41 魔法青年は魔塔に飛び込む

どうやらなにかの魔法が仕込まれていたのか、突然現れたように見えた村からはにぎやかな人の営みが聞こえてきた。そして、村の奥の方には石造りに見える塔がそびえ立っている。

驚いたように村を凝視するコーディを見て、ホレス・ペインは嬉しそうに頬を緩めた。

「ようこそ、魔塔の麓の村ホリーへ」



「じゃあ、ペインさんはホリー出身の方なんですね」

「そうなんだよ。母がもともとホリーに住んでいて、父は外から来た魔法使いだった。私自身は、使うのはともかく研究は肌に合わなくてね。結局、ホリーの役人になったんだ」

「魔塔というか、ホリーは治外法権の組織なんですね」


歩く道々聞いてみれば、この村の名前はホリーといい、どうやら魔塔に所属する魔法使い以外にも多くの人が住んでいるらしい。

ホレスのような役人が村の運営を行い、魔塔と外の国との連絡も担当している。村の人たちは農業や畜産、縫製、工業、食品加工など生活に近い産業に就いているという。

住民は3,000人を超えていて、きちんと戸籍を管理しているそうだ。


「外の国に出る人はいるんですか?」

「そうだね、一定数いるけど、戻ってくる人も多いよ。私は知らないんだけど、外の国だと魔法陣があまり発展していなくて、生活が不便なんだって。今の魔塔の研究の流行りは魔法陣だから、生活に便利なものがたくさん増えていってるんだよ」

コーディは、入口の門の軽さを思い出しながら頷いた。ああいった、人の生活を楽にする魔法陣が溢れているなら、この村の外では不便ばかり目につくだろう。



案内されたのは、宿というよりはアパートだった。

そもそも、外から訪れる人はほとんどいないので、宿として運営しても客が来ないのだ。ごくたまにやってくる新たな村人が、自分の家を借りるか建てるかする前に、アパートのいずれかを一時的に貸してくれるらしい。

食堂付きのアパートは独身者向けのものだった。いったん部屋に荷物を置いたコーディは、ホレスとともに食堂のテーブルを挟んで向かい合っていた。


「招待状の送り主は誰だったっけ?」

「えっと、……エマニュエル・ディケンズ様です」

コーディが招待状を開いてから確認して言えば、ホレスは目をぱちくりとさせた。招待状を見下ろしたのでそれを見せれば、その名前を見てからもう一度コーディを見た。


「あのじいちゃん先生かぁ。珍しいこともあるもんだ」

「ディケンズ様は、研究者の方なんですか?」

「あぁ、そこからか。魔塔に招致するかどうかを決められるのは、研究室を持っている研究者だけなんだよ。魔塔にはいくつも研究室があるけど、その室長がいわゆる師匠とか先生とか呼ばれてる。研究者は、そのどこかに所属して研究するんだ。招致された場合は、その人のところだ」


ホレスの話をまとめると、どうやら魔塔という組織は村とはまた別の仕組みになっているらしい。基本的には複数の研究室があり、研究者はそのどこかに所属している。成果を上げれば自分の研究室を開くことができるが、最低一人は弟子を取るのが義務になる。

そして、ほとんどの研究室が競うように研究しており、研究室をまとめ上げているのが魔塔の中央組織だそうだ。

研究室に渡される研究費は、成果を鑑みて中央組織が決定するらしい。給与ももらえるが、少なくとも最初の数年はお小遣い程度で、研究成果によって上がっていく。


その研究費や給与の財源は、あちこちの国に提供した魔法技術の対価だ。

もっとも、研究費の使い方は研究材料を手に入れるくらいなので、全体として金額は知れているという。給与については、数年研究して成果を出していれば、問題なく暮らせる程度になるらしい。

外貨は魔塔の儲けにほぼ頼り切りなので、村の運営費はすべて魔塔が賄っているに等しい。魔法技術の対価に比べれば少ないが、コーディのように所属していた国からお金をもらっている人が落とすのも大事な外貨だ。そのため、村人たちにとって、魔塔の人たちは尊敬しながら感謝する対象らしい。


魔塔は外貨を稼ぎ、研究員たちの生活を村人が支える。

持ちつ持たれつだとコーディは思うのだが、閉じた環境で外とつながる魔塔の方が力を持っているのだろう。


そんな魔塔にいる研究員はバラエティ豊かなようだが、どうやらエマニュエル・ディケンズは一線を画すらしい。

「多分、魔塔で一番の研究バ……研究熱心な人だよ。あんまり研究に熱中しすぎて、前の弟子は別の研究室に移動したって聞いた気がする。弟子を取るのは十数年ぶりじゃないかな?多分、そろそろ弟子を取れって中央にせっつかれたんだと思うな」

