36 魔法少年は王様に呼び出される

招待状に書かれた日付になった。


この日は学園の休日で、いつもなら行う早朝訓練も2人の自由にしてコーディは休みを取った。

指定された時間が朝だったので、準備を考えると訓練している余裕がなかったのである。


王城に行くための馬車が迎えに来るので、指定の時間に門のところにいるようにと書かれていた。

服装は、学園の制服でいいらしい。

正直、まともな私服を持っていなかったので助かった。




時間が近づいたので門へと向かうと、そこまで豪奢ではないがしっかりした作りの馬車が待っていた。

侍従らしき人が馬車のそばに立っており、コーディに気づくと綺麗な所作で礼を取った。

「コーディ・タルコット様ですね?お待ちしておりました」


強そうには見えないのに、隙がない。洗練された動作は、それだけで隙をなくすものらしい。

「はい、コーディです。今日はよろしくお願いいたします」

コーディの返事を聞いて、侍従はゆるく微笑んだ。



乗せられた馬車はとても快適だった。

柔らかな座面だけが理由ではなく、サスペンションのようなものが入っているようで、揺れが少ない。


おおよそ20分ほどで、王城に着いた。

どうやら招待は前向きな方向のものらしく、外門ではなく内門の馬車停めで降ろされた。

王城には前庭が二重にあり、外門の方は外の前庭の端に馬車停めがある。内門の方の馬車停めは、王城の前面の端に併設されていた。雨が降っていても濡れずに王城に入れる設計だ。歓迎されている場合は内門から迎え入れると、前のコーディが一般教養の本で学んだ記憶があった。


案内役の侍従に連れられ、コーディは城内を歩いた。

壁や柱などは彫刻で飾られており、所々に見事なタペストリーや絵画、焼き物、飾り剣が掛けられていた。天井にも絵画があったが、さすがに上を見ながら歩くことはできず、視界の端でだけ確認した。

窓もほどよい間隔で設置されており、朝の現在ならランプがなくても充分明るい。窓から見える前庭は絵画のようだ。


華美ではあるが、趣味の良い豪華さである。

柱や壁の地色が白のためか、カラフルな装飾が程よく映えるのだ。ごちゃごちゃした感じになっていないのは、配置を決めた人のセンスだろう。


中庭に面した外廊下を通り過ぎ、一室の前まで案内された。

ほかよりも大きく背の高いドアの前には、これまた白ベースの華やかな騎士服に身を包んだ騎士が立っていた。

手紙にあった通りなら、ここは低位貴族用の謁見室らしい。

謁見室は、ここのほかに他国の王族用、他国の貴族用、高位貴族用、中産階級の平民用、一般用と複数あるそうだ。


部屋ごとに役割があるとは、なんとも贅沢なつくりである。

権力と財力を示すこの国の王城としては、必要な部屋割りなのだろう。


大きく重そうなのに、騎士がゆっくりと開いた扉はふわりと空気を動かしただけで、キシリとすら音を立てなかった。


そこは、30畳ほどありそうなゆったりした部屋だった。

奥には一段高い部分があり、背もたれまで彫刻を施したビロード張りの豪華な椅子が3つ並べられていた。

現在は空席である。両側には窓がなく、壁には建国の歴史を描いたらしいタペストリーが順番に並んでいた。奥側の上部に窓が並んでいて、奥の椅子に座れば室内が快適に見渡せる設計になっているようだ。

両側の壁には、豪華な服を身にまとった十数人の大人が並んで立っていた。その中には、ルウェリン公爵の姿も見えた。主要な貴族家の当主が集められているらしい。


どちらかというと歓迎しているような空気感だが、いくつかはこちらを疑うような、試すような視線もあった。


侍従に言われたとおり、室内の中央付近に敷かれた青いカーペットのところに立った。

王族の席にほど近い扉が開くのを見て、すぐに最敬礼をとった。



「皆のもの、面を上げよ」

重そうな布が動く音の後、そう告げられた。

ゆっくりと背筋をのばせば、豪華な椅子には豪奢な衣装を着こなす中年の男性が座っており、その少し横にはこれまた華やかな衣装の壮年の男性が立っていた。

声は横の方から聞こえたので、立っている男性が言ったらしい。


椅子に座るのが多分国王で、側に立つのが宰相だろう。



「今日ここへ呼んだのは、コーディ・タルコット元男爵子息に関することだ。貴族の諸侯に来てもらったのは、伝えるべきことがあるためである。まずは、コーディ・タルコット元男爵子息への叙爵について」

