21 魔法少年はおねがいをきいてもらう

「雑菌が一切存在しない真水には、魚一匹すら住めないことを。それに、僕は聖人ではありません。よっぽど迷惑なら考えもしますが、そうでないならお互いに役立てばいいんじゃないかと思います」

柔らかく微笑んだまま、コーディは出されたお茶を一口含んだ。


実際、仙人は聖人ではない。人助けをライフワークとしているが、それは知識と技術を誰も困らない形で使うためなのだ。

宝の持ち腐れを良しとしない。身につけた技術を使いたい。

物語に描かれているものよりも、仙人とは自分本意な生き物だ。


そして長い間生きていればよくわかるのだが、誰かにとっていいことがほかの誰かにとって悪いことになる、などよくあることである。

闇ギルドと名乗って裏稼業を手がけようが、冒険者ギルドと呼んで市民の役に立とうが、一人残らず悪と呼ぶわけではないし、例外なく全員が善とも言えない。

主観が変われば評価も変わる。


コーディにとっては、毒にならないならそれでいい。



「……やめておけ。お前では勝てない」

ソファに腰掛けたままの男性が、コーディの後ろに向かって言った。


コーディの後ろで風の魔力が膨れ上がったのがわかったので、土魔法で作り上げた鎌を彼の後ろに待機させたのだ。

自分の命を刈り取る魔法に気づいた執事っぽい男性は、脂汗を垂らしてゆっくりと風魔法を解いた。

風魔法が完全になくなってから、コーディもふわりと土魔法を消滅させた。


「引いていただいてありがとうございます。僕も、さすがに地下で大暴れするのは遠慮したかったもので」

にこにこと言えば、ソファの男性は呆れたようにため息をついた。

「はぁぁあ。どうせ、そうなっても自分は助かる算段を立てているんだろう?」

「まぁ、それは当然ですが。情報を集めてくれるところをまた探すのは手間がかかりますし」


「とにかく、10日後だ。ご注文のモノをきっちり用意しておこう」

「ありがとうございます。あぁ、多分そのうち情報として上がってくると思うのですが」

もう終わりだ、という空気をコーディはぶった切った。

「……なんだ?」


「僕は全属性です。だから護衛を用意するのであれば、5属性すべてに対応できるようにした方がいいでしょう。魔力量は、貴族の中でも多いくらいの方をおすすめします」


コーディが一息で言い切ると、男性は両手を上げてソファに背を預けた。

「あぁ、もうわかった。あんたに敵対する利が全くない。ここの店が潰されてはたまらない。ギルドも一枚岩ではないから保証はできないが、この闇ギルド、『新月の裏』の長としてコーディ・タルコットとの敵対関係は回避することを約束する。利用することで手出ししないというなら、こちらとしては上客に尻尾を振るさ」


