモール

・マッドニュート

ファイヤビーとモスモールとマッドニュートは毒がある


どうやら、迷いの樹海に生息する魔獣の中でも狩りやすいものを一覧にしてくれたようだ。

部屋にあった魔獣の生態をまとめた本によると、ファイヤビーは1匹が30センチほどの火魔法を使う蜂、フォグピッグは全長2メートルほどで霧に隠れながら移動する豚、モスモールは土から出るときには苔をまとって岩に擬態するモグラ、マッドニュートは泥の池に生息するイモリらしい。


迷いの森をもう少し見て回りたかったので、コーディは今日は狩りに出ることにした。

コーディの分のサンドイッチは布に包んでアイテムボックスに放り込んだ。

「先生、ちょっと樹海に魔獣狩りに行ってきます」

「……ということはこれは無駄。ならこっちで――」


全く聞いていないディケンズに一応声をかけ、コーディは部屋を出た。




迷いの樹海へ出る門は4箇所ある。

東西南北にそれぞれ存在し、扉に閂などはないが、一応役所のだれかが門の側の小屋に詰めている。魔獣よけがしてあるらしいので魔獣の心配はなく、外からくる人間はほとんどが迷いの森に阻まれるため、警備のためというよりは万が一誰かが来た場合の案内人だ。

割に合わないので、盗賊などは樹海に入ってこない。ある意味、村の中は非常に安全な場所になっている。


魔塔に一番近いのは、魔塔から見てホリー村とは逆方向にある北の門だ。

そこから北上すると泥の沼があり、マッドニュートが生息しているらしい。ほかの魔獣は樹海を歩きながら探すしかないだろう。

魔塔からゲートへ出たコーディは、北の門を目指した。





「おっと、今日はお前さんじゃないんじゃよ」

ふわり、とジャンプし、ロックベアを足場にしてさらに上空へ跳んだ。

サンドベアの倍ほどの大きさがあるロックベアは、岩をまとった腕を振り回して攻撃してくる。走るスピードも速いし、攻撃的なので危険度の高い魔獣と言えるだろう。


蹴られたロックベアはそのまま大木に頭から激突し、ズルリと崩れ落ちた。気を失っただけで、死んではいない。

ディケンズの研究室で、「迷いの樹海の生態系を守るため、必要な魔獣以外は狩らないように」という通達が書かれた紙を見たのだ。

環境保全は重要である。


ほかの魔獣が近くにいないことを確認したコーディは、くるりとつま先を北に向けて歩き出した。

空気が湿ってきたので、沼が近いのだろう。


ここまでの道のりで、ロックベア以外にファイアウォルフより一回り大きい狼も昏倒させてきた。群れではなく単独行動しており、火魔法もファイアウォルフより強力なものを放っていたので、多分本にあったバーニングウォルフだろう。

魔塔を探していたときにも出会ったが、迷いの樹海は思ったよりも魔獣がうようよいる場所ではない。

弱肉強食そのものであり、共食いもしているようだった。それによってある程度間引かれ、生態系のピラミッドも安定しているのだろう。


ちなみに、迷いの樹海で頂点に立つ魔獣はエアドラゴンである。

風魔法を巧みに操り、基本的には樹海周辺のずっと上空に生息しているらしい。そして、ごくたまに樹海へ降りてきて食事をするそうだ。

魔塔は魔獣よけや目くらましの魔法陣があるため直接的な被害には合わないが、エアドラゴンの魔法によって周辺に暴風が吹き荒れるので、もはや自然災害のようになっているのだという。


ドラゴン種は最上位の魔獣であるが、それゆえか生殖能力は高くない。

そして、強すぎるがゆえに縄張り意識も強い。ほかの種類のドラゴンが縄張りに入ってきたら、一族まとめてやってきて総攻撃するそうだ。

過去にそういった事件があり、それが昔の国の首都に近かったために一国が消滅したことがあったと記録されている。

ドラゴンは、もはや自然災害なのだ。




たどり着いた沼地は、樹海の中にあって独特の植生となっていた。

沼の中には葦のような草のほかに、にょろりと歪んだ不思議な木も生えている。葦のような草はせいぜい2メートルだが、歪んだ木は大きいものだと15メートルを超えているようだ。

根の部分がたくさん張り出しており、沼の中に広がることで幹を支えているらしい。


その木の根をうまく伝って沼を進んでいくと、小島のようなものがあった。

土が少しばかり盛り上がっており、普通の木や草が生えている。そしてその水ぎわに、泥の塊のような生き物がいた。

「マッドニュートか」


おおよそ1メートルほどの体長を持つマッドニュートが、半分沼に浸かりながら小島に上半身を預けていた。

よく見ると、その周りに複数のマッドニュートがいた。

沼の中から顔だけ出していたり、ほとんど島に上がって表面が乾いていたりする彼らは、見た目こそなんとなくおちゃめな顔をしているが、あれで噛まれると10秒で天国に行ける猛毒を持っている。

だから、見つかりやすい場所でも堂々と過ごしているのだ。


ディケンズがほしいのはマッドニュートの皮である。そして、肉や牙、爪は村で素材として売れる。

多くは必要ない、と言われていたので、コーディは少し離れたところにいる1匹に狙いを定め、葦の林から飛び出した。


「グェ!グェッグェ!!」

コーディに気づいた見張りらしいマッドニュートが大きな声で鳴いた。

狙ったマッドニュートは、その声を聞いてからコーディを認めた。


「っふ!!」

そのマッドニュートがこちらを向く前に、コーディの火魔法をまとった蹴りが脳天に炸裂した。

「ッグゥ……」


どさり、と力尽きたマッドニュートを確認したコーディは、すぐに走り寄ってきたマッドニュートたちを蹴り飛ばした。

寄ってきたマッドニュートは沼にふっとばすだけで、命までは奪わない。

この沼の生態系はマッドニュートによって保たれている部分があるので、殲滅してしまっては色々と問題がある。


周りにいたマッドニュートが寄ってこなくなったところで、コーディは刈り取った最初のマッドニュートをマジックボックスに収納した。

「次は、適当にウロウロするか」

ひょいひょいと沼の木の根を渡るコーディを、マッドニュートたちが遠巻きに見守っていた。




沼を抜けて樹海をうろついた結果、ファイヤビーの巣を発見した。

1匹で飛ぶ働き蜂をさくっと手に入れ、ファイヤビーを捕食するフォグピッグもついでに討伐した。

昼を過ぎても歩き回ったが、モスモールだけは見つけられなかった。どうやら、隠れるのがうまい魔獣らしい。


気づくと日が傾きはじめたため、コーディは魔塔へ帰ることにした。森では特に、早めの行動が大事なのだ。

魔塔を目指して歩いていくと、なんとなく見たことのある風景だと感じた。

「む?あぁ、ここか」


魔獣がいない。

そして、微妙にひらけたそこには赤い岩が並ぶ。

不思議な光景は、以前見たときと同じようにそこにあった。

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