24 魔法少年は冒険する
3学年になって2ヶ月経ったある日。
コーディは、王都の近くを流れる川をまたいで少し先にある森にやってきた。
グラスタイガーを倒せるならここの魔獣も余裕だろう、と言われた森は王都の反対側である。ギルドでは初心者用の森、と呼ばれることが多い。
この森は、もう一段階強い魔獣の出る森だ。王都の南の方に位置するので、南の森と呼ばれている。
入ってすぐのあたりですら、ブランチスネイクやリッパーオウル、毒持ちのトレントディアなど、どれも2メートルを超えるサイズの魔獣ばかり出る。
そのため、数人組のパーティでの攻略が推奨されている。
そんな森に、コーディは一人足を踏み入れた。
「さて、どこまで通用するかのぅ」
冒険者ギルドに聞いたところによると、こちら側は川を挟んでいることもあり、人の手があまり入らないらしい。初心者用の森よりも強い魔獣が多いのもその影響だというが、強い魔獣が多かったから人の街ができなかっただけかもしれない。どちらが先かはわからないが、とにかくこちらの森の方が今のコーディの修行になるということだ。
森の植生は、初心者用の森と大差ない。地形も似たようなものだし、よく知らなければどっちかわからないだろう。
たまに、あまり話を聞かない初心者が間違ってこちらに来て、大怪我をしてベテランに助けられることがあるらしい。場合によると、命を落とすこともあるという。
特に危ないのが、一見優しげに見えるトレントディアだ。
ブランチスネイクは枝に擬態して餌となる小動物を待ち伏せしていることが多いから、狩りを邪魔しなければ戦闘になることはあまりないらしいし、リッパーオウルは夜行性である。
奥に入ればまた違う魔獣がいるらしいが、コーディはとりあえずトレントディアを探した。
大きめの鹿に見えるトレントディアは、実は気性が荒い。縄張り意識が強く、同族も魔獣も人もすべて敵視する。
そして、水魔法を使う。それも、毒混じりの水だ。毒の強さは年齢によるらしく、長老ともいえるほど年かさのトレントディアの場合は、即死する可能性もあるほど毒性が強くなる。若ければ、その場で嘔吐する程度だ。
それでも、嘔吐し立ち止まっている間に、大きな
草食だから食べられることこそないが、多くの冒険者が南の森で怪我をする原因はトレントディアなのだ。
油断していると慣れていてもひどい目に会う。
ちょうど、コーディの目の前で起こっているのと同じように。
「うわぁあ!!」
「ちょっ!ビル、大丈夫か?!」
「っ!、ぐっ、」
「アルマ、止血を!」
「無理!防御が消えたらチャドもやられる!!」
「くそっ!ビル、耐えろよ!」
三人組のパーティが、トレントディアとやりあっていた。
どうやら女性が魔法を使えて、風魔法で壁を作って防御していた。防御が間に合わなかったのか、一人の男性がトレントディアの角にやられて脇腹あたりから血を流して倒れている。
チャドと呼ばれた男性が短剣で応戦しているが、どうも彼も足を怪我していて全力を出せないらしい。それに、倒れている男性の近くに長剣が落ちていたので、主戦力は倒れている彼なのだろう。
こういうとき、黙って助けてはいけないとギルドで聞いた。
横取りしたとか色々と問題になるからである。
「
慌てたコーディは、口調を改めることも忘れてそのまま声をかけた。
「っ?!学生か!っく、頼む!!」
コーディはうなずいて、アルマというらしい女性に細く
「これで傷口を塞いでください。水はここに」
「あ、ありがとう!!」
アルマと入れ替わるように戦闘に参加したコーディは、まずは土魔法で壁を作った。
小さいと見てコーディの方に突撃してきたトレントディアは、微妙に柔らかいその壁に角を突き刺した。
「硬化」
角を壁に固定してしまえば、いかにトレントディアといえどもただの的だ。
「っ?!よ、よし!後は任せろ!!」
チャドはその魔法に目を剥いたが、すぐに切り替えて攻撃を開始した。
短剣ではあるが、その狙いは的確で安全マージンをしっかりとったものだったので、トレントディアはチャドに任せてコーディは倒れた男性のところへ向かった。
「ビル!ビル!!お願い、目を開けて!!」
なんとか包帯を胴に巻いたらしいアルマは、傷のあたりを押して止血しながらビルに声をかけていた。
しかしビルは、白い顔で細い息になってきていた。
―― 急がねばならん。
「失礼します」
コーディは、アルマと場所を変わって怪我をした場所に手を当てた。
「あ、あなた、治療できるの?!」
「はい。この布を噛ませてください」
清潔な布を一枚取り出し、アルマに渡した。
急ぐので、痛みに関して配慮することができそうにない。
「わかったわ!」
