28 魔法少年が動いた結果
「その証言は虚偽です」
「……はぁ?」
ナッシュ公爵はマッケイの言葉を聞き、表情を怒りに固めたまま、ぽかんと口を開けた。
決闘の契約は、まだ行使したままだったのだ。
「貴様っ……!マッケイと言えば貴族派の末端ではないか!傘下のくせに、私に逆らう気か?!お前の家が落ちぶれてもいいというんだな!!」
ダン!ダン!と机を拳で叩きながら叫ぶナッシュ公爵を横目に、コーディは持ってきた資料を掲げた。
「ここに、不正の証拠があります」
「は?!」
唐突な宣言に、マッケイを詰めていたナッシュ公爵はコーディを睨みつけた。
「あ、これはコピー……書き写したものです。元の資料は、騎士団を通じて王城に提出しました」
「何の話だ?!今は貴様のことのはずだっ!!無関係なことを言い出して撹乱するつもりか?!」
コーディは首を横に振った。
「僕の無実はすでに決闘の契約を行使した証言によって示されました。そのため、僕に関する告発は終了です。もう一つの告発については、許可を得た上で行っているんですよ、ナッシュ公爵」
「どういうことだ?!それに、一体誰のことを」
「もちろん、貴方のことです、ナッシュ公爵」
にっこりと笑顔を向けたコーディに対して、ナッシュ公爵は目をむいた。
「はぁ?!私の不正だと?貴族派の筆頭である公爵家なんだぞ!!不正など、あるわけがないだろう!!」
「その証言も虚偽です」
マッケイが思わず、といった風に口を開いた。コーディはそれに対してうなずいた。
「そうですね、今までは告発も捻り潰していたようですから、不正など明らかになっていませんでしたね。けれど、言い逃れは難しいと思いますよ」
コーディの言葉が終わると同時に、室内にいる騎士とは違う制服の騎士が数人入ってきた。室内にいた騎士は貴族なとの護衛を主要業務としていて、今入ってきた騎士は不正摘発や暴力事件の解決などを主要業務とする部隊だ。業務ごとに制服が違うので、知っている人が見ればすぐにどこの部隊が動いたのかわかるらしい。
「ナッシュ公爵、お話を伺う必要がありますので、王城へご同行いただきます」
「っ!!馬鹿にするな!私は帰る!!」
席を立ったナッシュ公爵を、騎士たちはさっと両側から拘束した。拘束するときに、公爵の両手首に腕輪のようなものをつけていた。かなりの早業である。
「何をする?!私は公爵家の当主だぞ!!魔封じの腕輪までつけて、タダで済むと思っているのか?!」
どうやら、腕輪は魔封じだったらしい。多分、名前通り魔法を封じる手錠のようなものだろう。
すると、拘束している騎士たちの上司らしい壮年の騎士が、一枚の紙を取り出した。
「これは、王命である。一刻も早くナッシュ公爵当主を王城へ召喚し、事実確認を行うこと。公爵家へ返して証拠を隠滅されてはかなわない。……すでに公爵宅には立ち入り調査を行っているので、無駄だとは思うが」
「ぐ、がっ!!きっ!!貴様ぁ!?貴様のせいだな!!!」
拘束されたまま、ナッシュ公爵はコーディの方へ行こうともがいた。
もちろん、しっかり拘束している騎士たちが離すわけもない。
「では、まいりましょう。……公爵家のご当主様だ。歩かせて煩わせるのもよくないだろう、運んで差し上げろ」
壮年の騎士の指示により、騎士たちはナッシュ公爵の腕を掴み上げ、ぶら下げて立ち去っていった。あの巨体を2人でぶら下げるとは、なかなかの筋力である。
ナッシュ公爵は、最後まで罵詈雑言を叫んでいた。
◇◆◇◆◇◆
「見事なものだな」
うんうん、とうなずいてにこやかに言ったのは、図書館で遭遇したイケオジである。
コーディは、理事たちと学園長たちにぺこりと頭を下げた。
関係ないことに巻き込んで申し訳ないと思いつつも、捕物では黙って見ていてくれたのだ。
冷静さはさすがだな、と思ったが、2人ほど顔色を悪くしていた。
確か、侯爵と伯爵である。
貴族派なのか、と思ったところで、彼らは席を立った。
「議題はナッシュ公爵の前提が破綻して終わりましたな。ではこれで私は帰らせてもらう」
「はい、急ぎますので私も」
イケオジは鷹揚にうなずき、彼らを見送った。
学園長たちやほかの理事も立ち去り、部屋に残ったのはコーディとイケオジ、それからイケオジの側近のような男性だけだった。
「それでは、」
