第二章
40 魔法青年は魔塔の村に向かう
「ほほぅ、なかなか面倒な場所のようじゃのぅ」
コーディは、鞄一つを背負ってとある場所に立っていた。
魔塔からスカウトの知らせはあったが、それ以上の接触は何もなかった。
過去の文献を調べたところ、自分で魔塔へ来られないようであれば相応の実力がないという判断になるらしい。
つまり、自力でたどり着くことが試験のようなものなのだ。
大まかな場所は知られている。
大陸の中央近くにある森、「迷いの樹海」の中だ。
魔獣が多く、方向感覚を狂わされる場所ばかりのため、ほとんどの人は立ち入らない禁忌の場所とされていた。
現在は大陸のどの国も、迷いの樹海は管轄外という扱いをしている。
大陸中から不可侵領域とされているのだ。
当時はただの魔獣があふれる森だった樹海の中に塔を作った変人が、魔塔の創立者だ。
ときの魔法の天才が、天才だからこそ周りに理解されず、国に使い潰されそうになって逃げた先が迷いの樹海だったそうだ。
その後、同じように逃げてきた魔法使いが保護を求め、研究しながら発展し、塔の麓に村ができ、独立国家のような存在になった。
その頃に色んな国が魔法使いたちを手に入れようと軍を投入したが、塔にたどり着くどころか樹海で力尽きていった。不毛な人員の消費から数十年後、「迷いの樹海への侵攻をしない」と大陸全体で決まってから、国々は態度をひっくり返して魔塔と交流を持とうとした。
そして、少しずつ国の魔法使いが魔塔へ行き、魔塔での研究成果を国にもたらし、国から対価がもたらされるようになり、さらに発展して魔法の最高研究機関となった。
今でも亡命する魔法使いが逃げ込む先となっているが、それよりは魔塔からのスカウトがあって入るのが通常の道となっている。
迷いの樹海は、前世の富士の樹海のように磁石の効かない場所がある。そして、魔力の乱れている場所もある。凶暴な魔獣も多数生息している。
普通に考えて、人が入る場所ではないのだ。
過去に樹海に入った軍隊も、ほとんどが魔獣の餌となったという。
迷いの樹海のすぐ外側には、各国の辺境の村や町がある。
樹海の本当にギリギリあたりなら、そこまで強くない魔獣が多いので素材を得られるほか、魔塔との窓口にもなっているそうだ。
実はコーディの住むトリフォーリアム・プラーテナンス王国にも、迷いの樹海に接する村がある。一時期は町といえるほど栄えていたらしいが、前の魔塔入所者と決別してしまってからは衰えていったらしい。
「まぁ、一応国から聞いてはいるんだが……本当に行くのか?数年に一回くらい森の奥に向かうやつはいるけどな。手前じゃなく奥に行って帰ってきたやつはいないんだぞ?」
村の門番兼受付をしているらしい男性が、眉を下げてコーディに言った。
どうやら心配してくれているようだ。
「心配していただいてありがとうございます。魔塔から招致がくる程度には実力があるので大丈夫です。それに、大体魔塔のある方向もわかりますし」
「そうか?まぁ、一応注意だけはして止めないのが決まりだからな。……本当に、気をつけて」
「はい」
学園でも冒険者ギルドでも子ども扱いされなくなっていたため、久しぶりにコーディの年齢を見て心配されてしまった。
心がくすぐったいというか、なんともいえない気分のまま迷いの樹海へと足を踏み入れた。
「あっちは地場の乱れがあるが、地質的なものらしいのぅ。こっちはまた別の理由で、魔力が乱れておる」
そう言ったコーディの目の前には、たくさんの岩があった。魔塔の気配から少し遠ざかるものの、どうしても気になったので魔力の乱れている場所を見に来たのである。すると、謎の岩が複数あるところへたどり着いた。
ここまでは岩などない鬱蒼とした森だったのに、唐突に赤い岩がいくつも並んでいたのだ。そして、岩のあるあたりには大きな木は生えておらず、数メートル程度の細い木と草しかなかった。まるで、一度切り開かれた場所が数年放置されたように見える。
魔力が乱れている理由は謎だが、魔力の流れを見ていると、この岩はどちらかというと魔力の乱れを抑えるような働きをしているらしい。そして、その並びは自然のものとは思えなかった。
