17 魔法少年は街の端で暴れる

コーディが狙いなら、街を歩くだけでついてくるだろう。


そう考え、まずは誰を狙っているのか探ることにした。

元々、本を探すため本屋に行くつもりだったので、立ち上がってふらふらと本屋を目指した。


魔法本を扱っている本屋は2階建てになっており、1階には魔法関連の本が所狭しと並んでいて、2階の半分ほどでは魔法の専門書を扱っている。

今回コーディがほしかったのは学園で使われる教科書の中古本だ。


新品でも良いのだが、3年で取る授業に関して、基礎を教科書で学んでしまえば応用などもっと先へ行けると考えた。

特に魔法の勉強に関しては、元のコーディが読んでいない本も多かったので、そのあたりを補完できるのが学園の教科書というわけだ。

また、興味があったので魔法陣の本も探したいと考えていた。



本屋に入り、さらっと1階を覗いてから2階へ上がる。

教科書の中古本や学園で使われる専門書は、2階の専用スペースにまとめられていた。

どうやら学園の生徒用コーナーになっているらしい。


ちょうど窓が近かったので、コーディは本を探しながら視界の外で窓を眺めた。

はたして、本屋の斜め前の路地には、先程の黒っぽい服の男性と仲間らしい男性が何をするでもなく立っていた。


―― なるほど、ターゲットはわしか。


王都の地図を思い出し、コーディは計画を立てた。




本屋で必要な本を買い、次に王都の横を流れる大河に流れ込む支流をまたいで向こう側に渡り、メイン通りよりももう少し安い中古服店で服を揃えた。一般市民向けの酒場もこちら側にある。

貴族街は、王城を挟んで街の反対側だ。きっちり住み分けされている。


丘の一番上に王城が建てられており、その周りに街が広がっているのだ。そして裾のあたりに沿って大河が流れている。

貴族街の方には川はないが、市民街の方には一本細めの支流があり、近くを流れる大河と合流する。もともとは支流の手前までが王都だったそうだが、人口が増えて支流の向こうまで広がったらしい。


そして、王城に近いほうが立地が良いため、どちらかというと高級な店が並ぶ。支流の向こう側は、ほぼ貴族が来ない場所となる。

貴族街と市民街の間、王城から見て大河の方には魔法学園がある。


支流が大河に流れ込むあたりには、大きな街にはつきもののスラムが存在していた。

合流地点にスラムができた理由は単純で、洪水の危険があるために普通の市民が住まないためだ。


そして、スラムの近くを通る道沿いに、支流を渡る橋がかけられていた。そこ以外に、支流を渡る王都内の橋は3本ほどある。

中古の服屋から学園に帰るには、スラム側を通ったほうが近道になる。

スラムと言うが、建物がたくさん並んでいるわけではない。

むしろ、廃材や布でツギハギにしたような、家とも言えない建物らしきものがポツポツ存在するだけだ。


街とは明確に違う雰囲気のため、普通の人はそちら側は通らない。

もっと街の中央寄りの橋を通ることが多い。


しかし、肝試し風に学園の生徒が通ることがあったし、どうしても急ぐ場合は、危険を理解した上でその橋を使うこともあるようだった。




「おっと、お前さんはこちらに来てもらおうか」


コーディがスラムに近い橋を渡りきったところで、先程の黒い服の男が道を塞ぐようにして立っていた。

その後ろには、4人ほどの身なりの良くない男たちがニヤニヤした表情を隠しもせず並んでいた。

本屋で見た、黒い服の男と話していた小さな男は見当たらなかったので、伝令役か何かだったのかもしれない。


巻き込まれそうな人がいないことを確認して、コーディは彼らについて行った。



「随分大人しくついてきたもんだなぁ。まあいい。とりあえず、金を出してもらおうか」

黒い服の男と仲間たちは、コーディを取り囲むようにして開けた場所で立ち止まった。

コーディは、呆れたようにため息をついた。


「学園の生徒は、自分の身を守るためであれば魔法の行使が多少過剰になっても問題ない、という法律はご存知ですよね」

「はっ!!魔法を使えるのがお貴族様だけだとは思わないことだな!」

男たちが身構えたので、コーディも神仙武術の基本姿勢をとった。


この中で、一番実力がありそうなのは黒い服の男だ。

しかし、魔力が多いのはコーディの後ろにいるひょろ細い男だった。

そのほかにいる3人も、多少は魔法を使えそうな感じだ。


―― こういう不良共は全員一発でのしてやるのが一番早いんじゃが、情報がほしいからのぅ。


多分、どこかから差し向けられた暴力団的な組織の奴らなのだろう。しかし鋼の記憶があるせいで、コーディには目の前の彼らが突っ張った不良にしか見えなかった。


「うらぁ!!」

コーディの斜め後ろにいた男が棍棒を振りかざして踏み込んできたのをきっかけに、それぞれが思い思いに攻撃をしかけてきた。

まさに袋叩きの図である。


「おりゃあっ!」

「ふんっ!!」

「ぐらぁあ!」

ばん!どん!がん!ごぉん!