言いかけたコーディの言葉をさえぎり、イケオジが口を開いた。
「かなり準備していたようだね」
「……はい。3日ほどありましたので」
なんとなくイケオジが誰か予想できたが、コーディは慎重に答えた。
「あぁ、紹介がまだだったね。私はスチュアート・ルウェリン。ルウェリン公爵家の当主をしている。手紙は受け取ったよ。即決してもらえなかったのは残念だが、断っても問題はないから、むしろしっかり考えて欲しい」
にこにこ、と笑顔のルウェリン公爵の後ろで、側近がこくりとうなずいていた。
一瞬、圧力をかけられるかと思ったが、肩透かしを食らってしまった。どうやら今のはクッションでしかなく、本題は別にあるらしい。
ルウェリン公爵は、すっと表情を真面目なものにして、机に腕をついた。
「それで、あの情報をどこで手に入れたのか、教えてもらえるかね?まさか、誰かに持たされたというわけでもあるまい」
―― さて、どこまで開示するかのぅ。
じっとルウェリン公爵を見たが、魔力に濁りがない。濁りがない魔力は、魂の濁りがないのと同等である。
つまり、清濁飲み込んではいるだろうが、利己的に悪虐なことはしていないのだろう。
それは後ろの側近も同じだった。
コーディは一つうなずいた。
「情報は、協力者に頼みました。冒険者の方も指名しての依頼で来ていただきましたが、似たようなものです」
「協力者、か」
「金銭で引き受けてくださるので、本当に助かります」
ルウェリン公爵は、面白そうに目を細めた。
「冒険者にも登録しているんだったか」
「はい。実家からの協力が望めないこともありまして」
「随分と、プライド高くある男爵家だそうだね」
プライドしかなく、努力する姿勢も実力もなく、高位貴族に媚びることすらできない、という意味だろう。
コーディは苦笑した。
「その資料、見せてもらえるかね?」
ルウェリン公爵はコーディの手元を見ながら言った。
「はい、どうぞ。よろしければお持ちください。複写したものですし、僕自身にはもう必要ありませんので」
コーディが一歩踏み出すと、側近が机を回ってこちらにやってきた。
資料を側近に手渡し、帰ろうかと思ったが引き留められた。ざっと資料を斜め読みしたルウェリン公爵が声をかけたのだ。
「タルコットくん。この資料によれば、ナッシュ公爵だけの問題ではないのだね」
何を言いたいのかわからず、コーディは頭をかしげながらも肯定した。
「はい、そうですね。貴族派の一部の貴族が結託して密輸に手を貸していたようです」
資料から目を上げたルウェリン公爵は、ふぅ、と一つ息をついた。
「タルコット男爵家も、密輸に協力していたのか」
「そうですね。間接的、かつ無自覚ではありますが。経由するのがどこの商家で、何を運んでいるのかなどまったく興味がなかったようです」
「抜け穴になっていた、ということか」
闇ギルドの調査でわかったことなのだが、密輸の取引はタルコット男爵領で行われていたのだ。その他にも、いくつかの家が協力していたらしい。
「いいのかね?タルコット男爵家の見逃しは大きな失敗だ。隣国への配慮として、過剰に責任を取らされる可能性もある」
コーディは、こくりとうなずいた。
「いいと思います。何もせず貧乏な特権階級のまま過ごすよりは、どこかで強制労働でもした方が、ほんの少しでも人のためになるでしょう」
「そうか。……君のように冷静に判断できる人が、貴族に増えるといいのたがね」
ルウェリン公爵の言葉を受けて、コーディは目線を下げた。
「僕はそうは思いません。領地に愛着があるわけではありませんし、経営がしたいわけでもないので。やればできるでしょう。しかし、それでは僕の心が死んでいきます」
「……そうか。そこまで自分を分析できているなら何も言うまい。まぁ、やはりタルコット男爵家を継ぎたいと思ったら相談したまえ。君なら推薦しがいがありそうだ」
どこか温かいものをにじませながら、ルウェリン公爵はそう言った。
コーディは、黙って頭を下げた。
ナッシュ公爵や、タルコット男爵家をはじめとした貴族派の中でも麻薬の密輸に関係していた家が一斉捜査され、ことごとく身柄を確保されたのは、その次の日のことだった。
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