9 魔法少年、ダンジョンを踏む

一階層の魔獣はほとんどがゴム弾スライムだが、たまに小型犬サイズのネズミが出てきた。

これはバイティングラットという名前がついているものの、通常はただの『ネズミ』と呼ばれる魔獣だ。

攻撃方法は鋭い歯による噛みつきと、そこそこのサイズの体で突っ込んでくる体当たり。

とはいえ、そんなに早くもないのでよっぽどうっかりしなければ攻撃を受けることもない。


ダンジョンの魔獣は、倒されるとおよそ5分後、ダンジョンの地面や壁に吸収されてしまう。

アイテムが落ちたり、経験値が入ったりというゲーム性はなかった。

現実なのだからそういうものだろう。


ただ、素材を切り取ってしまえば持って帰れる。

そのあたりのルールは謎だったが、3分おきに少しずつ遺体を移動させてみた場合は、20分経っても吸収されなかった。そのため、ダンジョンの構造体が一種の魔獣のようなもので、死んだ生き物を吸収するのではないかと考えられた。もしくは、ダンジョンという場所が死体を残さないゲーム性を持った場として、神のような高位の存在にでも定義されたのか。

もっとも、ダンジョンに魔獣がいる理由は不明だし、ダンジョンに限らず魔獣の生態もまだ謎に包まれているらしいので、推測の域は出ない。


―― ここが魔獣の中だと考えると、ぞっとせんな。


大きな動物の胃の中に入っていく自分を想像してしまい、コーディは頭を左右に振ってその考えを追い出した。



初心者用ダンジョンと呼ばれる通り、基本的に迷子にはならない仕様だ。道は入口から枝分かれしていくのたが、中央あたりから収束していき、最奥ではまた1つにまとまる。

そして武器を振り回す余裕のある通路は、どこもほんのりと明るかった。


1階層は余裕で踏破して、2日目には2階層へ入った。


2階層にいたのは、バイティングラットとホーンラビットだ。

ホーンラビットは中型犬サイズで、突進してくるあたりはバイティングラットと似ていた。多少スピードが早くなったのと、角で刺すような攻撃というだけなので簡単に踏破してしまった。

スピード的には多少訓練になったと思う。


ここまでの魔獣は、魔力こそ帯びていたが特に魔法を使う様子はなかった。多分、あの魔力量ではろくに魔法が使えないのだろう。


3階層は、ストーンスネイクとドロップフロッグ、ウィンドリザードが出た。

蛇と蛙、それからトカゲだ。

大きさがそこそこあり、ぞれぞれ体長が1メートル前後だった。


名前通り、蛇は石魔法、蛙は水魔法、トカゲは風魔法を使う。

かなり基本的でシンプルな攻撃魔法なうえ、ほとんどが1発、多くて2発しか打てないらしいので避けてしまえばただの大きな爬虫類と両生類だ。


また魔獣と呼ぶものの、体のつくりは普通に動物と変わらないようだった。


魔法は五属性なので、もしかすると仙術の考え方にある五行と似ている可能性がある。

元の五行は、火が金属に勝ち、金属は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝つという自然の現象を元にした関係で、その力関係は五芒星を描いて説明することが多い。


これに当てはめると、この世界では金が風に置き換わる形になる。

ただ、その力関係は元の世界とは違う可能性があった。このあたりは、まだ検証が必要だろう。


何にせよ、描くイメージに左右されやすいのが魔法なので、この世界での五行として考えても問題なさそうである。


自然現象から考え、ストーンスネイクには木魔法、ドロップフロッグには土魔法、ウィンドリザードには火魔法を使ってみた。

それぞれ、コーディにとっては軽い一撃で倒せた。

実のところ、ストーンスネイクに水魔法を使っても、ドロップフロッグに火魔法を使っても結果はさして変わらなかったので、保持している魔法と弱点とは特に関係ないのかもしれない。


