15 魔法少年は教師に喧嘩を売られる
寝不足にならない程度に早く起き、まずはしっかりストレッチしてから10キロほど走り、神仙武術の型をなぞりながら徐々にスピードをあげて技を磨く。
まだ成長途中の体なのだが、
その後、20分ほど瞑想を行う。
運動して体中を血がめぐり、武術で精神統一した後というのはなかなか良いタイミングだ。
寝る前でも良いのだが、鋼も朝の運動の後に瞑想していたため、その習慣をなぞっている形である。
慣れているからこそ、馴染みやすい。
瞑想をはじめて数日だが、体の奥からつながる何かをほんのりと知覚し始めた。
ここで焦ると見失うことが予想される。
―― 年寄りはどうも気が急いていかんのぅ。
もっと奥まで覗き込みに行きたいが、無理をすれば魔力のつながりを見失いそうなのだ。
こういうカンは、大切にしたほうが良い。
コーディは瞑想を解き、シャワーを浴びに行くことにした。
シャワーの後は、寮の食堂で朝食だ。
ビュッフェ形式なので、好きなだけ取れる。野菜とタンパク質、炭水化物をバランス良く。気持ちタンパク質が多めなのは、美味しいのもあるが体作りのためでもある。
今朝は誰も友人が見当たらなかったので、コーディは窓際の席を一人で陣取った。
朝食後は授業のために移動。
カリキュラムは元のコーディが選択したものだが、移動に無理がないし、一日に多くて4授業程度である。こちらの歴史や社会的なことを学べるので興味深い。
休憩時間がゆったりと取られているのは、生徒が貴族だからだろうか。
放課後は、図書館に行ったりダンジョンに行ったり魔法の勉強をしたりと色々だ。
コーディは、学生生活を満喫していた。
◇◆◇◆◇◆
「タルコット!言い逃れは許さんぞ」
そんな学生生活に水を差したのは、魔法歴史科の教師であるオリオーダンだった。
一日の授業を終えてすぐ、ダンジョンへ行くために一旦部屋へ帰ろうとしたところだった。
その日は、授業が終わって帰る生徒が大勢いる中、校舎から出る前に呼び止められた。
「いいか?タルコットには魔力不正の嫌疑がかかっている。まずはそこから動かず、話を聞け」
「はぁ……」
不正がどうとやらという話は、コルトハードの証言によって終わったものだとばかり思っていた。
それを蒸し返されて、コーディは少しばかり気分が下がった。
「ここに、不正があったという告発の手紙がある。タルコットが、違法な魔道具か薬を使ったという内容だ」
「僕は、そんなものは使っていません」
それを聞いたオリオーダンは、さもありなんとうなずいた。
「もちろん、ここで認めるわけにはいかないだろう。だが、不正の有無を証明できるとしたらどうだ?」
「有無を証明、ですか」
「そうだ。どうやら、魔力を検知されにくくした魔道具または薬を使ったらしいという話だ。検知されないなら、決闘の担当教師の『不正発覚の誓い』ではわからないだろう。そんなものを使って勝っても実力とはいえない!」
予定を狂わされて少々困ったコーディは、改めてオリオーダンの言葉を否定した。
「本当に不正など何も行っておりません。魔道具も薬も使っていませんし、そもそもそんなものがどこで手に入るかも分かりませんので、用意することなんてできません」
「それがなかったかどうかなど証明できまい!そもそもだ、お前が1人で用意できたとも思えんしな」
オリオーダンの話からは、どうやらコーディ1人で終わる話ではないという考えが透けて見える。
―― 結局何がしたいんじゃ?
