19 魔法少年はおねがいする

この国には、商会ギルドと冒険者ギルド、傭兵ギルドが招致されている。いずれも、国に所属しない国際的な機関だ。

招致している、という言葉通り、どちらかというとギルドの方が力が強い。ギルドに利がない、害があると判断されると、その国から出てしまうことがあるのだ。

ギルドが入らない国は、独立国として成り立っていないとみなされてしまう。


ある意味で、国の指標のようなものでもあるらしい。



商会ギルドは貴族が所属することもあるが、冒険者ギルドの方はます貴族が関わることのないギルドである。

護衛であれば傭兵ギルドに依頼するし、素材が欲しければ繋がりのある商会に注文するか、商会ギルドに頼む。


冒険者ギルドの仕事は、町中の雑用もあるが、メインは魔獣の素材集めだ。

極稀に貴族が冒険者ギルドに依頼するのは、魔獣のスタンピードが発生したときくらいだろう。

それも、10年に一度あるかないかだし、予兆のあるうちに国の騎士団に依頼して芽を摘むのが通常の対策となる。


つまり、よっぽどのことがなければ、冒険者ギルドに貴族が来ることはないのだ。




最初は、コーディが着ているものが中古の服だし、普通に平民の子どもかと思われていたようだった。

成人前後で冒険者ギルドに入る子どもが多いようなので、特に目立つわけでもなかった。


ギルド内の壁には、このあたりで狩れる魔獣の一覧と、その特徴や素材が掲載されており、買取価格も当然載っていた。

ラノベのような依頼書はないらしい。常時魔獣を仕留めたら買い取ってくれるシステムのようだ。


窓口でいちいち値段を聞くのは面倒だと思っていたので助かった。


学園にあるダンジョンは、基本的には生徒だけが入るところだ。

しかし、たまに調整のため国から人が派遣されることがある。

常に討伐を繰り返していないと、魔獣が増えすぎて溢れ出すスタンピードが起こることがあるため、テスト期間中や長期休暇など、生徒がダンジョンに入らない時期にだけ依頼しているらしい。


グラスタイガーの毛皮や牙などの買取価格も掲載されていたが、学園での買取とそう変わらなかった。


その他の魔獣を見てみると、どうやらグラスタイガーは初心者の卒業試験代わりになるくらいのレベルと位置づけられているらしかった。

つまり、もっと強い魔獣が外にはいるということだ。


コーディは、一つうなずいて窓口へ向かった。




「はい、冒険者登録ですね。こちらへ名前をお願いいたします。この後、簡単な試験があります」

窓口の妙齢のお姉さんはにこやかに言った。

名前だけを書いた書類を返すと、お姉さんは軽く確認して目を見張った。


「え、あ、えっと」

「何か間違いましたか?」

記入間違いなどではないだろうが、書類を見ておろおろしているので、コーディは不思議に思って質問した。


「いえ、間違いはありません。ただその、学園生の方が登録されるのは初めてのことですので」

つまり、貴族が登録することはほぼないらしい。

「そうなんですか?」

「えぇ。本格的に魔獣を討伐する仕事ですから」

困ったように眉を下げるお姉さんに、コーディはうなずいて同意した。


「でしょうね。ただ、僕は学園のダンジョンでは訓練にならなくなってきたので」

「……なるほど、魔法の訓練も兼ねて、外の魔獣狩りをしたいというころですね」

「はい。あとは親の支援が見込めないので、きちんと稼ぎたいという希望もあります」

「あぁ、そういう……」


お金がない貴族は、少ないながらいる。

ただ、稼ぐにしてももっと危険のないほかの方法を選ぶはずだ。学園生の間はダンジョンでお小遣い稼ぎをするにとどめ、卒業してから本格的に働くことが多い。


しかし、コーディはお金もそうだがとにかく骨のある魔獣を相手にしたい。


「お願いできますか?」

「……わかりました。特に身分による規定はありませんので、こちらのルールブックを読んで理解してくださいね。読んでいないから知らない、は通りません。試験はあちらの練習場で行います」

「はい」

例外とはいえ受け入れないという規則もないらしく、お姉さんは色々と飲み込んで案内してくれた。


ついて行くと、学園の魔法練習場よりも2まわりほど狭い場所だった。客席もない。

しかし、壁が3重になっていたり、窓が上部にしかなかったりと、魔法練習場とは比べ物にならないくらい頑丈そうに見えた。


「少し待ってください。試験官が来ますので」

「はい」


どうやら、随時試験をするスタイルらしい。

多分、そんなにしょっちゅう誰かが登録に来ることはないのだろう。実のところ、それなりに稼げるものの命の危険が明確にある職業なのだ。

わざわざ冒険者を選ぶ人は多くない。


実力があるなら、傭兵の方が危険が減るし、生活も安定する。

それでも、一攫千金を狙える職業でもあるので、一定層からの憧れと支持がずっとある。

コーディが傭兵を選ばなかったのは、ひとえに貴族の子息という事実があるからだ。傭兵は貴族の護衛を行うことが多いので、身バレすると色々とめんどくさい。



試験は、武器と魔法を使った簡単なデモンストレーションだった。

木で作られた的があり、魔法や武器で攻撃して見せるだけ。一定以上の距離から魔法を当てられれば合格、武器で的を壊せれば合格、というものだ。

特に誰かと対戦するといったものではなかったので、コーディは少し拍子抜けした。


そもそも、王都のすぐ外側ではせいぜいがスライムくらいしか出ないらしく、まずはそこから練習していくらしい。

当然のように、コーディは軽く攻撃して的を破壊してみせた。


「コーディ、と呼ぶぞ。ギルドでは身分はないからな。コーディならまず問題ないだろう。グラスタイガーを余裕で狩れるなら、大河を超えた先の森でもいけると思う。まぁ、自分で行ってみて見極めるのが一番早いな」

「わかりました」

「じゃあ、これで試験は終わりだ!ようこそ、冒険者ギルドへ!!」

にか、と笑った試験官は元冒険者のギルド職員だった。




冒険者ギルドには、特にランクなどはない。

ただし、どの魔獣をどれだけ狩ったかというデータはそれぞれの情報として残しているそうだ。

データは同じ街の中でのみ共有されており、ギルド員であることを証明するものは受け取ったギルド証だけ。


鋼が読んだことのあるファンタジー小説のように、不思議な情報共有システムは存在しないらしい。


ギルド証には、ドッグタグのように名前が刻まれている。

だから、なくしたら作り直す。


別の街へ移動するときには、利用していたギルドで討伐記録を出してもらい、次のギルドに持って行き、そこでまた追記していくという。

討伐記録をなくしてしまうと、これまた一から作り直し。


色々とアナログだ。



鎖に通されたギルド証を首に通し、コーディはそれを服の下へ入れた。


これで下準備OKである。



ここまでは、今日の予定の半分だ。

次の半分は、少しばかり気合を入れないといけない。


コーディは、もう一つのギルドで別の『おねがい』をするために歩き出した。

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