20 魔法少年はおねがいを押しつける
―― 昨日も思ったが、何も知らなければ本当に普通の雑貨店じゃのぅ。
コーディは、闇ギルドの窓口と思しき男性用の雑貨店を、道の向こう側から眺めていた。
どうにか情報を得たいので動くべきなのだが、さてどう動けば闇ギルドと接触できるのか。
―― 後ろ暗い依頼しか受けないのか、金銭で何でも引き受けるのか、それによってこちらの頼みも変えねばのぅ。
前日に決めていたとおり、とりあえず店を訪れてみることにした。
青をベースにレイアウトし、清潔に整えられた店舗内には、そうなるときを狙ったのでほかに客がいなかった。
コーディがドアを開くと、カラン、と少し低めの鐘の音がした。
「いらっしゃいませ」
感じの良い店員が、気づいてすぐにコーディに声をかけた。昨日もいた、魔力操作がそれなりにできている店員の片割れである。
軽く店内を見回すと、奥の方に魔力の流れが不自然な場所があった。
多分だが、奥の方が闇ギルド関連の場所だと思われる。
しかし、真正面から『闇ギルドに用がある』と伝えても向こうも困るだろう。
何か合い言葉のようなものがあるのかもしれないが、コーディが知るはずもない。
遠回しに聞いて探ってみよう、と商品から顔をあげると、すぐに店員が気づいて音もなく寄ってきた。
足さばきもなかなかのものである。
他の客がいない今なら、多少変則的でも聞いてもらえるかもしれない。
「何かお探しですか?」
「はい。お願いがあって来たのですが、こちらで合っているか確証がなくて。奥の方で別途お願いする方のことなんです」
コーディの言葉を聞いて、店員はにこりとしたまま一瞬だけ表情を固めた。
常人なら気づかないだろう。一応、通じはしたらしい。
「奥向きのご用でしたか。どなたかの紹介ですか?」
確認として、店員は質問してきた。とりあえず取り次いでもらえるところまではきたようだ。
頬を緩めたコーディとにこやかな店員は、外から見ると普通に楽しく会話しているように見えるだろう。
「いいえ。ただ、こちらだと当たりをつけたもので」
そのあたりはごまかす必要を感じない。正直に言えば、逆に店員は誤魔化されたと思ったようだった。
「さようでございますか」
「あ、コーディ・タルコットからのちょっとしたおねがいだとお伝えいただければ、きっとお分かりいただけると思います」
「かしこまりました。少しお待ちください」
殴り込みに来たわけではないが、昨日のターゲットが来たのだからまぁ警戒はされるだろう。
依頼がどういったものかは未確定だが、コーディがこうして無事でいる時点で多分失敗しているはずだ。ここからの闇ギルドの対応次第で、コーディがどう動くかを決める。
なかなか趣味の良い手作りらしいペン軸を見ていると、ほどなくして店員が戻ってきた。
きっちりと笑顔だが、少し顔色が悪い。
「奥向きの責任者がぜひいらして欲しいと。どうぞ、こちらです」
先程から、少し魔力の揺れが大きくなっている奥の方へと案内された。
店の奥にあるドアを通り抜け、ランプに照らされた廊下を進むと、裏口らしいドアが見えた。
その少し手前の右側にもドアがあり、店員はそちらを開いた。
魔力の揺れの一部は、このドアが原因のようだ。
―― ドア自体に、何か魔法陣が組み込まれているのぅ。
魔法陣自体は小さくシンプルだったので、ちらっと見ただけで概要がわかった。ドアを開けたか閉まったかといった簡単な情報を所有者に知らせるもののようだ。
魔法陣をドアベルにするとは、なかなか贅沢である。
しかし、音や重さはないので便利ではあるだろう。
ドアの向こうは狭い物置程度のスペースで、すぐに螺旋階段が下に伸びていた。
店員が先導するのについて行くと、多分2階分くらい降りたところで階段が終わった。
そこからは、店のある方向に短い廊下があり、すぐに両開きのドアがあった。
店員がドアの方へ歩くと同時に、内側からドアが開けられた。