ホレスはいい直したが、要するに研究バカな人なのだろう。本来なら、招待状にどこに来て何をするかという説明を入れておくものなのだが、入っていなかった。招待状一枚である。


「じゃあ、まずは魔塔の受付に行くといい。それが最終試験だから」

「受付まで行くことが最終試験ですか?」

「そうだよ。魔塔の場所は見てわかったね?あそこまで行ったら理解できるよ。受付にたどり着けたら、招待状を見せて研究室の場所を聞くといい。普通は、そこまで説明した手紙もついているんだよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」

苦笑したホレスに、コーディは笑顔でお礼を言った。


宿泊費は、かなり良心的だった。食堂も運営している家主に聞けば、アパートの家賃を日割りにしてくれているという。

食事はあまり知らない味付けだった。多分、色んな国の食文化が混ざり合っているのだろう。

部屋は数日借りることにして、次の日の朝、村の奥に見える魔塔へと向かった。





「なんと、どうやって……いや、魔法で組み上げたのか」

魔塔は、見上げても最上階が見えなかった。村から近いと思っていたが、実はそこそこ距離があった。高さもだが、幅も広かった。ざっと見た限りでは、幅は100メートルほどありそうだ。

そして、形も大きさも様々な石が組み合わさっているのだが、その隙間が見当たらないうえに、表面が滑らかだ。しかし、石を削ったようには見えない。


―― インカ帝国だったか、あれを彷彿とさせる技術じゃのぅ。


そっと手を当てれば、石の奥に魔力を感じた。

土魔法か魔法陣かは不明だが、どうやら常時発動の魔法によって塔を固定しているようだ。

そして、一周しても出入り口が見当たらなかった。



魔塔に来る途中、村に近い道端に、東屋のようなものがあった。

そこにヒントがないかと戻ってみると、黒いローブを着た人がちょうど村からやってきた。昨日ホレスから聞いたところ、白いローブは村の役人、黒いローブは研究員ということなので、この人は研究員だろう。

入り方を聞いていいのかどうか迷っていると、その人はコーディを認めて立ち止まった。


「新しい研究員か?ここは研究員専用の入口だから、君は使えないぞ」

呆れたような口調でそう言った男性は、しかし思い出したようにニヤリと口角を上げた。

「だがまぁ、どうしてもというなら助言してやってもいい」


―― どうにも、小物臭のするやつじゃなぁ。


コーディは、黙って相手の出方を見守った。

「どうする?まぁ、金で解決する方法もあるが、魔塔では重要なものほど物々交換だ」

「物々交換ですか」

答えたコーディに気を良くしたらしい男性は、鷹揚に頷いてみせた。


「もちろん、魔塔でこそ有用なものだ。金は、研究成果を売ればいくらでも手に入るからな。魔塔が何をする場所か、考えればわかるだろう?」

「魔塔で……研究、ですか?」

「そうそう。よくわかってるじゃないか。まぁ、新人じゃあそんなに期待できないだろうけどな。発表する論文の端っこに、な。わかるだろ?」

「……」


どうやら、著者として載せることで研究成果だけ寄越せ、ということらしい。

ふむ、と頷いたコーディを見て、男性は笑みを深めた。

「じゃあ――」

「あ、自分でなんとかするので問題ありません。お名前も知りませんし」


男性の言葉に被せたコーディは、くるりと背を向けて魔塔の方へ引き返した。

「おい!待て!魔塔では普通の取引だぞ!?」

その声を背に受けながら、コーディは一つため息をこぼした。


―― もしかして、期待はずれかのぅ?


少し離れて見上げた魔塔には、窓のような穴が一つあった。扉などは見当たらず、内部は暗くてわからない。

その穴までの高さは目算で40メートルほど。そこより下にはどこにも開口部がない。もしかすると、その下はすべて土台なのかもしれない。

もっと上部には窓が複数見えたが、いわゆる窓らしくガラスがはまっているのが見えた。


魔力の流れを確かめたコーディは、窓の直下あたりで立ち止まり、昨日と同じようにぐっとしゃがみこんだ。

魔力を足のあたりに集めて、地面を蹴る。


「……え?」

窓に飛び込んだコーディを見た男性は、ぽかんと口を開けていた。

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