32 魔法少年たちはスタンピードに備える

コーディは、急いで木から下りてキャンプ地へ走った。

生徒たちはそんなに遠くへは行っておらず、キャンプ地の近くに沢山おり、離れていきそうな生徒にはなにやら冒険者と思しき大人が声かけしているようなので、あえて声をかけずに走り抜けた。


教師たちとスタンリーたちが、拓けたところに集まって話していた。


「そうか。なら、とりあえずタルコットが戻るのを待って」

「先生、戻りました」

コーディが声をかけると、全員が驚いてこちらを見た。



状況を説明すると、教師たちのうち数人が眉を寄せた。

「しかし、この森でそんなことが起こるなんて」

コーディも聞いたことがなかったのでうなずいた。

「僕も信じられません。ただの山崩れでそんなことが起こるなんておかしいです。ですから、確認が必要です。行動範囲より外側に、冒険者の方を配置していますよね?」

「……それも知っているのか」

「ギルドで依頼を見ましたし、僕も先ほど彼らを見かけましたから。すぐ連絡できますか?」

「あぁ、定期連絡がそろそろくる」


ちょうどそのとき、冒険者らしき大人が広場へやってきた。

「お集まりですね。うちのリーダーが、中止を求めています」

「あぁ。こちらも把握したところだ。東の山の斜面に土砂崩れの跡が見られて、スタンピードの可能性があると」

それを聞いて、冒険者は顔色を変えた。

「東の山……あそこの裾野には、サンドベアとストームドッグかいるんです」


サンドベアは、人と同じくらいの体長で丸っこく可愛らしい見た目に反してとても凶暴な熊だ。肉食で、グラスタイガーをも捕食するパワータイプ。

ストームドッグは大型犬サイズで、10頭を越える群れを作って生活するが、いざというときには複数の群れが集まって大捕物をする。頭が良く、サンドベアもときに犠牲になるらしい。


それらが中心となって、ほかの魔獣を追い立てつつ人里の方へ進軍していると予想できる。


普段森を抜けてこないのは、山裾の方が魔力が豊富で魔物にとって過ごしやすい場所だからだ。

ごくたまに、初心者の森にサンドベアなどが現れることもあるが、餌だけ取ったら戻っていく。

今回は、山崩れで生活圏が危険にさらされたために逃げてきたのかもしれない。


また、初心者の森と山裾の森の間にちょっとした平原があり、そこに生息している魔獣たちも追い立てられてスタンピードになっているようだ。

初心者の森の魔獣たちは、いわば最下層の弱者なので、危険を察知してどこかに逃げ隠れていると思われる。


そのあたりの認識を共有している間に、冒険者たちが指示して生徒全員が広場に戻ってきていた。


「あのスピードなら、ここまで来るのにあと2時間というところだ。我々はこのまま戦闘に入る。戦える生徒がいるなら残ってほしいが、危険なので自分の命を守れる実力者にだけ残って欲しい。早馬はこちらの斥候の一人がすでに王都に向かった」

冒険者のリーダーらしき人がそう言った。彼らもスタンピードの様子を確認したようだ。


「に、2時間では、とても全員が王都まで逃げ切れません」

話を聞いていた教師の一人が、青白い顔色をさらに土気色に変えて言った。

馬車まで歩いて3時間ほど、そこから王都まで馬車で30分だ。荷物を捨てて歩いたとしても、既に疲れている生徒たちにそれ以上のスピードは望めない。


「あぁ。だから、簡易的にブリンクと同じような避難所を作る。土魔法が使える生徒と教師を集めて、避難場所を囲んで深い堀を2重に作る。それぞれに水魔法を使える人員で水堀にする。幸い、飛行する魔獣はいないようだからそれで凌げるだろう」

「橋を作る時間などありません。作業者が逃げられないではないですか?」

「避難所の内側に立って作るんだ。外堀から作れば問題ない。この広場なら100人程度が避難できる場所くらい問題なく作れるはずだ。堀の幅は10メートル、深さも同じくらいがいいだろう。避難所側の堀の壁は、反らして上がりにくくする。水面を3メートル下げれば、まず上陸の危険はない」

「魔獣よけの薬草は?」

「やつらもパニックになっている。忌避する香りを避ける可能性はあるが、その程度気にせず突っ込むかもしれん。だがまぁ、魔獣を避けられる可能性があるなら使うべきか」


そこからの決断と指示は早かった。


冒険者の斥候の一人が引き受けて、魔獣の来る方向へ徒歩なら十数分のところに生徒たちから集めた大量の魔獣避けの薬草を持っていった。

堀は魔獣の来る方を頂点としたしずく型。スタンピードの魔獣たちが、堀に沿って自然と別れて走り去りやすい設計だ。


すぐさま土魔法または水魔法を使える生徒たちが集められ、堀の建設が始まった。風魔法を使える生徒たちには、人の匂いを向こうへ長さないように風の壁を堀の外側に出すよう指示があり、火魔法使いには伝って来られないよう堀の周りにある木々や蔓の焼却、木魔法使いには避難所の縁に視覚を遮る生け垣を作る依頼があった。


