25 魔法少年の魔法研究とおねがいの効果

南の森で出会った冒険者に使った治癒の魔法は、コーディに色々なヒントを与えてくれた。


覚えている仙術と同じように使っただけだが、実のところかなり魔力のロスがあったのだ。

仙術とまったく同じイメージで魔法を使うのは良くないらしい。


そのあたりの理由や法則は謎だが、魔力のロスがない方が良いに決まっている。

あらためて、コーディは5属性の魔法をきちんと実践して理解することにした。



これまで魔法を無理やり仙術のように使うときには、かなり多めに魔力を使っていた。

一方、前世の科学的な記憶を基にした5属性の魔法の場合は、使った魔力量が少なかったのだ。このあたりに何らかのルールがあるような気がして、コーディは今までも使っていた5属性の魔法すべてを一からきちんと学び直した。


基礎の魔法から応用まで、一通りは参考書に書かれている。

通常は一人一属性なので属性ごとに本が一冊あることだけがわずらわしかった。

火魔法は種火から火球まで温度を変えながら試し、水魔法は水量を変えて少しずつ多くしたり氷を出したり、木魔法は種を芽吹かせるところから思い通りに成長させるまで、風魔法はそよ風から竜巻まで元素を指定しながら、土魔法は土の塊を出すところから金属を生成するところまで。

参考書を見ながら試してみたが、属性魔法であれば、参考書通りの使い方でも前世の科学知識を応用した使い方でも、思ったより魔力を消費されなかった。


「属性魔法だけは何かの補助が入っているのか……」


コーディは、与えられた研究室で一人つぶやいた。


研究室では、魔法を使ってよいのである。

一応、ある程度は耐えられるよう頑丈に作ってあるらしいが、教師からは全力で魔法を使わないように、と注意を受けた。


コーディだけ。


若干不満に思ったが、自分の行いを振り返って納得した。

教師たちから見たコーディは、やたら高威力の魔法を使うだけでなく何をするかわからない生徒だ。不安要素しかなかったのだろう。


研究室はプライバシーが確保されるので、コーディは思う存分魔法を研究していた。


イメージを実現できる点は、基本的に気をまとって使う仙術とは違って非常に使い勝手がいい。

そして、鋼として嗜んでいたファンタジーな物語によくある魔法をいくつか思い出した。

「たしか、ステータスオープン、鑑定、アイテムボックスあたりだったか」


ステータスと鑑定は似たようなものだろう。自分を鑑定するか、自分以外を鑑定するかの違いだけだ。

魔力を動かしながら考えてみたが、鑑定といっても結局自分の知らない情報は表示できないと結論づけた。知っていることを表示するだけなら、あまり意味がない。

それなら、あとはアイテムボックスだ。


この世界も地球と同じく三次元空間に存在している。そして、理論上は四次元、五次元と三次元の人間には想像もできない、縦・横・高さ以外の奥行きがあると考えられる。想像できない理由は、二次元において高さが存在しないのと同じだ。

存在しないものはイメージしづらい。

とはいえ、理論から想像することは可能である。


三次元に生きるものにとっては、感知できない空間の。目の前の空間を、縦・横・高さの方向とは別のに沿って動かせば。

「……アイテムボックス」

コーディの前に、真っ暗な穴がぽかりと出現した。まるでCGである。


穴の中は真っ暗で見えない。

多分、理論に沿ったイメージで空間を動かすことはできるが、そのがどのようなものか実際には目視できないために見えないのだろう。

試しに、そのへんに置いてあったメモの紙を穴の中に入れてみた。


アイテムボックスのために展開していた魔力を戻すと、穴は消えた。

「アイテムボックス」

もう一度使うと、同じ穴が出てきた。そして、その穴に手を突っ込んで先程の紙が手に触れるイメージをすると。

「おぉ、取り出せたな」


便利だが、注意が必要だろう。

アイテムボックスに入れたことを忘れてしまうと、きっと二度と取り出せなくなる。そして、2回目に開くときに必要な魔力はかなり少なくなったが、初めに使う魔力が多すぎる。

「初手にわしの魔力を半分以上使うとは。それに、これは多分生物も入るな。物語にあったアイテムボックスよりも危険な代物か。むぅ……。お蔵入りかのぅ……」

せっかく開発した魔法だが、論文にするのは一旦諦めることにした。




◇◆◇◆◇◆




「ねぇ、コゥは聞いた?ナッシュ公爵家の話」

毎朝の訓練の休憩中、スタンリーが小さな声で言った。

噂は聞いていなかったので、コーディは首を横に振った。

「ううん。聞いてないけど。何かあったの?」


そこに、ヘクターも入ってきた。

「聞いた聞いた。スタンは誰に聞いた?オレは兄さんが同僚から聞いたって言ってた」

「僕は親からだよ」

なんとなく予想はついていたが、コーディは口を挟まずに2人が噂を教えてくれるのを待った。


「ナッシュ公爵家には、アーリンの下に弟がいるっていうのはみんな知ってる話だよね。わりと有名だから。魔力が少ない上に病弱だから療養してて外に出られないってことだったんだけど、なんか急に王族から声がかかって王城に引き取られたんだって」