宰相の宣言に、貴族たちの空気が動いた。

数人はまったく動揺していなかったので、どこかから聞いて知っていたのだろう。


「コーディ・タルコットには准騎士爵を与える。これは、先の学園で遭遇したスタンピードにおける活躍に加え、本人の魔法適正の広さ、2属性同時発動の発案などにもとづくほか、次の発表にも関わることから決定した。元男爵家とは一切関係ない准騎士として、新しく諸侯の仲間入りとなる。これは本人と諸侯への通達であり、決定事項である」

どうやら、貴族たちへの相談は特になくすでに決まったことのようだ。確か新しく叙爵する場合には複数の貴族からの推薦と国王の許可が必要だったはずだが、どうやら特例措置が取られたらしい。

コーディとしては別にいらないのだが、断れる雰囲気でもない。しかし、ほかにもなにかあるのだろう。その内容によっては、受けたほうがいいのかもしれない。


「コホン。……コーディ・タルコットに、魔塔から入所許可が出た」

今度こそ、ざわりと空気が大きく動いた。

コーディも、最敬礼したまま思わず息を止めた。

「同時発動の発案に加えて、現在執筆中の論文が大きく評価された形である」

宰相の言葉に、なるほどとコーディは納得した。


魔力量を増やす論文は、ある程度仕上げられたので一旦概要として教師に提出していた。もう一つ、他の属性の魔法を使えることについては、理論だけをまとめてこちらも提出して見てもらったのだ。

魔力量を増やす方は、研究結果を出してから本格的に卒業論文として仕上げる予定である。しかしどちらも研究として問題ないと教師に言われ、研究所を通じて発表していた。

それが、魔塔の目に止まったのだろう。

卒業論文を書き上げてから魔塔に送ってアピールするつもりだったので、嬉しい誤算である。


「准騎士爵として年俸を与えることになる。これは准騎士として以外に、魔塔に所属する研究者への支援金として支払われる」

その他にもあれこれ説明があったが、要するに魔塔に所属することが叙爵する主な理由のようだ。

魔塔に所属することは国から離れることと同義であるが、貴族であれば国とのつながりは切れない。魔塔での成果を真っ先に国に取り入れるには、やはり直接的な繋がりが必要になるらしい。


まぁ要するに、身分とお金をあげるから、魔塔で研究した成果を国にちゃんと還元してね、ということのようだ。しかし身分としては魔塔の研究員であることが先にくるため、つながりは強制力のあるものではない。魔塔に逃げ込めば亡命もできるようなので、そこは国としてコーディの機嫌を取っておきたいということだろう。

魔塔の麓にある街に住むことになるらしいが、生活費は自分で用意する必要がある。そこを補助する形で良好な繋がりを作っておくのが狙いと思われる。


―― 没落したと思ったら紐付きか。しかしまぁ、メリットの方が多いかのぅ。


コーディとしては、魔法の研究をどんどん進めて仙人だった頃の自分を超えて天上真人へといたりたいのである。

その途中で得られた成果を還元することで生活費を援助してもらえるなら非常に助かる。しかも、准騎士爵ということは一代貴族なので後々のことを考える必要もない。繋がりもゆるいし、最悪の場合は亡命してしまうこともできる。

まぁ、友人もいるこの国に多少は愛着があるし、一部は除外するとして基本的には今の平和を守る方向の良い国なのだ。拒否する理由はなかった。


いろいろな視線にさらされながら、コーディは宰相に促されて口を開いた。

「ありがたき幸せ」



次の日から、コーディはときの人となった。

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