「いらっしゃいませ、タルコット様」
腰を曲げる礼をしていたのは、執事のようなスーツを来て白い手袋を着けた男性だ。
執事っぽくないのは、その体がガチガチに鍛えられたものだからだろう。
「お世話になります」
遠慮なくコーディが入れば、店員はそこから戻っていき、ドアがコーディの後ろで閉められた。
目の前には、茶色の髪を短めに刈り込み、清潔な服を着てにこやかに座った男性がいた。
年の頃は50前後だろうか。髪は綺麗な茶色に染めてあるようだが、首元や手に年齢が出ている。
勧められたので、コーディは向かい側のソファに腰を下ろした。
すぐに、目の前に温かそうな紅茶が出された。
「それで、お願いとは?」
「買いたいものがあるんです」
「ご用意できるものであれば、相応の金額で提供しますよ」
にこにこと答える男性に対して、コーディも緩く微笑んで伝えた。
「多分難しくはないでしょう。ナッシュ公爵家の事業の実情調査と、不正の証拠を集めてほしいんです。それから、対立している派閥の概要も」
「ほう、それはそれは。いやしかし、貴族派筆頭の家ともなると、忍び込むのはなかなか難しいですよ?」
「いえ、私が思うに、すでに半分以上はその情報をお持ちでしょうから、労力はそこまで必要ないはずです。不正の証拠品が一番めんどくさいんじゃないでしょうかね。それでも、難しくはないでしょう。ナッシュ公爵家では、使用人は便利な道具扱いですから」
さらりと言えば、男性は興味深いものを見たかのように目を細めた。
「確かに、急げば3日ほどで証拠品を持ってこられるでしょう。ですが、慎重にことを運ぶのであれば7日はほしいですね」
「それなら、10日でいいですよ。その頃にもう一度来ます」
「料金は半額を先払い、成功した場合もう半分を受け取る形になっております」
「わかりました。全部でいかほどですか?」
「金貨で40枚」
男性は笑顔を崩すことなく言った。
金貨1枚で、庶民の日給くらいだ。なかなかの金額である。
コーディは、懐から財布代わりの巾着を取り出し、そこから金貨を20枚取り出した。
グラスタイガーで荒稼ぎしたお金だ。
金貨をぽんと出したコーディに目を瞬かせた男性は、しかしすぐに冷静になった。
「タルコット男爵家には色々と余裕がなかったと聞き及んでいますが」
「あぁ、実家は火の車でしょうね。今は関与していないので詳しくは知りませんが。僕は、学園のダンジョンに通い詰めていますので」
「なるほど」
「グラスタイガーはこの二ヶ月で100体くらいしか倒していませんが、さすがに飽きました」
その数字を聞いて、男性は固まったが後ろの執事らしい人の気配が動いた。
グラスタイガーの素材は、毛皮と牙・爪などを合わせて平均で半金貨くらいになる。半金貨は、名前の通り金貨の半額の価値となっている。
つまり、概算で金貨50枚は持っていると伝えたわけだ。
ついでに、グラスタイガー程度なら軽いものであるとも言っている。
「もう少し骨のある相手が良いので、冒険者ギルドにも登録してきたんですよ」
「ほう、冒険者ギルドに」
貴族が冒険者になったと聞いても、目の前の男性は面白そうにうなずくだけだった。
「貴族としての成人はまだなので、僕には冒険者の法が適用されます」
ひくり、と男性が反応した。
冒険者ギルドに所属する者には、滞在している国の法律よりもギルドの法律が優先されるのだ。
殺人はだめ、窃盗はだめ、詐欺はだめなど、大まかには国の法律と変わらないことが多い。
しかし、細かい部分が違うのだ。
たとえば、貴族への不敬罪が適用されない。
たとえば、窃盗や詐欺の被害にあった場合、個人で成敗していい(大概は暴力による)。
たとえば、盗賊や犯罪者は魔獣と同じ扱いで討伐していい。
ぐぅ、っと空気が重くなった。
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