スタンリーが興奮気味に、しかし声は抑えめに話した。ヘクターはそれを聞いてうなずいた。

「そうそう。ナッシュ公爵家ははじめ抵抗したみたいだけど、近衛騎士団が来て無理やり連れて行ったんだって。ただ、病弱ってわりに普通に歩いていたし、顔色も悪くなくて、病弱っていうのは嘘じゃないかって噂だ」


2人の聞いてきた噂は、そのほかにアーリンの弟の魔力量が少ないらしいこと、年齢の割に小さいこと、マナーはほとんどなっていないが知識が非常に豊富なこと、王族主体で動いたらしいことなどだ。


その情報から読み取れるのは、アーリンの弟が魔力量の少なさを理由として虐待されていて助け出されたのだろうということ。

ナッシュ公爵家には伝わらないように注意しながら、貴族の間でまことしやかに広がっている噂らしい。


「そうなんだね。病気療養のためか公爵家から引き離したのか、理由ははっきりわからないみたいだけど、ちゃんと保護されたならよかったね」

穏やかに言うコーディを見て、2人はハッと気づいたように一瞬息を詰めたが、何も口に出さずにうなずいた。

魔力量の少ない子どもが虐待されるのは、貴族ではないことはない話だ。コーディがまさにそうだったし、2人もなんとなく気づいていたのだろう。


それを口に出さずにいてくれるスタンリーとヘクターは、優しい子どもたちだ。




さて、その結果に満足しているコーディだが、実はその情報を王族近辺にリークしたのは闇ギルド「新月の裏」である。

正しくは、ナッシュ公爵家の勤め人を名乗る複数の匿名の人物から訴えが出たのだ。

『アーリン様の弟様、グレン様はナッシュ公爵家でろくに世話もされず軟禁のうえ放置されています。魔力が低いというだけで、普通の貴族の子息なら施される教育も受けさせず、子どもを一部屋に閉じ込めるなんて良心の呵責に耐えかねます』

といった内容が複数寄せられた。


一つならまだしも、複数別の人物から訴えが出たため、王族としても動かざるを得ない。

アーリンはもちろん、グレンも王族の親族にあたるからだ。


そして、とりあえず一旦調べてみようと王族の影たちや情報収集の部門が動いたところ、わりとすぐに黒だとわかった。

アーリンの方はもうすぐ成人となるし虐待の様子もなく問題ないだろうということで、弟のグレンだけを保護したのだ。


しかし、暴力を振るっていたわけでも食事を与えなかったわけでもなく、教師は用意しないとはいえ本は与えていたので、まったく無知のまま閉じ込めたというわけでもない。

ただ外に出さなかったので、特に罰則などを与えられるようなことにはならなかった。


グレンが連れて行かれただけなのである。



ここまで、コーディはすでに「新月の裏」から聞いて知っていた。

南の森での稼ぎが大いに役立っている。



「そんな状況だけど、ナッシュ公爵家の人たちはいつもどおりだったみたいだよ。むしろ、お荷物を引き取ってもらえてせいせいした、みたいに言うのを聞いたって使用人が言ってたらしい」

ヘクターの言葉を聞いて、スタンリーは眉を潜めた。

「自分の子どもなのに。ほんと、本人のためには、引き取られて良かったんじゃないかな。リークした使用人たちを血眼になって探してるらしいけど、誰も見つからないんだって」

「そりゃそうだろうな。探すために使う人も使用人だから、よっぽど忠誠心がないと使用人同士かばい合うに決まってる。ましてや、けちんぼ公爵だからなぁ」


コーディは、2人の会話にうなずくにとどめて口を閉ざした。


しかし、本当に貴族の子息というのは知見が広いしきちんと考えている子どもたちが多い。

感心したコーディだったが、時間をみて休憩が終わりであると2人に伝えた。

訓練はまだまだこれからである。


2人は、少しがっしりしてきた体を起こしてうなずいた。




◇◆◇◆◇◆




「父上、本当に良かったんでしょうか?」

父に呼び出されて書斎に来たアーリンは、なんとなく気になって聞いた。ほとんど会ってはいないが、それでもグレンはアーリンと血の繋がった弟なのだ。

「仕方あるまい。結果だけ見れば公爵家としてもいい方に転んだんだ。使い道のないグレンの一人くらいくれてやってもいいだろう」

「そうですか」

なんとなく気になっていたが、アーリンは気持ちを切り替えた。呼び出すからには、父からなにか話があるのだ。


「前にお前が言っていたコーディ・タルコットの話だ」

「はい」

父は、ギシ、と椅子をきしませながら言った。

「準備が整った。それと、そろそろルウェリンから声がかかるらしい。そのタイミングで仕掛けるぞ。一番舞い上がったところで叩き落としてやる」


にやり、と笑った父に合わせて、アーリンも口角を上げた。

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