34 魔法少年はスタンピードを乗り切る
砂埃がおさまってくると、丸い石のようなものがあった場所にはクレーターができていた。近くの木々はなぎ倒されている。
クレーターの中心には、ロックドラゴンがいた。
『グゥゥォォォオオオオオ!!!!』
地面から響くような声で空に向かって吠え、それからゆうゆうと翼を広げて飛び上がった。
ぶわり、とした風圧を感じているうちに、ロックドラゴンは山へと帰っていった。
「む、何もなくなったのぅ」
ロックドラゴンが見えなくなってから、コーディはクレーターの中を覗き込んだ。
しかし、そこには先程まであった魔力のゆらぎはなく、クレーターだけが存在した。勢いがすごかったのか、一部の土が溶けてガラス化している。
どうやら、ロックドラゴンが丸い石を跡形もなくなるほどに潰したらしい。
あれがただの石だったのか、何かの卵だったのか、まったくわからないが、少なくともロックドラゴンにとっては良いものではなかったのだろう。
できれば採取して調べたかったが、なくなってしまったものは仕方がない。
一応、クレーターのあたりの土を採取してみたが、役立つかどうかは不明だ。
コーディは、山裾の森から抜けて草原へと出てから、緑の狼煙を上げた。
◇◆◇◆◇◆
「協力感謝する。報奨は、国からギルドを通して支払うことになっているので、後日受け取って欲しい」
そう言ったのは、騎士団の中でも魔獣や盗賊を討伐する部隊の隊長さんだった。
黒っぽい制服が特徴である。
隊員は、今はコーディたちの防衛線をすり抜けた魔物を討伐してくれている。
対する冒険者の代表は、暫定リーダー。
「わかった。まだ残党がいるかもしれないので、後は頼む」
「もちろんだ。今日はこのまま、学園の生徒たちを王都に送ったら報告だけしておいてほしい」
コーディは、冒険者の集団の中にいた。
生徒たちは、ある程度安全が確保されたということで避難所から魔法で橋を渡して出てきているところだ。
会話を漏れ聞く限り、魔獣は十数頭通り過ぎただけで、堀の内側までは来なかったらしい。
どうやら、コーディたちの討伐でどうにかなる程度の数のスタンピードだったようだった。
通常のスタンピードは半日かけても魔獣が通り終わらないこともざらのため、こんな小規模であることもどこか不自然だった。
そうして考えているところへ、スタンリーたちが駆け寄ってきた。
「コゥ!!無事だったか?!」
「コゥ!怪我してない?」
「タルコットくん!!」
「おかえりなさい、タルコットくん!」
コーディは、思索を一旦やめて友人たちに笑顔を向けた。
「ただいま。怪我はしてないし、無事だよ。みんなは大丈夫だった?」
わらわら、と友人に取り囲まれたコーディは、なんともいえない、面映いような嬉しいような、温かい気持ちを抱いた。
筋トレの基礎訓練を剣術科などを履修している生徒たちとしていた、という話などを聞いているところへ、騎士の部隊長と暫定リーダーがやってきた。
「すまない、冒険者のコーディにはまだ仕事が残っているんだ。学園の教師には許可を取ったので、我々と一緒にギルドでの報告会に参加してほしい」
「わかりました」
コーディがうなずくと、部隊長と暫定リーダーもうなずいた。
まだ仕事があるなんて、と友人たちが心配してくれるのを、クラスメイトをはじめとした学園の生徒たちが遠巻きに見守っていた。
その視線には嫌なものはなく、どちらかというと尊敬や感心といったポジティブな感情が読み取れた。
随分立場が変わってきたものだな、とコーディはほんの少し口角を上げた。
「ロックドラゴンが降りてきたのか!」
「はい」
コーディは、緑の狼煙について報告会で説明していた。
そして、よくわからない丸い石のようなものをロックドラゴンが壊したこと、謎の魔力の揺れはその後から感じなくなったことも告げた。
「別種のドラゴンの卵か……?ドラゴンは縄張り意識が強いからな」
「ありえなくはないが、普通は卵を返すまでは親の巣から出さないだろう。ドラゴンの卵を盗んだのであれば、無事でいられるわけがない」
「それこそ、卵を人質代わりにしていたなら可能じゃないか?それで、犯人は最後に放置して逃げたのかもしれない」
「その石のようなものがないから、ここで話しても結論など出ないぞ」
色々と話し合われたが、結局よくわからないという結果になってしまった。
一応、状況をまとめて王城に提出するらしい。
それがどう生かされるかはわからないが、報告を上げることが重要なのだそうだ。その報告をうまく活用するのが、官僚や王族の仕事なのだという。
そう聞くと、役人とはなんとも高度な仕事だ。
その後は、それぞれの倒した魔獣の数を報告したり、持ち帰った魔獣の素材を売ったりと通常の依頼報告と同じようなことをして終わった。
「コーディさん。数を確認してください。フレイムウォルフが47頭、グラスタイガーが62頭、サンドベアが38頭、ストームドッグが89頭で間違いないですか?」
「はい、合っています」
改めて数えるとなかなかすごいことになっていた。
ほかのパーティも、数は似たようなものだ。
「いやいや、コーディは抜きん出ているからな?お前さんはソロだぞ?似たような数のうちは5人パーティだし、2人組のところは全部で60頭くらいなんだからな」
「あはは、はりきりすぎましたかね」
「まぁ、数の少ないスタンピードだったからラッキーだったがな」
横をすり抜けたり初心者の森に逃げ込んだ魔獣まで数えてもせいぜいが1,000頭くらいのスタンピードだったらしい。
スタンピードというべきかどうか迷うくらいの数だ。
「ラッキー……そうですね。大した怪我もせずにすみましたし」
「そうだな。ほら!終わったから飲みに行くぞ!!」
「え、あ、僕は学園に」
「今日くらいは遅くなっても大丈夫だろう?門限までに帰ればいいさ」
暫定リーダーは、コーディの肩に腕を回して歩きながら、ほかのパーティも誘っていた。それぞれ、魔獣の素材を売っただけでも十分に臨時収入になったので、打ち上げとして飲みに行くことになった。
楽しく飲んで食べて、コーディはきちんと門限までに寮に帰り着いた。
次の日から、学園でコーディに向けられる視線の質が大きく変わった。
遠巻きにされているのは同じなのだが、どこか浮ついたような、感じたことのない雰囲気だった。
「あぁ、実践訓練のことが噂になってるんだよ。スタンピードに気づいて進言したとか、冒険者に混ざってスタンピードに突っ込んでいって無事に帰ってきたとか、そういうの」
朝の訓練で、休憩中にぽろりと漏らせばヘクターが教えてくれた。
「え、そんな話が広がってるなんて知らないんだけど」
コーディがぎょっとしてそう言うと、スタンリーが苦笑した。
「そりゃあ、噂の本人に向かって直接聞くような人はあんまりいないだろ。まぁ、ほとんどが事実だし、悪い噂じゃないから気にしないでいいと思うよ」
「そうそう。それに、実践訓練に参加してた生徒はみんな同じように噂されてるぜ。ブリンクを見本にして避難所を作ったとかそういうのは、俺もクラスメイトに聞かれて答えたし」
「剣術科とかを履修してる人たちと仲良くなったのも、今回の実習では良かったよね」
「確かに」
コーディも、スタンリーやヘクターを通じて友人が広がっていた。
どこか保護者気分で参加していた自分が、学園の生徒として馴染んできていることを感じて、コーディは笑顔になった。
「じゃあ、筋トレ始めようか!」
「うへぁ」
「が、がんばる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます