37 魔法少年は叙爵してもマイペースに過ごす

「あぁ、准騎士爵をもらって、卒業後は魔塔に行くことになったよ」


次の日の朝、王城に呼ばれて何があったのかと心配するスタンリーとヘクターにそう言うと、彼らは目を見開いて固まった。


「ごめん、もう一回言って」

スタンリーがそう言うので、コーディはうなずいた。

「だから、准騎士爵をもらったんだ。平民から貴族に復帰した感じだね。あと、魔塔からスカウトされたらしいんだ。准騎士爵も、魔塔からのスカウトがあったから与えられたみたいだよ」


「えっ?魔塔?!叙爵?!え、俺はどっちに驚けばいいわけ?」

ヘクターが目を白黒させた。それを聞いて、スタンリーは首を左右に振った。

「どっちかじゃなくて、両方とも驚愕の事実だよ」

「あ、そうか。両方とも驚いていいのか。……ぇぇぇえええええっ?!」

朝の寮の庭に、叫び声が響き渡った。



「ほら、朝から迷惑だし驚くのはそのへんにして、訓練始めようか」

「えっ?!嘘だろコゥ。この状況で訓練できるとでも思ってんの?!」

「コゥ、僕もヘクターの意見に賛成かな。流石にいつもどおりは無理だよ」

コーディの言葉に二人してそう返してくるので、思わず首をかしげてしまった。


「まだ魔塔に入ってないし、叙爵って言っても補助金が出るだけで当主としての役目も身分もあってないようなものだし。今やるべきなのは、研究の成果がわかりやすいように訓練することだと思うんだけど」

「全くやらないわけじゃないよ?でも、かなり気がそぞろになるっていうか、衝撃的だったから集中しづらいよ」

「そーだそーだ」


コーディは、そんな2人を見て両手を腰に当て、一つ息をこぼした。

「もう僕も含めて3人とも成人したんだし、どんなときでも冷静に対応しないと。自分じゃなくて友人の将来がなんかよくわかんないことになっただけなんだから、気にしないで落ち着いて。いつもどおり訓練するよ。無理そうならちょっと増やそうか?」

「なんで増える?!……ハイ、ごめんなさい走ります」

「あーうん、わかったよ。それも訓練だね」

ヘクターとスタンリーは、コーディの視線の温度が下がったのを察知して動き出した。


訓練は、いつもより少々ハードになった。




「タルコットくん!あれホントなの?!」

コーディを見つけて走ってきたブリタニーが開口一番にそう言った。その後ろからは、チェルシーも急ぎ足でついてきている。

往来のある校舎の廊下である。

少し離れたところにいた生徒たちはチラチラとコーディを伺っていたが、ブリタニーの言葉に一斉に聞き耳を立てた。


「あれって、叙爵のこと?それとも、魔塔のこと?」

「両方!そもそも、昨日王城に呼ばれたっていうのも本当?」

「どういう内容なのかわからないけど、王城に呼ばれて、叙爵して魔塔に行くことになったのは本当だよ」

その言葉を聞いて、ブリタニーとチェルシーだけではなく、聞き耳を立てている生徒たちも息を呑んだ。


「叙爵したのって、男爵で合ってる?伯爵だとか侯爵だとかっていう話もあったんだけど、現実的なのは男爵だと思うの」

同じ授業を取っていたので、2人と一緒に教室へと向かいながら話を続けていた。

「准騎士爵だよ。一代貴族だからすごく気楽だね。元の男爵家とは全く縁のない新しい貴族として扱ってくれるみたいなんだ。僕の家族のことまで考慮してのことだろうけど、すごく気を使ってもらってるみたい」


それに対して、チェルシーは呆れたようにため息をついた。

「爵位が低くて喜ぶのなんてタルコットくんくらいよ。それから、魔塔に所属するのってこの国では数十年ぶりなのよ?前回所属した研究員は平民で、国からの対応が悪かったから家族を引き連れて魔塔に亡命しちゃって、国としては利益を享受しそこねたの。だから、それくらいの対応は普通だわ」

コーディはその言葉にうなずいた。もとのコーディが読んだ本の中に、近代の歴史に関するものもあったのだ。その平民だった研究員は、日常生活に活かせる魔法の研究を大幅に進めたらしく、利権を丸ごと本人と魔塔だけで所有してしまったのだ。国としては、逃した魚が大きかったのだろう。


「魔塔からの入所許可だっけ?どうして今の時期にきたのかしら?」

チェルシーが疑問に思ったらしくそう言った。卒業論文はまだ出していないので、不思議に思うのも無理はない。就職のための情報はあと一月ほどで生徒たちに公開されるから、就職する変わり者たちにとって今は研究に勤しむ時期なのだ。

悠然と構えているであろう魔塔が、コーディの就職に関してフライングしているようにも見える。


「んー、多分、こっちの都合とかあんまり気にしてないんじゃないかな?話がきたのは、研究所を通じて理論の論文を発表したからだよ。論文を見て、勧誘することになったみたいだから」

魔塔は研究所を銘打っているが、決まった入所時期はないし、どの国にも所属していない上にどの国にも忖度しない。変人と紙一重な研究員が権力を持つ場所なので、一般的な配慮などしないと考えられた。

「え、論文を発表したの?もう?卒業論文はどうなってるの?」

ブリトニーは、目をむいてそう聞いた。


「卒業論文は、結果をまとめてから書くんだって。発表した論文は理論をまとめたものらしいよ。それも2本」

後ろからコーディの代わりに言ったのはヘクターだ。スタンリーもその横にいたので、3人を見つけて追いかけてきたらしい。

「あら、おはよう。え、2本も書いたの?それを国の研究所を通じて発表したの?卒論も進めながら?」

ブリタニーは前半こそヘクターの方へ向いて言ったが、後半はくるりとコーディの方を見て言った。その表情には明確に『信じられない』と書かれていた。


そのやり取りを見て、スタンリーは苦笑した。

「僕は、コーディが侯爵を叙爵して公爵家の方と婚約して領地を受け取って卒業を待たずに魔塔に行くことになって一財産受け取ったって聞いたよ。尾ひれが付きすぎてて思わず笑っちゃった」

チェルシーの横に並んだスタンリーは、さり気なく彼女をエスコートした。

面白い噂をブリタニーに披露して笑わせているヘクターは気づきもしない。


―― まだ2人の関係は決まりではない、か?まぁ、報告を待つべきじゃのぅ。


2人の雰囲気に気づいたことを少しも表に出さず、あくまで3人で並んでいる風に装いながらコーディは歩いていった。

こんな風に過ごすのも、あと少しだろう。




それから一月ほど経って、スタンリーがチェルシーに求婚し、無事に婚約者となった。女男爵となるチェルシーをスタンリーが支える形になるらしい。

ブリタニーは察していたようだが、ヘクターはコーディの魔塔行きを聞いたときと同じくらい驚いていた。

そんなヘクターも無事に隣国の魔法陣研究所への切符を手に入れていたし、ブリタニーも国の魔法研究機関に就職を決めていた。


それぞれが卒業論文を無事に提出し終わり、あとは卒業式を待つばかりとなり、コーディはひたすらのんびりと研究に勤しんでいた。

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