8 魔法少年はダンジョンに入ってみる

こうがコーディとなって、一ヶ月が過ぎた。


決闘の後からはアーリンたちに絡まれることもなく、そういう意味では平和に過ごしていた。


肉体改善も順調に進んできた。

何せ若い体だ。筋肉痛がくるのも早ければ、治るのも早い。

食べて動けば順調に筋肉がつく。


先週からは、筋トレに加えて神仙武術の基礎をなぞることも始めた。まだ素早い動きはしないが、イメージどおりに動けるよう何度も型を繰り返す。

前にダンジョンやアーリンとの決闘で動いたときには、魔法で補助していたのでなんとか体を傷めずにすんだだけだ。きちんと基礎を積み上げていくことが大切なのである。

ありがたいことに、この体は関節も筋肉も柔らかいので、ときには鋼のときよりも理想に近い動きができた。前屈すればピタリと腹が足につくし、足を投げ出して座り開脚すれば軽く開くだけで120度はいく。開脚したまま体をひねったり折ったりしても、思った以上のところに手が届く。


今のところ、道士のころの6割くらいの仕上がりである。


「……そろそろ、実践してみるかの」


ぎゅ、と握った手も、確実に握力が上がっていた。




◇◆◇◆◇◆




ダンジョンに入るための申請は、教師であれば誰にしても良い。ただし、助手や准教師などもいるので、彼らでは許可を出せない。

気軽に頼めるのは、今のところ一人しか思い当たらなかった。


「ダンジョンか。まだ行ってなかったのか?」

コルトハードは、書類にサインしながらそう言った。

「はい、慎重すぎるくらいでちょうどいいと思いますので」

これが鋼の体なら、もう少し無理したかもしれない。

しかし、コーディから預かった体だ。自分の慢心や不注意で傷つけるのは本意ではない。


「これでいい。まぁ、その様子なら大丈夫だろうが、命の危険は常にある場所だ。気をつけて行けよ」

「はい。ありがとうございます」

職員室を出るとき、魔法歴史科のオリオーダンから鋭い視線を感じた。


―― まだまだ青いのぅ。


気に入らないものに感情を見せて意思表示するとは、随分と若い感覚だ。

爺になると、表面的にはにこやかな会話で軋轢を生まないようにして、『最低限の関わり』という結果を重視するようになる。

もっとも、そこまで許せないほど嫌悪感を抱く相手も減っていくのだが。


事実、コーディはオリオーダンには別に悪感情を抱いていなかった。

井の中の蛙になってしまうのは、狭い世界で生きていればままあることだ。そういう者には、自身が納得できる形で世界が広がればいいと願う。往々にして、心の準備などする間もなく世界の広さを見せつけられ、打ちのめされることが多いので。




◇◆◇◆◇◆




ダンジョンは、一人でも数人組でも、許可さえ下りれば好きに入っていい。

非戦闘員がいたとしても、メンバー全体で戦力に問題がなければ入れるのだ。だから、元のコーディのときにも入れてしまった。

それについて思うことはあるものの、コーディは胸のうちに仕舞うことにした。



実は、元のコーディはあまり利用していなかったのだが、奨学生には制服や運動服の給付もあった。

食べるようになってサイズが変わってきたことと、魔法実践科の授業を受けるようになったことで、ワンサイズ上の制服と、一緒に運動服も受け取った。靴まで与えられるので、いたれりつくせりである。


今回は、まずは浅い階層で現状を確認するつもりで来たので、運動服を着ている。防具などは特に用意しなかった。制服のローブには、多少防御の効果もあるらしいのだが、今回は動きの邪魔になるので置いてきた。

一応、不審に思われないよう、杖だけは腰に下げて持ってきている。

コーディにとっては、仙術のような魔法の使い方が合っているので、杖は今の所ただの飾りである。




ダンジョンの入口は、学園の敷地の端の方にある。

高い塀が二重になっていて、出入り口の門には騎士のような(多分国所属の騎士なのだろう)風体の門番までいる徹底ぶりである。


学生用にしても良いほどの初心者向きダンジョンらしいが、それでも万が一に備えているようだ。


学生向けに公開されている情報によると、地下に向かって下るタイプの洞窟ダンジョンで、全部で五階層ある。五階層目の一番奥にダンジョンのコアと呼ばれるものがあるらしいが、それは厳重に囲んであるんだとか。

