23 魔法少年は男子トークする
新学年が始まって二週間、新入生たちも寮と学園での生活に慣れてきたころだ。
履修すると決めた授業は、コーディは10単元だけなので時間割にも余裕がある。
コーディは、魔法の研究を進めて魔法使いとして
そのためには、少なくとも学園卒業後は魔法の研究関連に就職すべきだろう。親には貴族としての成人前の現状ですら期待できないし、さらに上の大学院のような機関もない。
となると、2年間取っていなかった魔法の授業を最低限取ったうえで、研究成果を出すのが近道だ。
元のコーディの無念を晴らすためにも動くが、自分の将来のためにも動くつもりである。
充分に生きることが、元のコーディから体を譲り受けた報いでもあると思っている。
研究テーマは2つに絞ったが、実のところもっと研究するつもりである。
卒業研究として発表するつもりのテーマが2つ、というわけだ。
卒業研究の1つ目として、この世界での魔法の五行を確立させる。
そこが魔法学習のスタート、と言えるくらいまとめられれば、かなりの功績になるだろう。
魔法の同時発動については、発動方法をもっと簡略化して多くの人が使えるようにし、魔法技術登録をする予定だ。
これは特許に近しいもので、発案者を明記し、技術を公開することで一定期間は使用料を取れる。
コーディは使用料を設定せず、使い方だけを公開するつもりであった。
初めは無料での配布に反対されたが、コーディは頑張った。お金が入ることより、名前が売れて実績となることを選んだのだ。
市場での実績も、研究の成果と言えるものになる。むしろ、理論だけのものよりも結果がはっきりするため評価につながりやすい。
かなり実践的な魔法の使い方なので、これは普通に論文をまとめて発表するだけにした。
そして2つ目の卒業研究は、魔力の器の拡大条件の発見だ。
スタンリーとヘクターに協力してもらっているが、きちんと成果が出るまでに時間がかかる。
そういう意味で、実験的な研究でもあるので、卒業研究に向いていると考えた。
少し気にかかっていた魔法歴史科であるが、教師が変わっていた。
クレア・フィンリーという比較的若い女性教師だ。オリオーダンの元教え子で、魔法歴史科の助手をしていたのだが、オリオーダンが一身上の都合で休職してしまったため、繰り上がりで教師となったらしい。
普通に休職届けを出していたという噂なので、体調が悪いなどの理由ではないはずだ。
オリオーダンの一身上の都合とは、ほぼコーディにボロ負けした件だろう。
ただ、だからといってそれで休職するほどにメンタルの弱い人間だったのかというと疑問である。なにかほかの理由があるのかもしれないが、コーディではそれ以上の噂を集められなかった。
教師が変わったこと自体は、コーディには良いように働いていると思う。
若いからかとても熱心に授業をしてくれていて、分かりやすいようにと色々工夫している。ただの年表の暗記になりそうなところだが、それぞれのエピソードを添えて教えてくれるので、記憶にも残りやすい。
オリオーダンの授業を取っていたヘクターによると、彼の授業は教科書を読み込むだけのため呪文を聞いているような感じで、それこそ年表の丸暗記だったそうだ。逆に単位は取りやすかったらしい。
一応国の最高峰の魔法学園なのにそんなゆるい授業でよく教師をしていられたな、と思ったが、授業内容については教師に一任されているようなので、単位が取りやすいなら生徒から苦情も出ないだろうし、そんなものなのかもしれない。
ほかの魔法関係の授業は、概ね楽しく受けられた。
ただし、魔法の実技関係の授業に出ると、すぐに試験を受けさせられて合格を出されるというなかなか面白い対応をされた。
途中からの履修もできるが、途中での合格もあるらしかった。
普通は途中で合格を出すことはないので、あまりそういう制度があると知られていないらしい。
おかげで、自由な時間が増えてしまった。
せっかくなので冒険者として森に踏み込む時間を増やした。もちろん、研究も行う。
◇◆◇◆◇◆
ほぼ毎朝、スタンリーとヘクターと一緒に走り込みや筋トレを行っていた。
修行をするには、まずは基礎となる体が重要なのだ。2人とも、若い分筋肉はそれなりについてはいたが、あくまでそれなりで、体幹がしっかりしているとは言い難かった。