それぞれの武器が何かに当たり、大きな音を立てた。


しかし、それは人に当たった音とは全く違っていた。

男たちは怪訝そうな顔になり、一瞬にして判断して身を引いた。どうやら、ただの暴漢ではないようだ。


「くっそ?!」

「な、なんだこいつ!!!」

コーディは、土魔法で作り出したトンファーに似た武器を両手に持っていた。

先程の攻撃は、この武器で普通に受けたのである。


土魔法はなかなか進化しており、作り出した武器の素材は強化ステンレスだ。

ちっとやそっとでは変形すらしない。


近接は不利と見て取った男たちは、それぞれに魔法を発動させた。

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、木魔法。

バラバラの魔法なので、もしかするとバランス良く揃えたチームなのかもしれない。


それを見たコーディは、口の端を釣り上げて魔法を発動した。


「っ?!?!?!」

「ぅぁ?!」

「は??」


火魔法には水魔法。

水魔法には風魔法。

土魔法には木魔法。

風魔法には土魔法。

木魔法には火魔法。


色々と実験した結果、この世界における五行の関係はこの通りになっていた。

もちろん、威力も重要なので、小さな火であれば大きな水が勝つ。

しかし、同程度であれば上の関係が成り立つのだ。

ご丁寧に、コーディはそれぞれの魔力量に合わせた魔法を準備した。


「全属性っ……!!」


誰かがこぼした言葉を合図に、コーディは魔法を行使した。



「嘘だぁっ!!」

「ぎぃやああああ!」

「熱い!熱いぃ!!」

「やめろぉ!」

「ぐおぉぉおっ?!」


コーディを取り囲んでいた男たちは、一斉に吹き飛んで体を打ち付け、気を失った。結構衝撃があったようなので、骨の一本くらいは折れているかもしれない。



ふぅ、と息を吐いて力を抜いたコーディは、もう一つ風魔法を発動し、今度は待機することなく即実行した。


「ぅわああ?!」


少し離れたボロ屋の影から、1人の男が転がり出てきた。

ぼとり、と手から落ちたのは何かの機械だ。


転けた男と、気絶した男たちを木魔法でまとめて縛り上げ、コーディは機械を手に取った。



「さてと。誰に依頼されたのか聞こうかな?」

じゃり、と靴を鳴らして目の前に経ったコーディを見上げて、ただ1人意識を保っている小さな男は脂汗を垂らした。


―― こいつ、ただの子どもじゃねぇ。


かといって、全部を話すのは自分の身が危険である。

男は、考えながら口を開いた。


「言えないことは、言えない」

「なるほど、なるほど。組織のルールか」

「そうだ」

「依頼者のことは?」

「……」

「まぁいいか。組織的なところに依頼できるってことは確定したも同然だ」

「違うかもしれないぞ?」


小さな男は、撹乱を試みてそう言った。

「ナッシュ公爵家が、公明正大だったってことはちゃんと調べたんじゃよ」

コーディは、突然そんな話をしだした。

「はぁ……?」


「それに、そういうところに依頼するときに、ちゃんとした名前を出すわけがないじゃろ?契約したごく一部の上層部だけが情報を握って、実行者には嘘を教えるのが定石。下手に末端に教えて、そいつらが勝手に情報を使って依頼者を脅したりしたら、組織としての信頼度がガタ落ちじゃからの。、お前たちが知らされているわけがない」

うんうん、と冷静にうなずくコーディを見て、小さな男は顔色を失った。


コーディは、彼らに答えを求めていないのだ。

しかも、先程の魔法も体術も、想定外だった。まさかあの黒の男が負けるとは思ってもいなかったのだ。


本気で命が危ないと感じた小さな男は、本能的にカタカタと震えた。


「何ていうんじゃ?こういう組織。暗殺部隊?闇組織?裏ギルドか?それを教えてくれれば、警邏隊に引き渡すだけにしてやるぞ」

奥底の見えない瞳でそう言われ、小さな男は思わずじょろりと小便を漏らした。


「や、闇ギルド、だ」

「固有名詞はないのか?」

「向こうから、依頼、くる、だけ、おれ、知らないぃ」

「ほうか。なら、おやすみ」

「ひぐぅっ」


小さな男の意識がが暗転する前に見たものは、まるで愛情深い祖父のような表情の少年だった。

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