「そうしていただけると助かります。僕としても、ケチるつもりはありませんから」

しかし、新月の裏側なら満月ではないか。

なんとも面白い集団だ。


思い通りにことが運んで笑顔のコーディに、闇ギルド長は苦虫を噛み潰したような顔を隠そうともしなかった。




◇◆◇◆◇◆




そこからの10日は、特筆すべきことは何もなかった。


相変わらず進級休暇は続いているし、予習復習以外の時間は、ただただ王都の外へ出て魔獣の素材を金に変える日課をこなしていた。

おかげで、学生であれば一年過ごすのに安心なくらい稼げたし、神仙武術の実践確認と魔法の訓練にもなった。


街中で暴漢に襲われるようなことはなかったが、何度も視線を感じた。

多分、闇ギルドか貴族関連のあたりから依頼された見張りだろう。何もされなかったので、コーディも何もしなかった。




約束の10日目。


コーディは、またあの雑貨店に来た。

ただし、今回は裏口から入る。

前回確認を取ったので、表の店舗に入らずに闇ギルドのある地下へ直接行くのだ。


「お邪魔します」

螺旋階段の部屋のドアを開けながらそう言い、トントンと階段を下りる。

下の方からは、前回よりも多めの魔力の気配がした。

どうやら、何人か待機しているらしい。


コンコンコン、とノックすると、中からドアが開かれた。


「時間通りだな」

中に入ると、闇ギルド長のほかに3人ほどの人がいた。

前回いた執事っぽい人、メイドっぼい人、それから庶民にしては小綺麗な格好の男性だ。


「それじゃあ、早速報告しようか」

コーディが促されてソファに腰掛けると、闇ギルド長の後ろに3人が並んだ。

闇ギルド長の言葉の後、まずは小綺麗な格好の男性が書類らしいものを手に前へ出て、コーディの前に置いた。

2センチくらいの厚みなので、質のよくない紙とはいえなかなかの量である。


小綺麗な男性は、とある大物商人の元で働いて情報集めをしているらしい。

その関係で、ナッシュ公爵家の事業に関しても元々噂を掴んでいたようだ。


「まぁ、よくある殿様商売の典型的な失敗例ですね。先代の頃に石炭の出る山を見つけて、平民をただ同然で働かせようとして逃げられ、それからは親戚に事業をやらせて利益だけを受け取っています。今の当主がその利益を元手にあちこちへ投資しているようですが、見る目がないんでしょうね。元本割れが多くて焦げ付いていて、補填として借金を重ねています。鉱山を担保にしていますが、複数の業者への担保にしているので、これは確実に違法です」

商人の男は、楽しそうに説明してくれた。


細かい違法はたくさんあるが、大きなものは2つ。


「違法薬物の栽培と密輸ですか」

「ええ。薬物の方は、我が国も含めて近隣の国すべてで禁じられている麻薬です。これはそろそろ隣の国が本格的に調べだしてます。下手をすると戦争になりかねません」

「なるほど。密輸の方も、石炭の産出量をごまかして行っているわけですね」


うんうん、とコーディがうなずくと、闇ギルド長は呆れながら口を開いた。

「おいおい、公爵家を脅すつもりか?」

「知りたいですか?」

質問に質問で返すと、闇ギルド長は半目になって首を振った。


「やめておく。下手に首を突っ込んで出られなくなっても困る」

「ビジネスライクな関係って大事ですよね」

にこにこと答えるコーディに、次はメイド風の女性が話しかけてきた。


「見てお分かりの通り、私はメイドとしてナッシュ公爵家に入っています」

す、と頭を下げる所作も綺麗で、なるほど貴族に仕えるメイドはレベルが違うと思わされた。

「事業以外に、内情で何かありますか?」

「えぇ。きっとお役に立てられる情報かと」


彼女の話をまとめると、どうやらアーリンには弟がいるらしい。それ自体は知られた話だそうだ。

病弱なため外に出られないとしているが、実際には魔力が下位貴族並しかないという理由で軟禁されているだけだという。聞いた感じだと、元のコーディほどの虐待は受けていないが、必要最低限のものだけを与えてあとは放置しているようだ。


「腐っている上にクズだったか」

吐き捨てるようにコーディが言うと、メイドは大きくうなずいて同意した。

「旦那様の愛人は今は2人です。奥様の愛人は常に1人ですね。アーリン様の前では取り繕われているため、多分お気づきではありません。弟のグレン様は聡い方なので、色々とお気づきです」


どうやら弟の方は、元のコーディと同じく本を読んで過ごしているらしい。家でできる娯楽といったら、だいたい似たようなものになるのだろう。

元のコーディと似た環境にいる子どもと聞けば、どうしても同情してしまう。


「グレン様は、被害者です」

「うん、そうだろうね。まぁでも、公爵家をどうするか、処断を下すのは王家にしてもらうよ。僕はただの冒険者なのでね。火の粉を払う以上のことは責任者にお願いする」


コーディが私刑を実行することはないと言うのを聞いて、メイドはホッとした表情を見せたが、闇ギルド長は目をつぶって首を横に振っていた。

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