29 魔法少年と決別
貴族派のいくつもの当主やその家族が、麻薬の密輸や密売の容疑で捕まった話はまたたく間に学園内に広がった。
新聞も連日報道していて、平民も貴族も注目の話題である。
学園内では、拘束・告訴された貴族の子どもたちが肩身の狭い思いをしながら過ごしていた。
色々と調査中なので詳細は不明だが、どうやら基本的に何も知らなかった子どもには責任を負わせない方向でいくようだ。
噂によると、いくつかの家は無関係だった子息や親戚に当主を交代させることで、前当主や関係者を家から切り離し、きちんと罪を償わせる形になるらしい。学園に通う生徒のうち数名は、すでにその方向で打診されているという話だった。
ただし、そこにタルコット男爵家は含まれていない。
コーディが跡は継がずに魔法の研究職に就きたいと奏上し、それをルウェリン公爵が後押ししてくれたのだ。
あくまで貴族家の子息であるし、継承権を放棄するのは難しいかと思っていたが、すんなりと了承された。
どうやら、タルコット領は場所がいいらしく、領地として小さいこともあって、一旦王領として引き取ってもらえるようだ。
コーディの両親はもちろん、兄たちも成人済なので、情状酌量の余地はなく罰を受けることになる。
取引に直接関わってはいないものの、間接的に協力していた家の場合は、高額な罰金が課されるだけのため、支払いさえすればすぐに身柄を開放してもらえるそうだ。ただし、身分は剥奪されているので、新当主の意向によっては領地で離れなどに軟禁となるか、放逐されるかだという。
放逐を言い渡されそうな者は、むしろ罰を受ける方がいいと、支払いをしないのだとか。
その場合は、罰金を支払うために鉱山などの強制労働施設に送られる。労働はさせられるが、最低限の生活は保証されるのでその方がマシのようだ。
跡継ぎがいない場合は、親族に打診される。そして新当主が決まらない場合は、領地を王家預かりとするそうだ。
跡継ぎがあまりに幼い場合は、王城から代理人が派遣される。
いずれにしても、罪を犯した本人は強制労働となる。
つまり財産が罰金より少ない場合は、労働一択。
タルコット男爵家の面々は、全員漏れなく強制労働施設送りである。
コーディほか、後を継がない子息は、一旦成人するまでは貴族の子どもとして学園を卒業させてもらえるらしい。
魔力の高い人材は貴重なのだ。
数年勉強させるだけで、優秀な人材が恩義を感じて陰日向なく国に仕えてくれるようになるなら、なかなか良い投資である。
ありがたいことに、コーディもその制度で学園に残らせてもらえることになった。
そう決まってから数日後、コーディになり替わって初めて手紙が届いた。
「これはまた、利己しかない主張じゃのぅ」
受け取った手紙は、元のコーディの家族たちからだった。
封筒は一つで、それぞれが1枚ずつ書いたらしく、便箋は4枚入っていた。
『コーディへ
私たちが何も知らなかったことはお前がよく知っているだろう?
生涯強制労働など、重すぎる罰だ。
跡を継がないなどといわず、タルコット男爵領をもり立ててくれ。
どこかから前借りすれぱ、私を保釈できるのではないか?
仕事を教えてやるから、真っ先に私を出してくれ。
その後は、儲けが出るたびに家族を一人ずつ保釈しよう。
お前がルウェリン公爵からスカウトされているのは聞いている。
さすが私の息子だ。
しかし、貴族として生まれたからには国に尽くすべきだ。
そのためにも、跡を継ぐべきだろう?
よく勉強したなら、どうすればいいかわかるはずだ。
いいか、一番に私を出すんだぞ。
父』
コーディは、ため息をついて次の一枚を見た。
『私の息子、コーディ
こんなところに母を閉じ込めたままなんて、とっても親不孝よ。
食事はまずいし、ベッドも硬いわ。
出てくる紅茶は薄すぎてお湯のようだし、侍女がいないからドレスもろくに整えられないのよ。
そのうえ、ドレスとは言えないようなボロ布を着せられるなんて、耐えられないわ。
お風呂なんてないし、髪も洗えないの。
お化粧だっててきないわ。
お母様が可哀想だと思わない?
だから、早くお母様をここから出してちょうだい。
あなたの母』
『コーディ、すねていないで手続きしてくれ。
ここから出たら一緒に飯を食べよう。家族だからな。
そもそも俺たちは当主の子どもだからそこまで重い罪背負う必要なんかないはずなんだ。
それに、俺は頭脳労働が得意だから、お前の助けになるはずだ。
お前が稼いで俺が支えてやる、という形も悪くないだろう?
まずは俺から出してくれ』
『コーディ
もう嫌だ。野菜ばっかりのスープと、カスカスのパンしか与えられない。
何にも知らなかったのにこんな仕打ちをされるなんて酷すぎる。
お前は全部用意してもらえる学園にいるんだろう?
そのまま普通に成人できるんだろう?
俺だってあと5年若ければお前と一緒だったんだ。同じはずだろ?
補佐としての立場はあったから給料はもらってたけど、本当に何もしてなかったんだ。
俺は悪くないよな?
父さんは責任者だし、兄さんは跡取りだから知っているべきだろうけど、俺は関係ない。母さんも連帯責任だけど、まあ修道院なら家に帰るより良い生活なんじゃないか?
とにかく、俺はクズばっかり食わされて汚い部屋に閉じ込められるような、こんな酷い扱いをされるほど重い罪じゃないはずだ。
タルコットの跡を継いで、巻き込まれただけの俺を出してくれ。』
どれも、なんとも自分勝手な手紙だった。
コーディは、一つため息をついたあと、手紙をまとめて部屋を出た。
持っていく先は、学園の相談室だ。
「なるほど。どうしようもないな。……そういえば、タルコット男爵家で学園の給付金を着服しているという疑惑が上がっていたな。まだ調査中だったはずだか、そこもあわせて尋問してもらおうか」
相談室にいるのは、教師ではなく王城所属の事務官だ。
学園は貴族の子息が集まる場所なので、ただの喧嘩が貴族間のもめごとに発展することもある。
その解決は、さすがに学園の教師にとっては業務外となる。
かといって放置もできない。
貴族のもめごとは、対話で解決するのが理想だが、そうもいかないことはよくある。
ゴタゴタがどうにもならなくなると、王城の貴族管理室が引き受けて、裁判のようなことが行われる。
それぞれの言い分を聞いたうえで、特別な職員が独自に調査して証拠を徹底的に集め、双方の言い分を検証するそうだ。
前世で言う裁判官や検察官のような仕事らしい。
つまり、エリートだ。
「お手数をおかけします。僕では反省を促す言葉も聞いて貰えそうにありません。どうか、よろしくお願いします」
「君のことも調査が進んでいる。……大変だったね。君自身の責任は何もないから、気にせず勉学に励んで自立を目指して欲しい」
「ありがとうございます。そう言っていただけると少し気が晴れます」
コーディはペコリと頭を下げ、相談室を出た。
今後は、彼らが手紙を書くたびに検閲して問題ないものだけが届くことになるだろう、と言われた。
きっと、もう二度と手紙が来ることはないだろう。そして、
罰金額は相当なもので、家族の中では罪が軽めの下の兄ですら終身刑に等しい期間の強制労働となっているのだ。
密輸だけでも重いが、麻薬に関わるものはさらに罪が重い。
恩赦も適用されないというのだから、その徹底ぶりがよくわかる。
それから数日後、ナッシュ公爵家が一掃されて伯爵位に降爵される、という衝撃的なニュースが駆け抜けた。
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