42 魔法青年は師と対面する

土魔法で地面を弾きながらジャンプし、風魔法で上昇を補助すれば、簡単に40メートル上部の入口にたどり着いた。

余裕を持って飛び上がったので、中の様子もすぐにわかった。ドアのない戸口のような開口部の内部には、石の床が見えていた。

着地できそうなのでそのまま後ろから風魔法で押し、コーディは室内に飛び降りた。


「ふぅ。さて、受付は……あそこか」

コーディが飛び込んだ入口から見て奥の方に一段上がった場所があり、カウンターのようなものが見えた。その向こう側に、黒いローブを羽織った人がいた。

「そこから入った人は久しぶりです。ようこそ、魔塔へ。招待状はお持ちですね?」

「はい、ここにあります」


招待状を取り出して見せれば、受付らしい人は確認して頷いた。

「聞いています。コーディ・タルコットさんですね。ゲートの登録をしますので、この魔法陣に魔力を注いでもらいます」

さらりと言われたが、魔塔に所属するような人たちは、魔法として顕現させずとも魔力だけを扱えるのは普通なのかもしれない。


「はい、わかりました」

す、っと魔力を手にまとわせて魔法陣に触れると、石版に刻まれた魔法陣が一瞬淡く光った。

それを見た受付の人は、口元に手を当てて息を呑んだ。


「あの……?」

「あ、すみません。これをそうやって起動するのを初めて見たもので。普通は、こちらの魔法陣を使って強制的に魔力を引き出して登録するんです。タルコットさんは優秀な魔法使いなんですね」

どうやら、魔力を魔力のまま使うのは魔塔でも普通のことではなかったらしい。

ゲート登録用の魔法陣の隣に、別の小さい魔法陣があったので、通常はそちらに手を乗せるだけでいいようだ。



受付で聞いたところによると、ゲートというのは魔塔に入る前に「情報と引き換えに研究成果を寄越せ」と言った人と会った東屋のことだった。

床に魔法陣が描かれており、魔塔で登録した人は魔塔内の許可された場所へ移動できるそうだ。

その技術は初代魔塔の主が開発したが、根幹部分は秘匿されてしまっていて現在はちょっと応用して利用するだけに留まっているのだという。転移を実現するとは、魔塔を作り上げた人は常軌を逸した天才だったことが窺える。


通常は研究室の入口まで転移する許可を得るので、これからは受付に来ることはないだろうと言われた。

今日受付に人がいたのは、昨日のうちに村から新人が来ると連絡があったからだそうだ。

ホレスが知らせておいてくれたのだろう。



「おじ……ディケンズ先生の研究室は、ここから35階上にあります。初回なので、この許可証を持ってそこの魔法陣の上に立ってください」

「この魔法陣も、ゲートと同じものですか?」

「えぇ。50年ほど前に、一部分だけ解読できたので、そこをいじって書き写したんですよ。この許可証に記した階まで移動してくれます。それまでは、毎日階段をひたすら登ったそうなので、今はとっても便利ですね」


定期的に天才が現れるのだろう。

もっとも、階段にも魔法陣が使われていて登る補助がなされるらしく、スピードが速くなる上にそんなに疲れないようになっているそうだ。

魔塔の北側に設置された螺旋階段は、今はほかの研究室に行く必要があるときくらいしか使わないという。


「ありがとうございます。では、行きますね」

「はい、これから頑張ってください。おじい……ディケンズ先生のところが辛かったら、中央に直談判して変えてもらうこともできますよ」

受付の人は、にこりと微笑んでそう言った。なんども言いかけていたので、きっと魔塔においてディケンズはおじいちゃん先生とでも呼ばれているのだろう。


―― 見た目青年で中身爺のわしが、自分より若いおじいちゃん先生を師匠とするとは。


コーディにとっては、おじいちゃん先生がやっと自分の半分に届く程度の年齢だ。

なんとなくその取り合わせがおかしくて、コーディは笑顔になった。



魔法陣に乗ると、何もしなくても勝手に起動されて移動した。

仕組みを見ていなかったのだが、常時発動型の魔法陣だったらしい。

目の前には、35と彫られた石の壁があった。


「さて、ディケンズ先生の部屋は……」

きょろきょろ、と見回すと、右の方に向かって弧を描く廊下が続いていた。

足元には何もなかったが、左の方の壁際の床には、先程見たのと似たような魔法陣があった。きっとこちらは、ゲートにつながっているのだろう。その奥の壁にははめ殺しの窓があり、上部には空気穴らしい小さな隙間が空いていてときどき風を感じる。


