31 魔法少年は討伐訓練に参加する
「魔法関連の授業を履修した生徒は全員参加……?」
幼子(コーディから見たアーリン)への刑罰になんとも言えない感情を抱きつつ、しかしそれもこの国の法だと飲み込んで、研究に魔獣退治にとコーディが忙しくしていたある日、個人用のロッカーに一枚の紙が配布された。
そこには、『魔獣討伐実践訓練のお知らせ』というタイトルが書かれていた。
毎年秋頃に行われている実践訓練で、魔法関連の授業を一つでも履修した生徒はその年の訓練に強制的に参加することが決まっているらしい。
元のコーディの記憶に実践訓練のものがないと思っていたら、徹底的に魔法関連の授業を取っていなかったことが原因のようだ。もっとも、剣は得意でないし魔法も気持ち程度という彼のことを考えれば、あえて取らなかったであろうことは想像にかたくなかった。
実践訓練は、冒険者が『初心者用の森』と呼ぶ場所で行われる。
一泊するらしく、寝泊まりのためのキャンプ道具を自前で用意するか、貸出のものを使うかを実施日の一週間前までに教師に伝えておかないと、自動的に貸出となるらしい。
コーディは冒険者として一通り揃えているので、自前のものでこと足りる。
「わかった。タルコットは自分の道具だな。一覧のものはすべて揃っているか?」
「はい、大丈夫です」
魔法関連の教師であれば誰でも良いということだったので、職員室へ向かうとたまたますぐに目が合ったコルトハードに伝えた。
「初心者用の森だからな。まぁほとんど生徒たちで対処できる魔獣しかいない。タルコットは冒険者として行っているからわかっているだろうが、それでも怪我人くらいは出るんだ。一応、気をつけてやってくれ」
「コルトハード先生、一応僕は初めての実践訓練なんですが」
「いやいや、タルコットは訓練じゃなくてもう実際に討伐しているプロなんだから、訓練生に気を配るくらいできそうだと思ってな」
あっはっは、と笑ってみせたコルトハードに対し、それもそうかとコーディは納得した。
魔獣の出る森に慣れた生徒がいることは想定されていないのだろう。平民の生徒も勉学を修めたうえでの将来を考えているものだ。学園の生徒に限れば、平民も貴族も関係なく、普通は誰も冒険者にはならないので、コーディは例外中の例外である。
◇◆◇◆◇◆
このところずっと南の森にばかり行っていたので、久々に初心者用の森に足を踏み入れた。
生徒たちは、それぞれに大きなリュックを背負って森の中の比較的開けた場所に集まっていた。教師たちも同じようにリュックを背負っていたが、今は下ろしている。
森の手前まで馬車で移動し、そこから歩いたのは3時間程度だが、生徒たちはわりとくたびれていた。
「去年はここまで来ただけですっごい疲れた記憶があるんだけど」
涼しい表情で言ったのはスタンリーだ。ヘクターも頷いて周りを見渡した。
「それな。今は全然疲れてない。かばんが重いのは同じなのに」
当然、コーディもひょうひょうとしている。
「そうやって以前と比較すると、変化がわかりやすいよね」
うんうん、とコーディが頷きながら言えば、2人は笑顔になった。
「普段の訓練は、ちょっとずつきつくなってることくらいしかわからなかったからな!」
ヘクターが言えば、スタンリーも口を揃えた。
「実感が沸かなかったからね。なんか報われた気がする」
「大げさだなぁ。まだ道半ばというか、研究成果的にはまだ一歩目だからね?」
「ぐはっ!」
「魔力はまだ変わった気がしないねぇ」
ヘクターが大げさにリアクションし、スタンリーは困ったように眉を下げた。
コーディが言う通り、体作りは進んでいたものの、魔力の器が大きくなっているかどうかはまだはっきりしていないのだ。
一応、それぞれに以前の魔力で使える魔法の限界を記録してあるので、定期的に確認しているが、今の所変化はない。
「さ、さすが男子、かしら?」
ヘロヘロになりながらリュックを下ろしたブリタニーがこちらに寄ってきた。
その隣には、ブリタニーよりは少し取り繕っているチェルシーもいる。
「タルコットくんは、冒険者してるからわかるけど……ほかの2人も?」
いくらダンジョンに潜っているとはいえ、何キロもある荷物を背負って歩くことはないし、攻撃も魔法が主体なのでブリタニーたちには厳しい移動だったようだ。
コーディたちのほかに平気そうなのは、騎士などを目指して剣術や体術を学んでいると思しき一部の生徒だけだった。
「最近、ちょっと鍛えてるから」
にこ、とチェルシーに笑顔を見せたのはスタンリーだ。
