43 魔法青年は師の話を聞く

「弟子はお前さんだけじゃよ。ローブはそこの棚に何枚もあるから適当に使ってくれ。汚れたらあっちの籠に入れておくといい。洗濯されて棚に戻ってくる。研究室へのゲートからの許可は、ちょっと待て。……あ、これだ。よし、終わった。食事はあっちの部屋で作れる。材料は配達されてくるから勝手に作っていい。村の店で買ってきたり食べに行ったりしても構わんぞ。トイレはあそこのドアじゃ。キッチンから行ける仮眠室も空いているところがあるから、お前さんが使っていい。後で見ておいてくれ。魔塔に住むのは研究室を持つ者だけだから毎日通ってくるんじゃぞ。ワシも一応魔塔に部屋を持っているが、基本的には村の家に帰っている。毎日来ているが、もしワシがおらなんでも研究室は好きに使え。ワシの研究室の研究費はほとんど本に費やしておる。実験で必要な素材は樹海から獲ってきてくれ。いや待て、弟子なら獲ってこいと言えばいいのか?ワシが用意した方がいいのか?いや、獲ってきたらワシが対価を渡すから、小遣い稼ぎなら獲ってこい。そこの本は自由に使ってくれ。机はほれ、あっちに使っていないのがある。紙とペンは常にそこの棚にある。ほかにいるものがあればワシに言ってくれ。共用の蔵書がある図書室は26階にあるから、螺旋階段で行くといい。中央に申請すればよっぽどのもの以外は大体手に入る。論文を書いたら見せてくれ。あとは…特にないか。今研究に使いたい素材は、そうだな、この壁に貼っておこう」


非常に早口で喋り続け、許可の魔法陣らしきものをさっさとコーディに持たせて発動させたディケンズは、これでいいとばかりに魔獣の名前を書いたメモを壁に貼り付け、そして小さな机へ戻っていった。


―― 年を取ると待てなくなるもんじゃが、これは極端じゃのぅ。


すでに研究のメモに没頭し始めたディケンズを見て、コーディは苦笑した。

呆れもするが、覚えのある自分には共感しかない。

変人の部類なのだろうが、こういうところは馬が合うだろうと感じる。それに、ゲートのところで会った研究者のようなタイプの人間がこの研究室にいないらしいのは僥倖だ。


今からどうしようかと考えて、まずは部屋の片付けを一区切りつくところまで終わらせることにした。

使っていいと言われた小さな机にも、色々とモノが乗っていたのだ。


床や机の上に放置されていた本や紙、素材をどうにか横によけ、放置してあった箱にまとめておいた。片付けたというよりは箱や本棚に突っ込んだだけだが、若干部屋がすっきりした。そこで満足したコーディは、廊下側の壁にあった棚からローブを引っ張り出した。

黒いローブは膝下くらいまでの丈で、着てみると見た目よりもずっと軽い。あちこち確認すると、首元の内側に小さな魔法陣が描かれていた。多分、軽量化などの効果があるのだろう。

そして、昼食の時間を過ぎていることに気づいたため、廊下とは別の奥のドアを開けた。


その部屋にはキッチンと小さなダイニングテーブルセットがあり、さらにドアが3つあった。

その3つは仮眠室だった。ディケンズとコーディがそれぞれ一部屋使っても、もう一部屋余る計算である。1つは使った形跡があったので、ほかの2つのうちどちらかを借りればいいだろう。