到着した場所の後ろには、螺旋階段への入口があった。

窓の外を見ると、ひたすら樹海が広がっていた。魔法陣を避けて窓に近づけば、下の方にはホリー村があった。

なかなか良い眺めである。



ドアを3つ通り過ぎ、4つ目のドアにやっと「ディケンズ研究室」の文字を見つけた。

ほかの研究室も人の名前だった。研究内容は移ろう可能性があるので、名称としては合理的なのかもしれない。


トントントン、とノックをしたが、何の反応もなかった。

はて、と首をかしげ、もしかすると集中して聞こえていないのかもしれないと思い至ったので、今度は強くドアを叩いた。

しかし、やはり何の返答もない。


「……留守、か?」

確かめてみるべくドアノブをひねると、何の抵抗もなくガチャリと開いた。

ぎぃ、と鳴って開いたドアの向こう側は、廊下と同じく石造りの壁と部屋、はめ殺しの窓に空気穴、そして灯っていないランプがいくつかぶら下がった部屋だった。


「失礼します!」

一応声をかけて中に入ると、より室内の様子がわかった。


壁には天井まである作り付けらしい本棚があり、いっぱいに本が並んでいるだけでなく、本と棚板の隙間にまでぎゅうぎゅうに詰め込まれ、さらに本棚の前にも平積みになっていた。本もあるが、どうやらメモのような紙も積み上げられている。

中央部にはソファとローテーブルがあり、その上も本や紙が山になっていた。床にもメモ書きのようなものが落ちていて、奥の広い机には紙のほかに魔物の素材のようなものまで絶妙なバランスで積み上がっている。


不思議と埃っぽくはないが、非常に散らかった部屋だ。

そして、広い机の横に置かれた小さな机に、黒いローブを着た老人が立ったままかぶりつくようにしながらメモを書いていた。

さらに続けて本棚があり、その横の壁にもドアが2つあり、ドアの前には流石に何も落ちていなかった。



「失礼します!ディケンズ先生とお見受けします」

「……が、――、と、いや……」

老人は集中しているのか耳が遠いのか、声をかけるコーディに全く気づいていない。


仕方がないので、コーディは床に散乱した本や紙を避けながら老人に歩み寄った。

「すみません!おはようございます!ディケンズ先生ですか?!」

「ふぉっ!?待て!思いついた!」


驚いたらしいディケンズは、しかしそのままメモを書き続けた。

こういう集中する相手の場合は、一区切り付くまで待つほうが早い。

そう考えたコーディは、することもないので仕方なく部屋を片付けることにした。




床に落ちた紙をとりあえず集めて、ソファに積まれた本をまとめて本棚の前に積みなおし、どうにかソファセットの周りに本や紙がなくなった頃、やっとディケンズが机から顔を上げた。

「む?片付けたのか。いや助かる」

「ディケンズ先生ですね?僕は、コーディ・タルコットです」


「コー……?えっと、何の用じゃ?」

「あの、魔塔に招致していただいたんですが」

「しょうち……あぁ!面白い論文を見て弟子の打診をしたな。もう来たのか!随分早いな」

伸び放題の白い髪と髭をもさもさと揺らしたディケンズは、楽しそうに頷いた。


「招待状をいただいてから半年は過ぎていますよ。早い方なんですか?」

「半年か。優秀優秀。遅ければ数年かかるからな。あぁ、ワシはエマニュエル・ディケンズ。先生でもおじいちゃんでも好きに呼ぶといい」

「改めて、コーディ・タルコットです。コーディと呼んでください」


どうにも気のいい若干ボケの入ったおじいちゃんに見えるが、魔力を感じるととてもではないがそうは思えない。

相当の実力者のようだ。

コーディは思わずディケンズの立ち姿に眺め入った。

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