16 魔法少年と進級休暇

結論から言えば、試合はコーディが勝った。


試合運びを簡単にまとめると、水魔法を使うらしいオリオーダンに合わせて、風魔法と火魔法を使った。

オリオーダンが出した滝のような水の壁を、風で煽った高温の大きな火で蒸発させ、軽めの蹴りをみぞおちにお見舞いして舞台の外へ吹き飛ばして終わった。


試合時間、おおよそ3分であった。



ざわめく観客席の中に、見覚えのある金髪たちがいた。アーリンとその取り巻きだ。

面白くなさそうに口元を歪めていたが、どちらかというとコーディよりもオリオーダンの方に不快感を示しているようだった。

周りの生徒たちが好き好きに喋っている中、アーリンたちはさっさと席を立った。


―― わざわざ、わしの試合を見に来た、とな?


コーディは、一瞬目を眇めてアーリンたちの後ろ姿を見たが、すぐに目を逸らした。

ただの見物のつもりだったかもしれないし、疑いの種という程度のものだ。


試合の終了宣言を聞いて、コーディは舞台を降りた。

これで、一応この魔法を含めた実力が今のコーディの力だと学園にも伝わっただろう。




試合の後、コーディは緊張感を持って過ごしていたが、周りに特に動きはなかった。


魔法が使えるようになったこと、複数同時発動すること、そして複数属性を使えることについては、一応古い文献で説明がつくので『遅咲きの天才だ』ということになった。

魔力の器が大きくなったらしいことについては、実際に大きさを比較できるものが何かあるわけではないので、朝走ったり運動したり魔法を練習したりといった修行によって、効果が出たのだろうということになった。


そもそも、魔力の器の大きさも、魔法をどの程度使えるのかも、個人差があるからふんわりとしか理解されていない。

はっきり数値化されていたら、コーディが別人に入れ変わったとわかったかもしれない。

そう考えて、コーディは少しだけほっとした。




◇◆◇◆◇◆




体術が道士としての及第点、魔法の扱いもある程度思い通りになってきたと感じた頃、2学年が終了した。

卒業式には在校生として出席したが、こうの記憶にある卒業式とは少し違っていた。


式自体は広いホールで行われるのだが、思い思いの場所に立ったまま式を迎え、壇上で話すのは国王だけ。その挨拶が終われば、それぞれにホール内で様々な魔法を披露する。

魔法が得意でないものも、なんとか工夫して一つは魔法を見せるのだ。

もちろん、会場を破壊するような魔法ではない。


技術を駆使して、実力を見せるのである。


後輩たちは、その魔法を見て学ぶ。

知り合いがいれば話しかけに行くこともあるし、最後に披露された技術を学ぶため教えを乞うこともある。

そうして自由に過ごして、夜には卒業生たちを集めたパーティがあるらしい。


このパーティには在校生は招待されない。卒業式後ということで、あくまで大人として扱われる初の社交界、つまり全員のデビュタントを兼ねたパーティになるそうだ。

貴族籍から離れるとしても、一度はそこでデビュタントを飾るのが通例らしい。


来年にはそのパーティに参加しなくてはならないと知り、コーディは思わずため息をついた。


そのほかに、卒業の証として、学園のエンブレムをかたどったピンブローチが贈られる。社交界に出るときには、全員がどこかしらにこのピンブローチをあしらうらしい。

ピカピカのピンブローチは、新しく貴族社会に仲間入りした証となるのだろう。




学年の切り替わりには一ヶ月ほどの進級休暇があり、ほとんどの生徒は実家に戻る。

しかし、当然コーディは帰るつもりも帰るための元手もないため、学園に残ることにしていた。


きちんと勉強していたので次年度も無事に奨学生になることが決まったコーディには、制服や文房具などの支給のほかに、学年ごとに支度金が準備されていた。教科書やローブといった支給されるもの以外を揃えられるほか、余剰として自由に使えるお金が渡される。

