13 魔法少年は図書館で遭遇する
毎日少しずつ、でも確実に魔力が増えている。
コーディは、順調に体を整え、魔法を自由に使えるようになってきていた。
魔法については、元のコーディがたくさん本を読んでいたため、知識としてはある。しかし、その方法ではコーディの思い通りに使えなかった。
多分、鋼として積み上げた知識が、魔法をイメージするときに邪魔になるのだろう。
逆にその知識を利用した方法が、仙術を使うときと似た使い方というわけだ。
しかし、結果が同じようになっていれば問題はない。
もう少し後に調べるつもりだったが、魔力の器がどういったものなのか、早く知りたくなったコーディは図書館へ来ていた。
試験対策の勉強は進んでいるし問題ないので大丈夫だろう、という目算もあった。
知識欲には逆らえない。
友人に聞いてみたが、魔力の器は自然に当たり前にあるもののようだ。手足が存在することに疑問を抱かないのと同じらしい。
そして、気づいたときから劇的に大きくなったり小さくなったりはしていない。
身長が伸びるとともに手足が大きくなるのに気づかないのと同じように、多少成長はするらしいが気づかない程度だと聞いた。
つまり、やはり今のコーディの状態は異常だと言える。
変わったことと言えば、鋼がコーディになったこと。
その違いが、魔力の器の変容に関わっているはずだ。
謎の究明という命題に、コーディはワクワクしながら取り組んでいた。
◇◆◇◆◇◆
学園の図書館は、王立図書館に並び立つ蔵書数らしい。
王立図書館は文化的な書物を取り揃えており、学園の図書館は魔法に関する書物が豊富だと、入学のときに聞いた記憶がある。
王城に務める魔法使いも、必要な書物を探しに学園の図書館に来ることが少なくないそうだ。
そこで繋がりを作って、就職の斡旋につなげる猛者もいると聞くが、資料を取りに来るような魔法使いが必ずしも権力を持っているとは限らないので、せいぜいが現職魔法使いからの推薦、といったところではないだろうか。
もちろん、その推薦によって一歩でも優位になれば、とすがる部分もあるのだろう。
それほど、王国の魔法研究所や魔法庁への就職は狭き門なのだ。
初めて訪れた図書館は、不思議な空気が漂っていた。
壁一面に並んだ本は、ハシゴや階段で上部の本を取りにいけるようになっている。
広い室内には、背の高い本棚が整然と並んでいて、その本棚を柱とするようにして天井が据え付けられている。
ところどころ吹き抜けになっていて、2階やそれ以上があることもわかった。
直射日光はあまり入らないようになっていて、ほんのりと薄暗い。
装飾のほとんどない本棚や室内のおかげか、おどろおどろしい感じはないが、無機質感ゆえの不気味さがある。
ゆるりと空気がぶれた気がして、コーディは思わず室内を見渡した。
どこに何があるのか全然わからないし、広すぎて探すのにも時間がかかりそうなので、司書と思しき大人に魔力の器について書かれた本がどこにあるのか聞いてみた。
学園のエンブレムが刺繍された白いローブを着けている人は、司書で間違いなかった。
ちなみに、この魔法学園のエンブレムには、国の花であるムラサキツメクサと魔法の杖がクロスして描かれている。
個人的には趣があって好ましい。
聞いた場所は、2階の奥だった。
生徒が良く使う授業に関わる本、研究資料としてよく探される本などが1階にあるそうなので、あまり研究されている分野ではないのだろう。
1階にはそこそこ人がいたものの、2階ではたまに見かけるだけで、静かな空気が落ち着きをもたらしていた。
1階にもあったが、2階の方が机と椅子が多かった。一人がけのソファもそこここにある。
2階に来る生徒の多くは、本を探すためではなく勉強するために来ているようだった。とはいえ、やはり多くはない。
コーディは、魔力の器について書かれているらしい本を数冊選び、すぐ近くのソファに腰掛けた。
文字を読むことも、元のコーディの記憶が結びついているためスムーズだ。
