33 魔法少年はスタンピードを戦い抜く

冒険者が集まるところへ駆けつけると、暫定リーダーらしい男性がこちらを見た。


「君はもしかして、“学園生冒険者”のコーディか」

「はい」

どうやら、妙な二つ名で知られているらしい。肯定すると、冒険者たちはそれぞれに頷いた。


「冒険者なら、自己責任や撤退の目安なども説明不要だろう。そうだな、逃げることになった場合は、王都からずれながら南の森の方向に誘導する。また基本的には、各々戦うのが良いだろう」

今回は皆パーティで来ているが、臨時のパーティも多いため、元々のペアなど戦いやすいチームに戻って対応するらしい。


「それなら、僕はソロで」

「……そうか。わかった」

なにか言いたそうだったが、急ぐので議論は無駄になる。ほかの冒険者たちも交えて、改めて作戦を確認した。


スタンピードは、間違いなく王都に向かってまっすぐ進んでいる。

おおよそ200メートルほどの幅に広がった魔獣たちが、バラけつつも一方向に走っているらしい。様々な種類の魔獣が入り乱れているので、担当する場所によって当たりハズレがあるだろう。


冒険者たちがバラけた結果、ソロも含めてチーム数は8つ。

ざっくり切り分けて幅25メートルほどがそれぞれの持ち場になる。漏れはするだろうが、減らせればそれでいい。

コーディは、ソロということで中央近くを担当することになった。


「端は戦線が崩れるとやっかいだ。それと方向転換されたときのことも考えて、視野の広いチームが両端を担当する」

「わかった」

「そうしてくれ」


サクサクと決め、確認が終わったところでおおよそ15分。

ここからは、できるだけ王都より遠いところで多くの魔獣を倒し続けるのがミッションだ。


「じゃあな」

「また後で」

「臨時収入だな!ギルドからいくら出るか楽しみだ」

生徒たちと違い、冒険者たちは自分の心のメンテナンスも上手い。

緊張や恐怖を受け流し、それぞれにスタンピードの方へと駆けていく。


「コーディ」

そちらを見やって息を一つ吐いたコーディに、暫定リーダーが声をかけた。

「はい」

「無理はするなよ。お前は今ここにいる誰よりも若い。未来を捨てるような行動だけはとるな」

そう言った暫定リーダーは、温かい視線をコーディに向けていた。


―― 実のところは、誰よりも年長なんじゃがのぅ。しかし若者に心配されるのも、悪くはない。


「はい。そちらも」

「あぁ」


そうして、冒険者たちはスタンピードに向かって駆けていった。




◇◆◇◆◇◆




「……そろそろか。ワシのあたりが先頭になっておるようじゃのぅ」


先頭のVの字の頂点がちょうどコーディのいるあたりになっているようだ。

そのため、ほかの冒険者たちよりも接敵が早くなりそうだった。

100メートルほど向こうに魔力を感じるのは、どうやら学園のダンジョンにもいるフレイムウォルフだ。フレイムウォルフは山と初心者の森の間にある草原にも生息している。ストームドッグなどに追い立てられたであろう魔獣の中でも脚が早いため、先頭にいるのだろう。