「……ちょいと、上から見てみるかのぅ」
ふむ、と頷いたコーディは、岩の並ぶところから少し移動した。そして、ぐ、としゃがんだ。
コーディの周りをブワリと風が覆った。魔力を足に集めたコーディは、思い切り地を蹴った。
―― 土魔法で地面を跳ねさせ、風魔法で上昇してみたが、もうちょっと服装で補助したら倍は飛べそうじゃのぅ。
びゅん、とおおよそ50メートルほど上まで飛び上がったコーディは、のんびりと考えながら魔力の乱れの中心となっている岩を確認した。
「む?これは、円?いや、魔法陣のような……」
瞬きも惜しんでその情景を目に焼き付けたコーディは、数秒で地面に降り立った。当然、風魔法を使って下降速度を落としたので衝撃もほとんどない。
このあたりには見当たらない不思議な赤い岩は、大きさこそまちまちだったが、人の手で並べられたことが伺えた。
直径は200メートルに及ぶだろうか。
切り開かれたのか、木々が成長できなかったのかは定かではないが、赤い岩は上空から見れば明らかに模様を描いていた。
「見たことのない、随分と複雑で強力な魔法陣のようじゃのぅ」
かなり上空からでなければ模様となっていることはわからないし、岩の大きさが関係するのか、通常の魔法陣のように線を描いておらず、とぎれとぎれになっている。よっぽど並びを確認しなければ、これが魔法陣とはわからないだろう。
どうやら赤い岩自体にも魔力が含まれているようなので、常時発動の魔法陣とみて間違いない。
岩を使う巨大な魔法陣など、学園で色々と学んできたが聞いたこともない。元のコーディの豊富な知識にもない。
―― 古代の失われた技術、かのぅ?
魔塔のこんな近くに研究できそうなものが存在するとわかり、コーディはにんまりと口角を上げた。
不思議なことに、赤い岩の近くには魔獣が一切寄ってこなかったので、休憩がてら昼食を摂った。
赤い岩の魔法陣の場所は覚えたので、コーディは今度こそ魔塔へと向かった。
素材として利用できそうな魔獣をいくつか狩りながら移動すると、森の中に突然門が現れた。
木でできた門は、周りの木々に紛れていて非常にわかりにくい。
しかし、よく見れば門からずっと木の塀が続いていた。多分それも魔法陣を使った魔法なのだろう、なんとなく存在感の薄い建造物だ。
一通り確認を終えたコーディは、門へと向かって歩いた。
「あの、誰かおられますか?魔塔に招致されたコーディ・タルコットといいます」
「……招待状を持っているなら、そこの門を開けられます」
門の向こう側から、男性の声がそう答えた。
コーディは、アイテムボックスに放り込んだものの中に、国王と謁見した際に渡された魔塔からの手紙があることを思い出した。
魔力をまとって何もない空間に手を突っ込むと、それだけでアイテムボックスの中にある必要なものを取り出した。誰にも見られていないからできる所業である。
「あ、これが招待状ですね。では開けます」
手紙を左手に持ち、右手を門に当てた。すると、普通の家のドアを開けるように大きな門を動かすことができた。触った感覚はしっかりと重量の有りそうな木なのに、軽さが不自然だ。
そこにも魔法の技術の高さを伺えて、コーディの期待はさらに膨れ上がった。
「ようこそ、新たなる研究者殿。魔塔と麓の村はあなたを歓迎する」
門のすぐ横から声をかけてきた男性は、白いローブを羽織ってベンチに座っていた。
「初めまして、コーディ・タルコットです。すみません、何もわからないのでここからどうしたらいいか教えていただけると助かるのですが」
コーディの言葉に、男性は頷いた。
「もちろん。私はホレス・ペイン。魔塔の麓の村の役人だ。森を抜けてここにたどり着いた君は、いわば二次試験に合格したところだよ。あとは最終試験のようなものだけだから、まずは部屋に案内しよう。森を抜けてきて疲れただろう?いったん、村の宿で休むといい」
にこり、と笑顔になったホレスは、門から続く道の向こうへと手を広げた。
先程までなかったはずなのに、霧が晴れるように村が現れた。
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