目的が見えず、コーディはオリオーダンの言葉を待った。
授業が終わった生徒たちも、遠巻きにしながらどうなるのかと見守っている。
オリオーダンは、顔を歪めるようにして笑った。
「今から、私と試合をしてもらおう。着替えも杖も、私が用意する。審判に着替えを見てもらえば、魔道具を使った不正がないことははっきりする。それに、朝から食堂以外で食物を取っていないことを審判に誓えば、薬を使っているかどうかもわかる。そのうえで試合で魔法を使えるなら、不正などないと証明できるだろう」
1ミリも信じていないことがわかる、バカにした表情でオリオーダンが言い切った。
不正していればそれがわかるし、不正していなければ試合でギタギタにできる、と考えているわけだ。
あの手紙がどこからきたのかは不明だが、完全にオリオーダンが踊らされている状態だ。
もっとも、魔法がコーディの実力であると学園に理解してもらういい機会でもある。
「……わかりました。今から、魔法練習場ですね?」
コーディは、オリオーダンの提案を飲むことにした。
特に抵抗もなく受け入れたコーディを見て、オリオーダンは顔を歪めた。
言うことを聞いても聞かなくても、とにかく気に入らないらしい。
ふと視線を感じて顔をそちらに向けると、ブリタニーたちが心配そうにこちらを見ていた。
コーディは、安心させるように口角を上げてうなずいた。
◇◆◇◆◇◆
「着替えは私が二人共を確認した!いずれも、通常の運動着と杖のみを所持していると宣言する!」
今回審判として来たのは、コルトハードではなくカーティス・マッケイという教師だ。属性魔法解説科という授業を担当しているらしい。
学園には、審判を担当する教師が複数いる。
マッケイ子爵家は、ナッシュ公爵家を筆頭とする貴族派に所属している。
チェルシーに噂を聞いてから、ナッシュ公爵家について調べていたので、貴族家の繋がりや派閥がわかってきたのだ。
ちなみに、オリオーダン侯爵家はというと、中立派の筆頭だ。
もう一つの派閥は王国派といい、この筆頭に立つのはルウェリン公爵家で、ここは現王弟が当主となっている。確か、ルウェリン公爵の長女がコーディのすぐ下の学年にいたはずだ。意識して探したことはないので、見たことはない。
まだ貴族の繋がりなどは勉強中だが、そうやって派閥を作って牽制しあい、政策を決めたり法案を作ったりしているようだ。
国王は、緊急時の最終決定権を持っており、普段は貴族たちの意見をまとめる議長のような立ち位置にいるらしい。
「では、コーディ・タルコット!宣言を。えー、今日は朝から食堂でのみ食物を摂ったか?」
マッケイが質問という形で宣言を求めてきた。
一瞬考えたコーディは、首を横に振った。
「いいえ」
ざわり、と観客席の空気が揺れた。
コーディの次の言葉を待たず、オリオーダンが叫んだ。
「それ見たことか!!では、魔道具ではなく薬だな?!はははっはは!!!不正など許されない!!」
ざわざわと周囲の声が止まらない中、コーディは大きく息を吸った。
「昼食は、弁当を受け取って中庭で摂りました!そのほかに、休憩時間にカフェでお茶を飲みましたし、マドレーヌを持ち込んで授業の合間の移動時間に食べました!!」
風魔法を使って声を隅々まで届けたので、魔法訓練場にいた全員にその声は届いた。
「……は?」
オリオーダンは、表情を笑いに固めたままそう言った。
「食堂でしか食べなかったわけではありません。カフェや中庭、移動中の廊下で、通常の食事やおやつを食べました。それ以外は口にしていません!」
堂々と宣言すると、マッケイが何かを確認して大きくうなずいた。
多分、審判だけが感じ取れるものなのだろう。
「タルコットの言葉に嘘はない!通常の食物以外は食べていない!審判が宣言する!」
唖然とするオリオーダンをよそに、あまりにも平和な宣言を聞いた観客席にいる生徒たちは、クスクスと笑いをもらした。
「ははは、そりゃそうだ」
「カフェでお茶くらいするわねぇ」
「移動中って……わかるけど、ぷぷ」
その笑い声を聞いたオリオーダンは、羞恥に顔を真っ赤に染めた。
そして、怒りを込めた視線をコーディにぶつけてきた。
―― このうえ八つ当たりとは。ほんに子どもじゃのぅ。
コーディは、口を一文字に閉じてため息を飲み込んだ。
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