とはいえ、ここに泊まり込むときっとなし崩しに住んでしまうことは想像に難くない。シャワーはないがトイレはあるし、快適に引き籠もることができる環境である。

コーディは、どうしても仕方ないとき以外は仮眠室を使わないことを心に決めた。



キッチンの食料棚には、パンに野菜、ハム、ベーコン、卵など一通りの食料が収められていた。

量は多くないが、簡単なものを作るなら十分である。

コーディは、紅茶を煎れるためのお湯を沸かしながら、手軽に作って食べられるサンドイッチを作った。


「先生も召し上がりますか?」

立ったり座ったりしながらもメモを量産して手元から目を離さないディケンズに向かって、コーディは皿に乗せたサンドイッチを差し出してみた。

食べないなら持って帰ってもいいし、明日来てから食べてもいいだろう。


すると、ディケンズはメモを見たまま手を出し、サンドイッチをむんずと掴んで口へ運んだ。

「ん、む?パンに味がある。いや、なにか挟まっているのか。これはいい。食べながら研究できる。コーディ、弟子の仕事の1つに昼食づくりを追加するぞ」

「わかりました。簡単なものしか作れませんよ?」



どうやら、一応野菜や肉類はあるものの、本人はほとんど調理せずに食材のままで食べていたことが窺えた。効率的ではあるが、味気なさすぎるだろう。

食品はディケンズが個人資産で配達を頼んでいるそうなので、コーディも食費を一部払おうとしたら断られた。

「二人分の食費くらいワシの負担にはならん。それに弟子に給与は出んからな。必要な材料があればこの紙に書いておいてくれ。気になるなら、あの何か挟んだパンを作る対価で材料を支給されていると思えばいい。あぁ、研究で行き詰まったら適宜相談してくれていい。ワシの研究が一区切りついたところで話を聞く。それと、研究材料を獲ってきたら、必要な部位以外は村で買い取ってくれるからそれも小遣いにするといい。そんなに数はいらんから、大量に獲ってくる必要はないぞ」


研究が一区切りついたらしいディケンズは、メモではなくコーディを見ながら言った。

頭の回転が速いのだろう、こちらに出す情報が多い。

頷いたコーディは、さっきから気になっていたことを質問するチャンスだと口を開いた。


「先生は何を研究されているんですか?」

「おぉ!そうじゃったな。少し前までは魔法陣をいじくっておったが、飽きたので今は魔獣の素材を使う魔法を研究している」

「魔獣の素材、ですか」


魔獣も魔力を持っており、種類によっては魔法を使う。確かに、素材としての可能性はまだまだあるかもしれない。

「水魔法を使う魔獣の素材をある魔法陣を使って利用すると、魔法をより安定して使えることがわかった。だから、複数の素材を組み合わせてほかの魔法を作り出す方法を探しているところじゃよ。いやはや、お前さんの研究論文は良いヒントになった。二種類の魔法を並列で使うとはのぅ。発現させる前の状態はなかなか難しいが、それさえできれば魔獣の素材を使ってもっと効率的に魔法を発現できる。水と火で湯を作るくらいは簡単にできたがの、もっと面白いものができるはずだ。あぁ、魔法陣が知りたければあのへんの本にあるが、図書室にもたくさんある。外では知らんが、魔塔では一応主力の研究分野じゃよ。しかし、皆と同じことをするのはつまらん。誰もやっとらんことをするべきだ。だからワシは魔法の新しい使い方を研究しておる」


ディケンズは生き生きと語り、そして何かを思いついたのかまた机に向かった。

「ワシは理論を組み上げてから実験するが、やり方は好きにしろ。森に出るなら、一応メモを置いていってくれ。何日も戻らなかったら報告せにゃならん」

そして、返事を聞くこともなく何かを書き始めた。


―― 魔物の素材を媒介にするのか。思いつきはするだろうが、それを新しい魔法の起爆剤にするとは。


ディケンズに感心しながらも、コーディは少し衝撃を受けていた。

これだけ魔塔やホリー村には魔法陣があふれているのに、コーディのいた国ではごく一部しか使われていなかった。ほかの国はわからないが、樹海を隔てているせいか魔塔は別次元の発展をしているのかもしれない。

そして机にかじりつくディケンズの背中を見ながら苦笑した。


魔法陣研究をやめた理由を色々並べていたものの、最初に言った「飽きた」が一番の理由なのだろう。

できることはもっとあると知りつつも、同じことを続けていてなんとなく先が見えてしまうと違う研究をしたくなる。

覚えのありすぎる感覚に、コーディはさらにディケンズに親近感を抱いた。

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