「さて、久々に神仙武術と魔法を存分に使うとしよう」


コーディは、走るためにアイテムボックスにしまっておいた強化ステンレス製の薙刀を改めて取り出し、ぺろりと唇をなめて口角を上げた。




横目にほかの冒険者が準備するのを見ながら、コーディはフレイムウォルフに向かって駆けた。

両手に水魔法を準備し、薙刀は左手に持っている。

走ってくるフレイムウォルフのスピードに合わせて少し手前で止まり、両手で薙刀を持って構える。魔法はそのまま保持して、薙刀に伝わせる。


「お、ステンレスは魔法と親和性が高いらしいのぅ」

どうやら、魔法を通しやすいらしい。薙刀は、水魔法をまとって保持したままになった。

初の試みで面白い発見だが、それは後日研究すべきだろう。


「……っふ!」

『ぐぉぉおおお!!』

「はぁっ!!」

『ぎゃおおぉっ……』


一閃、一頭。

切り上げ、切り払い、突く。


10頭ほどの群れになっていたフレイムウォルフは、すべて薙刀によって討伐した。

死体を放置すると邪魔になるので、倒す端からアイテムボックスへ放り込んでいく。



フレイムウォルフを片付け終わったころ、近くの冒険者たちがいるあたりからも戦闘音が聞こえてきた。

しかし、それを見ている余裕はない。

その次に来たのはおなじみのグラスタイガーだ。


ただし、担当とした範囲よりも広がっており、もはや群れとなっていた。

かなりの勢いで逃げてきている様子で、いつもとは勢いが違う。

「早々に片付けたほうが良さそうじゃのぅ」

スタンピードは始まったばかり。グラスタイガーの向こうから別の魔獣が走ってきているはずなので、時間はかけられない。


薙刀に、今度は風魔法をまとわせる。

ぐっと後ろ斜めに構えて、腰を落とす。そして、抜刀術のように勢い良く水平に振り抜く。

まとわせた風魔法は、かまいたち。

振り抜く勢いも乗せた真空の刃が、地面を走るグラスタイガーの殆どを切り裂いた。


「少し漏らしたか」

飛んで真空の刃を避けたグラスタイガーに迫り、コーディは薙刀を斜めに振って直接切り捨てた。



すぐ、ストームドッグの群れが迫ってきた。

これらも走るスピードが早い。


ストームドッグの中に、グラスタイガーも混ざっている。互いに争うでもなく、ひたすら前進しているだけのようだ。

雑食で暴食気味のストームドッグがすぐ近くにいるグラスタイガーを襲わないなど、異常事態である。

しかし、そこまで考察している余裕はない。

「数が多いのぅ」




薙刀を振り回すが、どんどん湧いて出てくる。

コーディの攻撃によって木々が切り倒されて、ちょっとしたスペースになっていた。

討伐するごとに前進していたので、ほかの冒険者たちは少し後ろにいる。



ストームドッグもサンドベアも、数え切れないほど倒していると、少し間が空いた。

どの魔獣もまっすぐ王都の方へと走っていたが、コーディを見るとこちらに駆け寄ってきた。人を攻撃するのが魔獣の習性とはいえ、王都へと迷いなく走ってくるのがとても不自然だ。


―― そろそろ2時間か。遠くから魔力の動きを感じるのぅ。


王都の方からは複数の魔力を、山の方からは大きな一つの魔力と、山裾に不自然に揺れる魔力を。王都の方向へ進む少しの魔獣もいるようだが、王都から来る多数の魔力は応援のはずなので問題ないだろう。

それぞれを感知したコーディは、周りの状況を確認した。


初心者の森は大分様相を変え、あちこちの木々が倒れている。数十メートル王都側にはほかの冒険者たちがまだ戦っているか、一区切りついて警戒しているかだ。コーディの周辺ほどではないが、やはり木々が倒れて少し森が途切れるような状態になっていた。


大きな魔力は、移動はしていないが感情の揺れを表すかのようにうごめいている。


勝手に動くのは良くないだろうと考え、コーディはすぐ近くのパーティに声をかけた。

「少し、山の方に移動して様子を見ます!魔獣の気配はあまりないので、スタンピードは一旦途切れたと思いますので!」

「わかった!こちらの範囲は俺達がカバーしておく!……ぁ、待て!これを持っていけ!」

答えた冒険者は、何か筒状のものを3つ投げてきた。


ぱしり、と受け取ると、赤い筒と青い筒、そして緑の筒だった。

狼煙のろしだ!赤が逃げろという合図、つまり大型の魔獣がこちらに向かっているという意味だ。青は魔獣がいない、緑は魔獣を見つけたが危険はないことを伝える。万が一の場合は赤を打ってほしい。何もなく1時間くらい経ったら、青か緑を空に向かって打って戻ってくれ。それ以上は深追いになる」

「わかりました!」

渡されたのは、冒険者が使う緊急信号の狼煙だった。コーディはまだ経験が浅いことから、救難の黄色の狼煙だけしか持っていなかった。


―― これからはきっと必要じゃろうから、帰ったら手に入れて、ついでに今受け取った分もきちんと返そう。


コーディは頭を軽く下げ、すべてアイテムボックスに投げ込んで走り出した。



しばらくは普通に走ったが、人の気配が遠ざかってからは神仙武術と魔法を組み合わせ、風魔法を利用して全速力で走った。

時速で言えば、80キロは出ているだろう。

初心者の森を走り抜け、草原も通り過ぎて山裾へ向かった。



大きな魔力が、ゆるりと動く気配がした。


―― ロックドラゴンか。


山から飛んで降りてくるのが見えた。遠くからでも見えたその体躯は、岩に覆われていた。

ここから見える山の頂上あたりの岩場に生息していると言われるドラゴンだ。

いくらコーディが修行を重ねているとはいえ、なんの準備もなくドラゴンに挑むのは無謀である。


魔力をできるだけ抑え、山裾の森の木に隠れながらロックドラゴンの進行方向に合わせて移動する。

どうやら、不自然な魔力の方へ近寄っているようだった。


先回りしてみると、丸い石のようなものが木々の間から見えた。

直径でいえば1メートルほどだろうか。表面がガタついた丸い石は、人工のものか自然のものか判断がつかない。その石から、不自然な魔力が感じられた。


見守っていると、ロックドラゴンが勢い良く空から落ちてきた。


「っ!」


どごぉぉおおおん!!!


ロックドラゴンは、丸い石のようなものに突っ込んだ。

地震を思わせるような揺れが発生し、巻き上がった砂塵で石もロックドラゴンも見えなくなった。

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