そのため、まずは体づくりからだ。
「コゥ、ちょっ、これ、きっつぃ」
「息、が、苦し、っふぅ!」
20分ほどしか走らないのだが、それだけでも2人には非常にキツイ訓練らしかった。
もっとも、魔法使いがこんなに走ることはほぼないので、学園生なら誰でもキツイだろう。
「じゃあ、5分休憩。終わったら、次は筋肉トレーニングだから」
「ううぅ。あれもきついんだよなぁ」
スタンリーは、足を投げ出して地面に座ったまま言った。ヘクターは、しゃがみこんでいる。
「あのトレーニング、あまり使っていない筋肉もかなり使うから、筋肉痛になるよね。でもこれで筋肉がつけば、体幹がしっかりするから魔法を打つときにも安定するよ」
コーディが解説しながらストレッチしていると、ヘクターは眉を下げた。
「わかるよ。わかるけど、キツイんだよ。せめて成果がすぐ目に見えればなぁ」
「うーん、筋肉は一朝一夕にはつかないからなんとも……。違いを体感できるのは、一ヶ月以上経ってからだと思うし。多分、そのころには走ったときの息切れがマシになっているはずだよ」
「筋肉をつけたら、腹が6つに割れるってマジ?」
ヘクターが聞くので、コーディはシャツを捲って腹を見せた。
「半年もすればこういう感じになるよ。体調を見ながらだから、もっと早かったり時間がかかったりするかもしれないけど」
元々肉が少なかった分、しっかりつけた筋肉が目立つ。コーディ個人としてはまだ薄いと思っているが、一応筋肉の存在がわかる状態になっていた。
「おぉ!すっご……かっけーな」
「うん、かっこいい」
スタンリーとヘクターは目を輝かせた。2人とも少し細いが、きっとタンパク質を多めにとってきちんとトレーニングすればすぐ筋肉がつくだろう。
「なんかモテそう」
ヘクターが言ったのに対して、コーディは服を下ろしながら答えた。
「ヘクター。普段は腹なんか見せないし、こんなことでモテないと思う。あと、好きな娘にモテたいなら、その娘だけ特別扱いで優しくすればいいと思うよ」
コーディの言葉に食いついたのは、ヘクターではなくスタンリーだった。
「え、特別扱いってどういうこと?ってか、そんなことで好かれるものか?」
「僕は普通にモテたい」
「よく、好きな娘の気を引きたくて意地悪なことを言ったり、冷たく接したりする奴がいるけど、まったくの逆効果なんだよ、スタン。誰だって、自分に親切な人の方が好きなんだ。特殊な趣味でもない限り、いつでも自分を気遣ってくれる優しい男がいたら好意を持つよ」
コーディとスタンリーの2人は、ヘクターの意見を黙殺した。
友人になった彼らとは、呼び捨てやあだ名で呼び合う仲になっていた。なんとも面映ゆい、温かいものである。
スタンリーは、コーディな話を真剣な表情で聞いて黙ってうなずいた。コーディ自身は長い人生でそういった経験はなかったが、そのぶん沢山の人を見てきたからわかることだ。
「その優しさが、自分だけの特別だって気づいたらクラっとくる。まぁ、その子に決まった相手とか好きな人がいたり、あまりにも好みからずれていたりしたらうまくいかないこともあるだろうけど」
「うぐぅ。最後は好みかぁ」
コーディの解説を最後まで聞き、スタンリーは項垂れた。
「とりあえず、スタンが何もしなければ何も起こらないのは確かだよ。最初は必ず目を見て挨拶するとか、その子には必ずドアを開けてあげるとか、ちょっとしたことで良いと思う。慣れてきたら、話をしっかり聞いたり、よく見て助けの手を差し伸べたり、かな。相手の反応をよく見るのが一番大事だよ」
「ちょっとしたことか」
スタンリーが何やら考え出したので、今度はヘクターが口を開いた。
「それじゃあ、みんなに優しくしたらみんなからモテるってこと?」
にやりと笑いながら言うヘクターに、コーディは笑顔を向けた。その気持ちは男として分からないでもない。
「ある程度はモテるだろうね。本気で好きな子ができたときに方向転換が大変だろうけど」
「方向転換?」
「誰だって、嫉妬に
「うへぇ、怖ぁ」
ヘクターはおちゃらけて言ったが、それを聞いていたスタンリーは真剣にうなずいていた。
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