―― まぁ、そもそも体が魔法のかたまりというわけでもないようだからのぅ。


4回目にダンジョンに入ったとき、ドロップフロッグを解体してみたが、普通に血が出たし体内の構造も見覚えのある感じの配置になっていた。

不思議なことだが、体の作りなどは鋼の生きていた世界の生き物と共通しているものが多い。

作為のようなものを感じて、コーディは思考を放棄した。



4階層は、元のコーディが死に追いやられた場所だ。

狼系の魔獣フレイムウォルフがおり、群れで行動している。


元のコーディは直接は見ることはなかったが、こいつらは火魔法を使う。

主に口元に火をまとい、噛みつきながら燃やすのだ。

しかし、コーディの死因はショック死だったし、燃えてもいなかった。フレイムウォルフにとっては、魔法を使うまでもない相手だったのだろう。少しやるせない気持ちになる。


この階から、「魔獣部屋」と呼ばれる場所が存在し、入ると最後、そこの魔獣を倒しきるまでは出られないようになる。魔獣が湧く場所で、何体出るかはそのときの運だそうだ。


コーディが初めて倒した魔獣は一体だったが、通常のフレイムウォルフよりも一回り大きかったので、もしかすると群れのボスのような存在だったのかもしれない。


ここも、神仙武術と魔法の組み合わせでどんどん倒していった。



不思議なことに、毎日少しずつ使える魔力量が増えているようだった。

ダンジョンに入るようになってから分かったことだ。


初日は、火魔法を10発も打てばなんとなくずっしりと疲れがきたものだが、今は30発くらいは打てそうである。

この様子だと、きっと明日も少し増えているだろう。


どうやら、魔力の器が毎日大きくなっていっているらしい。

それが何故かまではわからなかった。肉体を鍛えているからか、他の要因があるのか。

古い文献では、魔法の研鑽を重ねることでまれに魔力の器が大きくなる、と書かれていたが、それでも3倍になるのはおかしい。

成長スピードもその幅も過去の理論にない。 



そのあたりのことは、今後研究してみる予定だ。

卒業前の3学年では、学生がそれぞれ研究室を作る。研究内容を論文にして発表するのが、卒業試験のようなものらしい。教師につくわけではなく、個人所有だそうだ。もちろん、助言を得るために師事することは自由だという。


卒業研究以外の研究をしてはいけない、と言われることはまずない。

何が革命のきっかけになるか分からないので、積極的な研究は歓迎されている。

コーディは、手当たり次第に魔法を研究するつもりでいた。




五階層は、虎型の魔獣がウロウロしていた。


グラスタイガーと呼ばれる魔獣で、木魔法を使う。ただ魔法をぶつけるというわけではなく、足止めや視界を遮るのに蔦や木を使うのだ。作戦を考えられる、頭の良い魔獣らしい。

動きが素早く、力も強い。体長は4メートルほどなので、軽自動車くらいに見える。


やっと腕を試せそうだ、とコーディは意気揚々と戦いに挑んだ。



3発で終わった。



コーディの敗因(?)は、自身の魔法の出力がやたらと高いことである。上述の3発も、2発目まではただの体術で、3発目だけ魔法を乗せたのだ。

実質1発だった。



グラスタイガーは、牙と毛皮を素材として持って帰れば、学園の売店で買い取ってもらえる。

この売店、冒険者ギルドの出張所も兼ねているのだ。

実力のある生徒にとっては、割のいい小遣い稼ぎらしい。



次はもうちょっと戦闘を楽しめるように調整しよう、と頭の中でシミュレーションしていると、少し遠くから戦闘音らしき音が聞こえてきた。


邪魔をしてはいけないが、気になる。

コーディは、こっそりと音の方へ向かった。



何度か角を曲がって音を追った結果、思ったとおり誰かがグラスタイガーと戦っている真っ最中だった。

そっと岩陰から見れば、どうやらそれは女の子だった。

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