去年までは、両親に言われたままに必要最低限のものを買った残りをすべて実家に送っていたようだ。


実のところ、ダンジョンで稼げているので去年と同じように送っても問題はない。

しかし、普通に街に出て送金するなど、コーディとしてはとてもできなかった。



支給額の書かれた紙を持って、学園内に開設されている銀行窓口へ行った。

元のコーディは、恥ずかしいという思いがあってわざわざ王都の端にある支店まで行っていたようだ。


コーディはまず、支度金の8割程度のお金を窓口で引き出した。

そして記載した振り込みの申請書と、そのお金をそのまま提出した。

「すみません、次はこの手続きをお願いします」


「かしこまりました。……こちら、カイル・タルコット様の口座に移す形でよろしいですね?」

「はい、父の口座にお願いします」

「一応確認ですが、こちらは奨学生向けの支度金のほとんどでは?」


窓口担当の男性は、淡々と質問した。

「必要なものは手元にある金額で間に合いますし、去年も一昨年も大丈夫でした。最近はダンジョンに潜っているので余裕もあります。必要な分以上は父に振り込むよう言われているんです。将来の貯金にするからと」

男性はうなずき、奥の上司らしい壮年の男性に目配せした。


「わかりました。では、振り込み処理を行いますね」

「お願いします」

壮年の男性は、席を立ってどこかへ行った。


疑惑の種はしっかり植えられた。


実は、『奨学金は生徒が使うもの』ときちんと定義されているのだ。

もちろん、本人が貯金するのであればそれでもかまわない。

しかし、親や親戚が取り上げるという過去の事件があってから、きちんと学園の、ひいては国の規定になっているのだ。

違反すると、注意を受けるか、ひどければ罰則を与えられることもある。


しかし、本当に貯金しているのか、親が使い込んでいるのかは判断が難しい。


どちらにしろ、調査すればわかってくるだろう。

タルコット家については、元のコーディに与えられた虐待や暴力分をきっちり法的に返すつもりでいる。

そのための第一歩だ。




◇◆◇◆◇◆




ダンジョンで稼いだお金の一部を持って、コーディは王都の商店が並ぶ通りへ出てきた。

ほかのクラスメイトなどは週末など休みごとに遊びに出ているようだったが、コーディは初めてだ。


王都のメイン通りから続くところだけあって、非常に賑やかで人も多い。

食事のできる店もあれば、テイクアウトの出店、アクセサリーを売る高級店、中古服を扱う店、オーダーメイドの高級ドレス店、魔法書店、杖の専門店など、かなり乱雑に店舗が並んでいる。


ときたま騎士のような制服を着込んだ男性たちが見回りながら歩いている。

治安はそれなりに良さそうだ。


コーディは、出店の中でも一際いい匂いをさせていた店で、焼いた肉にタレを絡めて丸くて平べったいパンで挟んだものを買った。美味しそうだったので、隣の店のボール状のドーナツも買う。

飲み物も近くの店で買い、広場のようになった場所のベンチでひと休憩取った。



通りを歩く人の中には、学園の生徒と思しき少年たちもいたし、いつもの生活の中で買い物に来ているらしい市民もいた。一張羅を探しに来たようでドレス店を覗く若い女性もいれば、そんな女性に声をかけようとしている若者もいた。


腹がくちくなり、ぼんやりと人並みを眺めていたコーディは、ふと大通りから入る路地が気になった。


先程から、どうも視線の鋭い男性がじっと立っているのだ。

日陰にいるし、路地も暗いうえに黒っぽい服を着ているので目立たないが、ぼんやりと全体を見たときにあまりにも動かないから逆に目立っている。


もちろん、コーディも座って休憩しているし、長々と立ち話しているものも、ゆっくり座ってタバコをくゆらせているものもいる。

けれど、人を待つにしても裏路地へ続きそうな場所で待つのはおかしいし、待っている人を探す素振りもない。飲食はせず座ってもいないから休憩の線は低い。浮浪者と言うには身なりがそこまでくたびれたものではない。

しかも、その鋭い視線がときどきコーディをかすめるのだ。

そしてたまに身じろぎする様子からは、そこそこの手練であることが見て取れる。


コーディには、『怪しいものです』と看板を掲げているように見えてしまう。


狙いが自分であれ別人であれ、気づいてしまったからには放置できない。

面倒なことになったな、と思いつつ、コーディは彼をどこか別の場所へ連れ出す方法を考えた。

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