38 魔法少年は学園を卒業する

「ふむ、5属性は補助が働くのは変わらないが、魔法陣を使うことでそれ以外の魔法もうまく動くようじゃのぅ」


卒業までの空白期間、ほとんどの生徒は休暇として遊びに行ったり実家に帰ったり、気概のある生徒は就職先に前乗りで研究に行ったりしている。

そんな中で、コーディは魔法の研究を進めていた。


―― 今使える魔法を突き詰めたところで、天上真人の域まで到達できるとは思えんからのぅ。


魔法は非常に便利なものである。

仙術に代わるものどころか、自由度の高さから考えればむしろ仙術よりもポテンシャルが高いと言える。

にもかかわらず、なぜか現状では頭打ちに近い状況なのだ。


最新の研究は、ほとんど細分化されたものばかりで根本的な大発見などはなされていない。

もはや魔法に関しては熟達期に入っている、というのが一般的な見方だ。

しかし、コーディは全く納得していなかった。


5属性である風・火・水・土・木の魔法について、この世界の環境として補助がかかることは前提のようなものだと理解している。しかし、だからといって他の魔法が発展しないのはおかしい。

魔法陣を使った魔法については、補助的なものとして当然のように誰もが受け入れている。

契約魔法をはじめとした5属性以外の魔法も発動させているのに、それは「魔法陣だから」と思考を止めているのだ。


「魔法陣そのものは、属性を持たせる前の魔力を引っ張り出して使っているわけじゃな。ということは、属性を持つ前の魔力を扱えば……」


スタンリーは婚約者として学ぶためにチェルシーの実家に行ったし、ヘクターは留学の準備もあるので実家に帰り、ブリタニーは研究所に行っていた。

コーディが研究にのめり込むのを止める友人は、誰もいなかった。




「コゥ、久しぶり!」

魔塔での研究テーマが見えてきた頃、ヘクターが久しぶりにコーディの研究室へ顔を出した。

魔力が増えた上に、元々持っていた土属性の魔法に加えて木魔法と水魔法も使えるようになったヘクターは、留学先から「優遇するのでぜひ来てほしい」と乞われていた。

コーディにも一声かかっていたが、魔塔へ行くと決めていたのでさらりと断っている。


「あ、ヘクターおかえり。実家はどうだった?」

お土産だというお菓子を受け取りながらそう聞けば、ヘクターは頬を緩めた。


「魔力が増えたって知ってびっくりしてたし、使える属性が増えたって言ったら混乱してた。そのあとは、なんかすごかったよ。神童だ天才だってじいちゃんばあちゃんまで巻き込んで騒いでた。隣国に留学するのも、招待に近い形になったから喜んで送り出してくれるみたい」

元々、ヘクターは裕福とは言え男爵家の次男である。卒業後は魔法陣を研究したいのに、兄を支える役割を期待されていると愚痴っていたが、どうやらヘクターの希望を叶える方向に変わってくれたらしい。


「良かったね。やっぱり家族の理解があると違うものだからね」

「……、そうだな。前向きに受け入れてくれてほんとよかったよ」

コーディの家族のことを知っているヘクターは、一瞬ためらったが口角を上げて答えた。コーディはまったく気にしていないのに、気遣ってくれるヘクターは本当に優しい友人だ。


「ところで、コゥは準備しなくていいのか?」

「え?」

「え、だって卒業式明後日だよ?研究室片付けたり寮の部屋を片付けたり」

「あ」


コーディは、慌てて椅子から腰を上げた。




寮の部屋は、そもそも荷物が少なかったので片付けは半日もかからずに済んだ。

シーツなどは借りていたので、教科書や文具のほかは、かろうじて着られる服数着しかなかったのだ。部屋を掃除してさくっと片付いたが、大変だったのは研究室だ。


「これ、なんのメモ?」

「本出てきたけど、これも持っていく?」

「一年のときの教科書は古書店に持っていく箱でいいよね」

「ゴミはこっちの箱よ」


慌てて研究室を片付けていたコーディのところに、友人たちがやってきてくれた。

彼らはそもそも実家に帰ったり就職先へ行ったりする前に片付けていたらしいので、もう何もすることがないらしい。その間、コーディは研究に没頭していたのでまったく気づいていなかった。




「終わったー……。みんな、ありがとう。すっかり忘れてたよ。すごく助かった」

荷物を仕分けし、不要なものは捨てたり古書店に持って行ったりして、どうにか片付けが終わったのは卒業式前日の夕方であった。

寮の食堂で夕食にありついたあと、へにょりと眉を下げたコーディに、友人たちは笑顔を向けた。


「いやぁ、以外なところでコゥの弱点が見えたね」

ニカッと笑ったのはヘクターだ。スタンリーも笑顔である。

「これくらいいつでも手伝うよ。でも、ヘクターじゃないけど意外だったな。コゥってなんでもそつなくこなしてそうなのに、片付けが苦手なんだね」


「一応、どこに何があるのかはわかってるんだけど」

はは、と苦笑してみせると、ブリタニーとチェルシーは顔を見合わせてから残念なものを見る目でコーディを見た。

「ちゃんと定期的に掃除したほうがいいわ。なんていうか、研究の歴史が逆再生されたわよ」

ブリタニーのセリフに、チェルシーが思わず出た笑いを抑え込んだ。

「っふ。そう、ね。せめて、ゴミはすぐ捨てたらマシじゃないかしら。まぁ、魔塔に行っても同じじゃないかと思うけど」

友人たちにからかわれ、コーディは頬を指で掻いた。





卒業式は、学園の講堂で行われた。


学園長がよくある挨拶を長々と述べ、国王からの祝辞も届いていた。

流石に国王は出席していないのだが、代わりに王太子である第一王子が来ていた。これは異例のことらしく、生徒だけではなく教師たちもどこか浮ついていた。



「やっぱりコゥが卒業するからだろうね」

チェルシーと腕を組んだスタンリーは、この場では浮いている制服のコーディに向かってそう言った。チェルシーは夜会用のドレスだし、スタンリーは彼女のドレスに合わせたデザインのドレススーツである。


卒業式の夜は、慣習として卒業記念パーティが開催されるのだ。

ドレスコードは一応あるが、用意できない者は制服でもかまわないということになっている。

しかし、本当に制服を着てくる生徒はほとんどいない。必然的に、制服のコーディは目立つことになってしまった。


「そうかなぁ?僕も含めて、実家がなくなった生徒が何人もいたから、フォローの意味だと思うけど」

卒業のときに王族が出席した学年、というのはある程度の箔となる。通常は王族が来ることはないので、気にかけてもらっているとアピールできるのだ。それによって、就職後の対応が変わることは想像に難くない。

ヘクターは呆れた視線をよこし、ブリタニーは肩をすくめた。


「完全にコゥのためだろ。殿下、めっちゃコゥのこと見てたし」

「ね。一緒にいる私達の方が心臓にきたわよ。すごいこっち見るんだもの」

パーティにも、第一王子は出席していた。開催の挨拶として一言もらったのだが、確かにそのときにちらりと視線を感じてはいた。


「制服が目立っただけじゃないかな?」

「それはない」

すっとぼけたコーディに、スタンリーが素早く突っ込んだ。


こんなやりとりが気軽にできるのも今日で最後かと思うと、コーディはなんとも言えない気分になった。


―― 友人など、久しぶりにできたからのぅ。





次の日、しんみりした感情を抱えたまま、コーディは友人たちに別れを告げた。


「さて、魔塔へはどうやって行くかのぅ?」

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