コーディは、ビルの包帯を取り去って防具を外し、服も切って傷口を見た。鋭い刃などではなく、大きな角で突かれたため、傷口が酷いことになっている。
どうやら動脈までは切っていないようだと判断したコーディは、手を魔法で出した水で洗い、傷口も洗った。
「ぅぐぅうう!!」
痛むのか、布を噛んだビルがうめき声を上げた。
「ビル!頑張って!今治してもらうから!!」
コーディは、動かしそうな両手を縛って膝で押さえ込み、傷口に両手を当てた。
イメージするのは、細胞の修復。
ちぎられた細胞どうしを、元あったところに結びつけていく。まずは大きな静脈、それから細かい血管。神経もつなぎ、折れていた一番下の肋骨も元通りつなぐ。内蔵まで傷ついていたので、次はそこの細胞をくっつけ、肉をくっつけ、最後に皮膚をつないでいく。
「ぐぶぅうううう!!」
「動かないで!」
「ビル、頑張るのよ!!」
「足は俺が押さえる!」
頭の方をアルマが押さえていてくれたので、足は魔法で固定しようとしたら、トレントディアを倒し終わったチャドがすぐにやってきて押さえてくれた。
―― 出血が酷いから急ぐとはいえ、痛みに配慮した治療ができないとは、まだわしも未熟じゃ。
「容赦くだされ」
眉を潜めて治療を施しながら、コーディは小さくつぶやいた。
治療が終わり、ビルは顔色こそ悪いが気がついた。
「ふぅ、お、俺は……」
「ビル!気づいたか?!」
「チャ、ド。あいつは?」
「トレントディアなら倒した。もう大丈夫だ!」
「良かったぁぁああ!!」
アルマは座り込み、チャドはビルを支えて起き上がらせた。
「ありがとう!それにしても、一体どんな魔法を使ったんだ?」
「いえ、人命救助ですから。魔法は、主に水でしょうか。複数組み合わせているのでどれかはちょっと僕にもわかりません」
正確には、5属性で分類できるものではないだろう。
人体を理解して、その回復を手助けしたのだ。元々あった修復能力を利用したので、多分本人はものすごく疲れているはずだ。
「流れ出た血まではどうにもできませんでした。王都に戻ったら、きちんと食べてしばらく休んだほうがいいでしょう」
「そうか。さすが学園の生徒だな。本当に恩に着る。礼として渡せるものがこれくらいしかないんだが」
チャドがポケットから財布を取り出したが、コーディはそれを制止した。
「いえ、お金は結構です。それなら、あのトレントディアをいただいてもいいですか?」
「あぁ、ビルがこの状態だから持って帰るのも大変だ。貰ってくれ」
チャドがフラットにやり取りするのを見て、アルマは顔色を変えた。
「ちょっと、チャド!学園の生徒ってことは、お貴族様じゃない!?ごめんなさ、いえ、も、申し訳ありません!ありがとうございます!!」
頭を深く下げるアルマに、コーディは苦笑した。
「いえ、確かに貴族籍ではありますが、そのうち出ますから。それに、冒険者なので皆さんの後輩です。そんなふうにかしこまる必要なんてありません」
「え?貴族なのに冒険者なんてしてるの?!あなた、随分変わってるわねぇ」
コーディの言葉を聞いて、アルマは素早く態度を切り替えた。ビルはその様子をぽかんと口を開けて見ていた。
「手っ取り早く稼げるので」
「確かに、実力があればそこらへんで店員するよりずっと稼げるわね」
「アルマ、話はそのへんで。ビルを連れて帰るぞ」
「そうだったわ!まずは帰って休まないとね」
「あ、帰るならあっちから回ってください。魔物よけの薬草が生えていました」
「重ね重ね、恩に着る。ビル、立てそうか?」
「あぁ。……名前を、聞いてもいいか?」
チャドに支えられて立ち上がりながら、ビルはそう聞いた。
「はい。僕はコーディです。卒業したら家を出ますので、家名は名乗りません」
「コーディか。オレはビル。本当に助かった。治療はめちゃくちゃ痛かったが、死ぬよりはマシだ。王都で会ったら、今度食事でも奢る」
「痛みがありましたよね、すみません。でも、お礼はもう充分です」
「いや、オレ達は先輩だからな。後輩には奢るもんだ。気になるなら、お前も後輩ができたときになんか奢ればいい」
に、と口の端を上げて笑うビルに、コーディも笑顔になった。
「わかりました。では、次に王都で会ったらお願いします」
「おぅ。じゃあな」
「はい、また」
「ありがとう!!またね!」
「またな。大丈夫だろうが、一応気をつけろよ」
「はい!」
三人を見送って、コーディは踵を返した。
まだまだ足りないものばかりだが、久しぶりに仙人らしいことをしたな、と思いながら。
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