ファンタジー小説にあった魔石のようなものを想像していたが、どうやら壁の一部が違う色になっていて魔力を帯びていると書いてあった。


訓練用に使うため、保護目的もあるが、これ以上ダンジョンを成長させないためでもあるらしい。

それを可能にしているのが、近年開発が進んできた魔法陣だそうだ。




一階層目には、鋼が知るところのスライムのような魔獣が出る。呼び名もそのままスライムだ。

ただし、見た目はイメージと違った。

鋼が読んだことのあるファンタジー小説などでは、丸っこい風船のような形で、透明度が高くぷるぷるしていると描写されていることが多かった。


ここのスライムは、もっと硬い。ほぼまん丸のサッカーボール大で、ゴム弾のような感じである。そして割れると、中からドロリとしてべっちゃりと引っ付くモノが出てくる。鋼の記憶から似たものを探すなら、子どもが遊びに使うあのスライムより少し硬い感じのものだろうか。まだ人里に住んでいた頃に一度だけ見た、洗濯してしまったおむつの中身にも似ているかもしれない。

あの洗濯機は、鋼の仙術で故障を直したのだが、修理に来た電気屋の親父が壊れていないなんてラッキーだった、と奥さんと一緒に喜んでいた。



ゴム弾スライムは焼き焦がすか、壁にでもぶつけて倒せばあまり被害は出ないが、近接武器で切ると中身が飛び散り、洗濯しても取れない欠片に泣くことになる。


そして、スライムには核のようなものはない。

中身が飛び出せばそれで終わりである。


それは魔獣にも同じことが言える。

核や魔石といったものは存在しないらしい。そもそも、魔力は凝固するような性質を持っていないのだろう。魔力を込めた石も存在しない。

魔力を留めておけるのは、生き物が持つ魔力の器だけのようだ。



「お、来よったな」


コーディの目線の先では、2体のスライムが跳ね転がっていた。自動で転がるボールがあれば、まさに同じ動きをするだろう。

ダンジョンの地面はそれなりにデコボコしているので、スライムが転がると常に跳ねることになる。

それでも、スライムたちはまっすぐコーディの方へ向かってきていた。


体を斜めに開いて腰を落とし、両腕を軽く曲げて構える基本の型も、かなり様になってきた。

構えるだけで体に無理を強いていたのが、自然とできるようになったのだ。


「火の魔法と、土の魔法を使うとしよう」


どうしても、自分だけだと独り言が出てしまう。


言葉の通り、右手に火魔法、左手に土魔法を発動させた。

火魔法は超高温をイメージしたので炎の色が青白く、透明度が高い。

土魔法は固く鋭い石をイメージしたら、30センチほどの黒曜石の穂先のようなものが形成された。


いずれも、随分と殺傷能力が高そうだ。


コーディから10メートルほどのところに迫るまで待ち、順番に投げつけた。

単に魔法を発射するだけでもそこそこのスピードになるが、コーディはそこに自らの拳突きの勢いを乗せる。


どかん!!

ばきん!!


2体のスライムは、ほんの数秒の間に1体は炭になり、もう1体は真っ二つに切り裂かれた。


「む?読んだのと随分違うのぅ」


火魔法ならスライムは丸焦げに、土魔法ならひしゃげて割れると、ダンジョン入門用の本に書かれていたのだ。

誰が発動しても同じような結果になるが、魔力量や熟練度に応じて1発で仕留められたり数発必要だったりするとも読んだ。しかし、炭になるとも、すぱっと真っ二つになるとも書かれていなかった。


コーディは少し考えたが、多分火魔法の温度や土魔法の硬度を考慮していないのだろう、という結論に達した。

魔法実践科の授業のときには、言われるがままに魔法を発動していたので、そこまで具体的にイメージしていなかったのだ。


「イメージだけでこんなに威力が上がるとは。魔法とはなかなかに面白いもんじゃのぅ」


コーディは、にんまりと口角を上げ、次の獲物まとを探すために足を踏み出した。

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