以前の助言のあと、ちょこちょこチェルシーにかまっているのを見かけた。コーディが言ったことを実践して、ほんのちょっとした親切や笑顔から始めているようだ。コーディが見る限り、チェルシーにはきちんと届いているようである。
チェルシーがスタンリーと話すとき、声がワントーン高くなったのは最近なので、スタンリーにはぜひ頑張ってもらいたい。
ちなみに、ヘクターはまったくそれらに気づいていないようだった。
「あ、タルコットくんの研究だっけ?続けてるんだ。すごいね」
今も、チェルシーの声には花が散っているように錯覚しそうなほど。スタンリーが気づいているのかどうかは微妙なところだが、本人は拒否されていないことを理由にチェルシー特別キャンペーンを続けているようだ。
そこにどうこう言うのは野暮なので、コーディは努めて冷静に見守っている。
ここでニヤニヤして見せるとややこしいことになる可能性がある。思春期の男女は繊細なのだ。
チェルシーとスタンリーが話しているので、ブリタニーはコーディの側までゆらゆらと歩いてきた。
「タルコットくんはこの森に何度も来てるのよね」
「うん。わりといろんな魔獣が出るよ」
「去年も来たからある程度知ってるけど、夜中も緊張が続くからすごくしんどいのよ」
ブリタニーが言った言葉に、ヘクターも大きく頷いた。
「そうそう。班ごとに分かれてテントを張って、夜中の見張りを順番にするんだよな。魔獣が出たら一人で対処しないといけないから、ずっと見張ってたらすっごい疲れる」
「先生たちが周りにいるけど、対処できなくなって酷いことになるギリギリまで手助けしてくれないものね」
「去年は、それで3人くらい骨折したり大怪我したりでリタイアしてたよな」
2人の会話から察するに、教師たちは命の危険がない限り生徒たちで対処するよう見守っているようである。
―― 知らずに遠足気分で来た日には、酷い目にあうんじゃろうなぁ。
そう思いつつも、コーディにとってはほとんど遠足だった。
行動班は事前に組んでいた。コーディは、スタンリーたち4人と一緒の班だ。ただし、教師たちからはできるだけ手を出さないように、と事前に注文を受けていた。
もはや監督の立場である。
異変に気づいたのは、班ごとに分かれて木の枝探しや水くみのために森に入ってからだ。
「……?魔獣が、いない」
「え?この森、元々そんなに沢山はいないでしょう?」
コーディのつぶやきに、ブリタニーが疑問を返した。
「遠くても気配くらいはわかるはずなんだよ。それに、鳥の声もしない」
「へ?でも」
「ごめん、皆も少し待って欲しい」
コーディはメンバーを集め、立ち止まって聞き耳を立てたいので黙って待つよう頼んだ。
4人は、何かあるのだろうとうなずいてくれた。
聞こえるのは、風が木の葉を揺らす音。
ときおり木の葉が落ちる音。
遠くで学園生が話す声。
皆が呼吸する音。
そして足元の地面から、かすかに振動し続けるような微妙な魔力の動きを感知した。
コーディは、素早く判断した。
「今すぐ、先生たちのところへ戻って報告して欲しい。いつもの魔獣も動物もいない。遠くから多数の何かの接近が感知できている。僕は、あっちの高台の木の上から確認してすぐ戻る。頼める?」
「っ!……わかった。戻ろう」
即答したのはヘクターだ。スタンリーもうなずいて答えた。
「えっ、でもタルコットくん一人じゃ」
うろたえたブリタニーに、スタンリーが答えた。
「コゥは、一人ならもっと身軽に動けるよ。誰かが一緒だとそれができない。僕たちは、早く戻って先生たちに報告した方が良い」
ブリタニーとチェルシーは、息を呑んだ。
「……異常事態なのね?」
チェルシーに、コーディはうなずいた。
「確かめてくるから、その報告だけ急いでお願い」
「わかった!」
4人が急ぎ足で戻るのを少しだけ見送り、コーディは奥の高台へ走った。
大きな木によじ登り、くるりと周囲を見回した。
すると、王都の反対側、初心者の森の奥の方に、砂埃のようなものが上がっていた。
風魔法を使って、そちら側の音を引き寄せた。
「大きな魔獣が、縄張り争いか?……いや、地面を蹴る音ばかり。こちらに向かっている」
弱い魔獣はどこかに逃げて、魔獣にとって比較的豊かな山の方にいるはずの大きな魔獣たちが押し寄せてきている。
よく見ると、遠くの山の斜面に土砂崩れの跡が見えた。
「スタンピードか」
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