14 魔法少年が見聞きしていない話
ナッシュ公爵家は、現当主の祖母にあたる人が王家から降嫁した王女で、そのときに侯爵から公爵へと
王女と結婚した人物が、いくつもの魔法陣を開発した功績に対する報奨を受け取ることになり、そこに王女の希望が重なったということだ。
政略の色が濃いものの、2人は善良で仲の良い夫婦だったという記録が残っている。
風向きが変わったのは、王女の生んだ子がいずれも低めの魔力だとわかってからのこと。
王族はもちろん、貴族は基本的に高い魔力を持つ。
そして、高位貴族と王族の子となれば、王族に近しい魔力を期待される。
そこに生まれたのが、ギリギリ高位貴族に引っかかる程度の魔力の子どもたち。
両親はきちんと子どもたちを慈しんで育てたが、外の害意すべてから守ることはできない。
できそこない、不義の子など、心無い言葉を投げつけられてきたのだ。
そうしてずっと傷つきながら成長し、その次代として生まれた王女の孫はやはり高位貴族として及第点ぎりぎり、という程度の魔力。
もはやナッシュ公爵家は魔力的には名ばかりか、と陰口を叩かれていたところに生まれたのが、王族と同程度の魔力を持ったアーリンだった。
その頃にはすでに王女もその配偶者も高齢のため亡くなっていたが、コンプレックスの塊となっていたアーリンの祖父たちはお祭り騒ぎとなった。
アーリンをどこに出しても恥ずかしくないよう教育し、王族の血が流れていることを何度も言い聞かせ、自信と誇りを持たせ、そして全員でこれでもかとかわいがって甘やかした。
勉学やマナー、剣術といった『公爵家跡取り』に必要なスペックを確保できるだけの教育こそ厳しく躾けられたが、それ以外のところでは、ひたすらにアーリンの要望が通ってきたのである。
お菓子でも、メイドでも、おもちゃでも、遊びでも、友人でも。
王族に関わることこそ言うとおりにはならなかったが、それ以外はほとんどなんでも叶ってきた。
欲しいと言ったものは手に入ったし、要らないといったものはすぐに捨てるか片付けるかで目に入らないようになった。
だから、今回も思い通りにするつもりで、アーリンは父に直談判していた。
「コーディ・タルコットをすぐにでも潰してください!あれはナッシュ公爵家には不要の愚物だ!!」
良い返事をしない父に向かって、アーリンは珍しく髪を振り乱して叫んでいた。
どういうわけか、ナッシュ公爵その人が、アーリンの言葉を是としなかったのだ。
「聞きなさい、アーリン。あれはまだ使えるコマだ」
「どこがですか?!あんな、私の言うことを一つも聞かない役立たずなどっ!!」
地団駄を踏んで怒りを隠そうともしないアーリンを見ながら、ナッシュ公爵は優しく微笑んだ。
「今のままただ潰しても、まったく普通じゃないか」
「それはっ……だから、どうしろと?」
「それじゃあ腹の虫が収まらないってものだろう。いいか、アーリン。絶望に突き落とす前には、きちんと希望を持たせなければならない。それに、巻き添えにするものも重要だ」
ナッシュ公爵は、ひらり、と一枚の紙を手に取った。
それを聞いたアーリンは、なるほどすぐに潰すよりも良い見世物になるだろう、と理解した。
「では、どうするんですか?」
「ルウェリン公爵家からの話があると言っていただろう?それをこちら側としてはやめさせようとした」
「はい」
「そこを利用するんだ」
じったりと、ナッシュ公爵は顔を歪めて笑った。
「ちょうどいいことに、中立派のオリオーダンがタルコットの小倅を嫌っているそうだな。そこに、魔力に関して不正があるらしいとリークすればどうなる?」
「……オリオーダン先生が騒ぐでしょう。でも、不正はないという証言があります」
「その不正の有無を改めて証明するために、オリオーダンと直接ぶつける」
ナッシュ公爵は、パチリと手を合わせた。
「ですが、あの実力だとオリオーダン先生が負ける可能性もあります」
「あぁ、多分負けるだろう。小倅が勝つはずだ」
「そんなっ!!」
「まぁまぁ、これはまだ仕込みなんだ」
シュ、と指先から火を起こし、ナッシュ公爵は咥えた葉巻に火をつけた。
「魔法も優秀とあれば、ルウェリンからはさらにアプローチがあるだろう。タルコットの小倅も、前はろくに聞かなかったそうだが、正しく自分自身に引き抜きがかかれば浮かれるはずだ」
ふぅー、と紫煙を吐き出すナッシュ公爵に、アーリンは静かにうなずいた。
「将来、魔法使いとしてルウェリンに仕えられるかもしれない。あのタルコット家から逃げられるかもしれない。明るい将来が確実に見えたそのときが、叩き潰すときだ!そこで、憎きルウェリンにも傷をつけてやる!!」
言い終わると同時に、ナッシュ公爵は空いた手を机に叩きつけた。
「それまでに、オリオーダン先生をぶつけるだけですか?」
「いや、それでは弱いだろう。もう少しアピールさせる必要がある。もちろん、そこで潰れるならそれでも見世物としては面白いだろうから、ある程度は本気で殺しにかかるつもりだ」
ふ、ふ、と煙で遊びながら、ナッシュ公爵は続けた。
「闇ギルドを使う」
アーリンは、楽しそうな父を前に、サッと顔色を変えた。
闇ギルドとは、知る人ぞ知る、使える人も限られるギルドで、後ろ暗いことを高額で引き受けてくれるギルドだ。詐欺でも、亡命でも、密告でも、誘拐でも、そして暗殺でも。
「闇ギルドですか」
「あぁ。奴らに依頼するときには、例の動く絵画で記録させればいい。成功したら、何度でも酒の肴にできるだろう」
心底楽しそうに体を揺らす父を見て、アーリンはまだまだ自分は子どもだと自覚した。
そして、改めて父の知見や謀略を学ばなくては、と決意するに至った。
◇◆◇◆◇◆
その数日後。
「なんだ……?感知の難しい魔道具か、違法な薬の可能性だと……」
魔法歴史科の教師をしているオーガスタス・オリオーダンは、匿名の手紙を受け取っていた。
差出人のない真っ白の封筒に、真っ白の便箋。
オーガスタス宛にはなっていたものの、郵便を使わず直接一人暮らしをしている自宅に届けられたらしい手紙には、証紙も押印も見当たらなかった。
そして非常に上質なその紙は、どこかの高位貴族からもたらされた情報だと暗に伝えていた。
つまり、本当であるか、本当らしい証拠を準備している可能性が高い。
最近開発されたという印字で書かれた文章は、非常に読みやすいものでありながら真偽不明な、しかしオーガスタスにとっては現状打破の一手となる情報が書かれていた。
そこには、突然頭角を現した気に食わない生徒であるコーディ・タルコットが不正をしている証拠になりそうなことが書かれていたのだ。
―― やはり、私のカンは外れていなかった。
自分の考えを肯定する内容に、オーガスタスは舞い上がった。
手紙には、その不正を暴く方法も提案されていた。
きちんと手順を踏んで準備さえしておけば、きっとタルコットの裏をかいて不正を暴き、屈服させることができる。
オーガスタスは、事前の祝杯をあげるべく、ワインとグラスを取りにキッチンへと向かった。
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