12 魔法少年と不穏な噂

「これは重そうだ。手伝うよ」

「タルコットくん!ありがとう」


コーディが手伝いを買って出た相手は、ブリタニーの友人であるチェルシー・ガスコインだ。

男爵家の一人娘で、ブリタニーの友人だけに魔法オタク。放課後の同時発動の訓練では、二番目に待機ができた実力者でもある。


ただし、男爵家の跡取りなので、領地経営や貴族としての諸々もきちんと抑えたうえでの趣味なのだそうだ。

学園での成績も貴族としては重要で、内申点のような教師からの評価も成績に反映されるらしい。

その関係で、チェルシーは学年委員をしているのだとか。


基本的には教師の手伝いが仕事として与えられており、今回のチェルシーのように資料を図書館へ返してほしいといったものが含まれている。

別に一人で対応しなくてはいけないわけではないので、従者やメイドを連れている貴族であれば、彼らに運ばせるのが普通だ。チェルシーについては、そこそこ裕福な貴族なので寮にメイドがいるらしいが、学園内には連れてきていないらしい。


真面目な性格なので、依頼も自分で対応するタイプのようだ。


コーディとしては、頑張る子どもは手助けしたくなる。

とはいえ、貴族としてなにかできるわけではないので、学園内であればこうやって仕事を手伝うようにしていた。

まだほんの十数年しか生きていないにも関わらず、上に立つものとしての自覚のある人、自立する将来に向けてひたすら努力している人など、知れば知るほど素晴らしい友人ばかりだ。


順調に、コーディの交友関係は広がっていた。


とはいえ、ずっと一緒というわけではない。

授業はそれぞれ必要なものを受けているのでバラバラだし、放課後の魔法訓練もある程度集まれる場合にだけ開催している。

コルトハードを毎日呼び出すわけにもいかないので、今はせいぜいが週に1回程度だ。


彼らよりも十倍ほど生きてきた記憶はあるが、この世界については彼らよりもずっと知らない。

コーディは、友人たちに様々なことを教わる現状を楽しんでいた。




「『お一人でダンジョンに行かれているんですって?ガスコイン領では、魔法の研鑽も必要なんですわね』とか言うのよ!つまり、ど田舎だから魔獣が多いって言いたいんだろうけど。嫌味にもならないわ、事実なんだもの。だから言い返したのよ。『そうなんです。だから、時期当主としては配偶者に、虎レベルの魔獣なら一人で討伐できるだけの実力者を求めておりまして』ってね。でも、おかげでガスコイン領の実質乗っ取りを考えてたらしいボンクラは引いていってくれたわ。あのご令嬢、からかうつもりだったんでしょうけどすごくいい仕事してくれたわ!」


資料を運びながら最近の話を聞くと、チェルシーは話したかったらしく、この間参加したお茶会でのことを聞かせてくれた。

愚痴とも言う。

しかし、そういう場をうまく乗り切って、逆に自分の希望通りの結果を引き出すのも貴族として必要なスキルらしい。


なんとも面妖な世界だ。


コーディは、跡を継がなくて良い三男という立場に初めて感謝した。

自分は、周りに煩わされずに楽しく魔法を研究していたい。



「そういえば、ちょっと小耳に挟んだんだけど」

資料を届け終わった帰り、チェルシーが小声でそう言った。

どうやら、あまり他人には聞かれたくない話らしい。


遠回りになるが、コーディはチェルシーを連れて中庭へと回った。

ここなら、開けているから近くに人が来ればすぐにわかるし、遠目とはいえ周りから見えるので密会ともいえず、貴族の女性としての醜聞にもならない。

小声で話せば他の人には聞かれないので、内緒話には逆にうってつけである。


「何かあった?」

改めてコーディが聞くと、チェルシーは小さくうなずいた。

「ほら、タルコットくんと決闘したナッシュ公爵のご子息」

「アーリン・ナッシュ公爵子息」

「そう。そこのナッシュ公爵のことなんだけど」


チェルシーは、改めてそっと周りを見てから口を開いた。

「なんだか、タルコットくんのことを調査しているらしいの」

「調査?」

それは随分と、きな臭い。


「ほら、ナッシュ公爵子息とは、決闘で契約したから、直接関わることができなくなったでしょう?でもあの契約、ナッシュ公爵子息と彼の取り巻きにだけ効力があるから」

なるほど、ナッシュ公爵当主であれば、取り巻きや傘下の者ではないので契約に含まれないというわけだ。


コーディは、こくりとうなずいた。

「そっか。まぁ、調べてもタルコット家がド貧乏ってこととか、僕が最近になって魔法を使えるようになったとか、誰でもわかることしか出てこないと思うけど」


そういうコーディに向かって、チェルシーは眉尻を下げた。

「一応、気をつけて。ナッシュ公爵って、この魔法学園の理事の一人だから」

「理事?」

「そう。学園に高額寄付した貴族が理事に就いて、運営のことで助言したり生徒を守ったりする活動をしているの」

「確か、毎年4〜5人いるんだっけ?」

「そうよ。理事の意見は無視できないの。学園の根本的なことは王族が最終決定をするけれど、そうでないことはほとんどの場合理事の意見が通るのよ」

「大人が見守ってるっていうことか」

PTAのもう少し権力が強めな機関なのだろう。


「そうよ、普段はね。多くの生徒を守るっていう意味で、不適切な行動を繰り返す生徒を退学にする権利も持ってるの」

「なるほど……」

つなり、コーディを退学させようとする可能性がある、もしくはそのつもりだという噂があるということだろう。


「ありがとう。……伝えるだけでも危険だったんじゃない?」

コーディは、チェルシーが少し心配になった。公爵と男爵令嬢では、比べるまでもない。

「どうして?私は、魔法仲間の友人と世間話をしただけよ。咎められるいわれはないわ」


ツン、と顎を上げたチェルシーからは、自分の言動に責任を持つ覚悟が感じられた。

本当に、この国の子どもたちは責任ある大人であろうとする強さがある。まだ守られる年齢だろうに、とコーディはやるせない気持ちにもなるが、そう思うことはむしろ失礼なのだろう。


それに比べて、自分のことしか考えられない大人が存在するのはなぜなのか。



コーディは、にこりと笑顔を浮かべてチェルシーと別れた。

今日は、ダンジョンに潜って神仙武術の実践訓練を行うのだ。




◇◆◇◆◇◆




訓練を繰り返す間に、コーディは体格がしっかりとしてきた。

腰を落とす基本姿勢も安定してきたし、瞬発力も強くなってきたので、飛び蹴りの威力が増してきた。技のスピードを上げても体が悲鳴を上げなくなった。

裏拳や回し蹴りなどは、体の柔らかさが生きる。きっと鋼のときよりも思い通りのところに重い一撃を落とせるようになるだろう。


なるべく魔法を飛ばさないよう、土魔法で手足や急所をガードするだけに留めて、神仙武術を使うのが最近のコーディの修行スタイルだ。

硬く焼き締めたような土を、靴や拳、胸や首元などにまとう。多少動きづらいが、重さもあるのでほどよい負荷となっている。


動きが大きく素早いうえ、急所を狙ってくるグラスタイガーは、本気の訓練相手にちょうどよかった。



一心不乱に体を動かし、思考を整理した。


「準備は万端に整えねば。用心に怪我なし、じゃの」


コーディが様々なパターンを考えている間に、10体ほどのグラスタイガーが素材となった。

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