鋼も読書家だったので、斜め読みとは違うが読むスピードは早かった。どんどん読んでいくと、いくつか興味深い記述を見つけた。
・魔力の器は、生まれつき決まっている
・成長とともに多少大きくなるが、生まれた直後と成人とで1.1倍程度が通常の増加量である
・まれに、魔法の修行を積み重ねていると、1.5倍ほどの大きさに変わる場合がある
・眉唾だが、魔法の修行の一貫である瞑想の中で、魔力の根源を追うことで器を感じることができるという古い研究結果がある
特に最後のものだ。
瞑想は、仙術の修行でも行った。自分の中へと沈み込み、気のめぐりを知覚し、命の流れを感じ取るのだ。
そして気のめぐりを感じ取ることが、道士としての最初の一歩だった。
魔力と気は似ている部分もあることから、きっと同じように瞑想すれば魔力を知覚でき、そこから根源のようなところへたどり着けるのではないだろうか。
めぼしい本を読み終わって気づくと、細長いくもりガラスの向こうの空はもう暗かった。
周りを見渡しても、生徒は誰もいない。
―― 少し夢中になりすぎたのぅ。
コーディは本をまとめて棚へ返していった。
時計を見れば、まだ食堂は開いている時間だったのでほっとした。
夜に食いっぱぐれるのは、この若さでは辛い。
走らない程度に急いで階段へ向かう途中、ひと目で『身分が違う』とわかる男性を見かけた。
白髪とはまた違うプラチナ色の髪は、王族か王族に親しいことが見て取れる。着ている服も、生地から縫製から、制服とは段違いの上質なものであることが遠目でもわかった。
高貴な身分の人物には、今のところあまりいい記憶がない。
王族らしい男性がこちらを見る前に、コーディは静かに急いで階下へと降りた。
◇◆◇◆◇◆
「おや、逃げられたな」
プラチナ色の髪の男性は、独り言のように言った。
「もうすぐ食堂が閉まる時間になりますからね」
すぐそばに控えていた、印象に残らない平凡な顔の男性が答えた。
にやりと笑う主人に対し、側近は呆れたように口を開いた。
「まだ調べるおつもりですか?」
「ナッシュ公爵子息と関わったが、決闘の契約でもって離別を図ったらしい。実際にそこで勝ったんだから、なかなか胆力のある人材だ」
それを聞いて、側近はまた悪い癖がでた、とため息をついた。
「タルコット男爵家は、ナッシュ公爵家の傍系を寄親としているんですよ。政敵の子は危険です」
「だが、随分と虐待されてきたとも聞いたぞ?それなら、こちら側のどこかの養子にでもすれば十分使えるだろう。ああいう境遇にあると、取り込むのが楽でいい」
「そうやって早まって働きかけた結果が、あの決闘になったんでしょう」
「うむ。いい具合に決別してくれた」
満足そうにうなずく主人に、平凡顔の側近は胡乱な目を向けた。
「事務官として手元に置くおつもりでしたら、しっかり憂いを払っておかねばなりません」
「そうだな。……最近の報告では、魔法を使っているそうだが」
主人の言葉に、側近はうなずいた。
「はい。今まで隠していたのか、なにかのきっかけで覚醒したのかは不明ですが」
「突然覚醒するなど聞いたこともない。それなら誰かと入れ替わったと言う方がよっぽど説得力がある。隠していた線が濃厚だな。ここにきて、もうあの家とも決別する気になったのだろう」
楽しそうに言う主人は、どうやら少年を気に入ったようだ。
「では、調査を続けます」
「あぁ。ついでに、あちらの情報をもう少し与えおこう。このあいだのヒントで、すでに動いているんだろう?」
「はい、ナッシュ公爵家について調べているようです。学友になった生徒に、こちら側の傍系の跡取りがいるのは幸いでした」
側近が同意すると、主人は満足そうに何度もうなずいた。
「うまく動いてくれれば、あちら側の陣営を総崩れにできそうだ」
「……さようですね」
ふぅ、と小さくため息をついて、側近は風魔法で作った防音の壁を解除した。
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