訓練に参加している生徒は100名ほど。

優秀な魔法使いばかりとはいえ、指示内容を2時間未満で完遂するのは至難の業だ。


「コゥ!」

森の方へと踵を返したコーディに声をかけてきたのは、ヘクターだ。側には友人たちもいる。

「ぼくは冒険者側の役目だよ。スタンピードを減らしてくる。君たちは避難所を頼むね。特にヘクターとスタンリー、体力がついてるからフォローまでお願いするね」


にこり、と笑顔を向けると、友人たちは泣きそうな顔になった。

「大丈夫だよ?魔力がある限り武器は無限だし、一人で全部防ぐ必要なんかないからね。王都から応援が来るまで、そうだなぁ、2時間ほどもてばいいだけたから」

言いながら、コーディは土魔法で薙刀を作り出した。

ギラリ、と輝く薙刀はスチール製である。

土魔法を繰り返して修練し、ようやく作れるようになった素材だ。


「ここから少し移動するから、魔獣の群れと衝突まであと1時間。そこから2時間かな。毎朝の訓練と同じくらいの時間だよ」

そう言うと、スタンリーはぎゅっと口の端を上げた。

「……そっか。毎朝の訓練が始まって終わるまでなら、なんとかなりそうだね」

コーディとスタンリーの意図に気づいたらしいヘクターも、なんとか笑みを作った。彼らの握りしめた手が震えているように見えるのは、見ぬふりだ。


友人2人の空気が和らいだのを感じて、女子たちや周りの生徒たちの固まった空気が少し動いた。

とにかく、生徒たちにはキビキビ動いてもらわなくてはならない。恐怖で立ち止まる暇などないのだ。

「そうそう。なんなら、避難所ができ上がったらいつものメニューをこなしてるといいよ。今朝は実践訓練の準備でできなかったし」

「えっ!今日は地獄が休みだと思ったのに!」

ヘクターが言えば、スタンリーが笑った。


「あはは。確かにあれは地獄のようだよね」

「人ごと!?いや、俺はスタンを道連れにするぜ」

「どっちの道連れ?」

「サボる方!」

「だめだよ、ヘクター。1日休んだら3日分は体が戻ると思った方がいい」

コーディが諭すと、2人揃って情けない顔を晒した。

それを見た生徒たちから、力の抜けた笑い声が広がった。


「ブリタニーとチェルシーは、この2人がちゃんとサボらず訓練してたか見ててほしいな。そうだなぁ、少なくとも基礎的な筋肉トレーニングはこなして欲しい」

「それって、どういうの?」

「足上げ腹筋30秒休憩10秒を10セット、ワイドスクワット40回を5セット、プランク1分休憩20秒を5セット、バックブリッジ30秒10秒休憩を5セット、サイドプランク左右順番に1分休憩20秒を4セットかな。休憩を3分ずつくらい取るから、1時間かからない程度だよ」


「それが基礎的なものなの?」

「そうだよ。基礎の1歩目くらい。ここから倍くらいまでこなせればスタートラインかな」

「へぇー」

「すごそうね」

軽く受け流す女子2人に対して、男子2人は遠い目だ。


「あれでスタートラインの手前だってさ」

「ゴールはどこなんだ」

「面白そうな話をしているな!俺達にも教えてくれ」

話に混ざってきたのは、騎士を目指しているらしい体格の良い生徒たちだ。


「筋肉トレーニングと聞こえたが、メニュー名は聞いたことのないものばかりだ。ぜひ教えて欲しい!」

そう言った背の高い生徒は、どうやらこちらの意図を理解して入ってきたようだ。

重い空気がまた少し霧散した。

「うん、スタンたちに聞いて欲しい。避難所を作り終わったらスタンピードが収まるまでは暇だろうから」

「えっ」

にこりとコーディが笑顔を向けると、彼も白い歯を見せた。ヘクターの声はスルーされた。


「わかった!楽しみだな!そうと決まれば早速堀を作るか!!」

「「「おー!!」」」

同じ騎士を目指しているらしい仲間が声を合わせ、生徒たちはそれぞれにキビキビと動き始めた。


「じゃ、行ってくるね。訓練サボらないでよ?」

「ていうか、あんだけ他の奴らを巻き込んだらサボれねぇよ!?」

「あははは、コゥにしてやられたね」

「あーもう!!」


程よく空気の緩んだ友人たちに、今度こそ背を向けたコーディは、軽く手を振ってから地面を蹴った。


目指すのは、スタンピードの先頭だ。

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