7 魔法少年と筋肉
コーディに最も足りないものは、筋力である。
シャワーを浴びるときに改めて全身を確認したが、腕も足も腹も背中も、何なら手にも筋肉が足りない。
魔力をまとう形でどうにかなってきたが、今後のことを考えれば基礎的な筋力が必要である。
今のコーディは15歳なので、体を鍛えながら成長も促さなくてはいけない。
食事は、タンパク質の量を増やす。下位食堂では注文すると量を選べるので、少しずつ増やすことにした。わりとバランスの良い食事なので、内容は問題ないだろう。
睡眠は今までどおりで問題ない。元のコーディはたまに夜ふかしして試験勉強をすることもあったようだが、基本的には健康的な睡眠を取っていた。実家ではないため安心して眠れた、という理由だけはなんとも言えなかったが。
そして重要なのが筋力。
やりすぎもよくないので、見極めが大切だ。
まずは、早朝に走ることに決めた。少しずつ距離を伸ばして納得できるようになれば、次は筋力トレーニングだ。
初日、早めに起きて古い服に着替え、軽くストレッチをしてから寮の周りを走ってみた。
10分で足がガクガクしだして歩かざるを得なくなった。
頑張ることは大切だが、無理をして体を傷めては本末転倒である。
その後はゆっくり歩いて帰ったが、一日中足が辛くて授業のための移動も大変だった。
もちろん、成績を落とすわけにもいかないので勉強も手を抜けない。
夜はトレーニングを控え、予習と復習に費やす。ただ、椅子に座ったままでも、姿勢と深呼吸を意識するだけで違う。
少しずつでいいから、毎日続けることが大切だ。
◇◆◇◆◇◆
一週間経つと、ゆっくりなら30分を超えても走れるようになってきた。
本当なら最低でも一時間は走れるようになりたいが、急ぐと碌なことにならない。理想の動きになるまで、こつこつ練習していく。
筋肉トレーニングは、とにかく全身筋肉が足りないので少しずつまんべんなく行う。
腹や背を鍛えないと体幹がぶれるし、両足を鍛えないと体を安定して支えられない。もちろん両腕も、首も重要だ。
神仙武術は、両手両足を駆使した動きが多い。
記憶にある動作を実現するためにも、コーディは毎日運動を繰り返した。
筋肉痛で痛む体を引きずって1回目の魔法実践科の授業を受けたときには、魔法こそ発動できたがろくに動けなかったのでなかなかつらいものがあった。
しかし、一週間もすれば筋肉痛も治まってくるし、慣れてもくる。
「タルコット、最近走ってるんだってな?いいことだから、続けるように。皆も聞けよ!あまりまだ研究は進んでいないが、健康的で動ける体である方が、魔法を思い通りに使えるという実験結果があるんだ。魔法の技術的な部分も大事だが、よく動けるならダンジョンでも危険が減るからな。お前らも鍛えておけよ!」
コルトハードは、全員を集めた授業の最後のあいさつのときにそう言った。
誰かが、
「先生、それは先生の趣味も入っていますよね?」
と突っ込み、笑いが起きた。
コルトハードは、重騎士と見紛うほどのマッチョなのである。
コーディとしては、あそこまでのマッチョはやりすぎだ。パワー重視であればそれでも良いが、神仙武術には体の柔らかさを利用する技もある。筋肉がつきすぎると体の硬さにつながってしまう。
程よく効率的に、イメージとしては細マッチョくらいが理想である。
魔法実践科の授業そのものは、基礎から応用まで個人の技量に合わせて行われるものだった。
本の知識はあるが、それ以外は完全に我流のコーディにとってはありがたい授業だ。
「これで終わるぞ!居残りたいやつは、1時限分だけなら見られるから、質問があれば来い!じゃあ、解散!!」
コルトハード先生が言い終わると同時に、授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
3回鳴ったら授業の始まり、2回鳴ったら授業の終わりである。
生徒たちは、それぞれ友人と連れ立ったり一人だったりしながらもバラバラと解散していった。
残ったのは、コーディ一人である。
「お、今日は残っていくか?もう大丈夫なのか?」
先週は、筋肉痛がひどくて帰らせてもらったのだ。適当に体調不良だと言ったのだが、覚えていてくれたらしい。
「はい、もうすっかり。せっかくなので練習したいんですが、その前に質問してもいいですか?」
「いいぞ。ついでに、俺にも2属性同時発動のしかたを教えてくれ。先週やってみたんだが、不発に終わるか暴発するかでなかなか難しかったんだ」
両手をそれぞれに握ったり開いたりしながら、コルトハードは楽しそうに言った。
しかし、暴発とは穏やかではない。
「お怪我されませんでしたか?」
「おう、ちょっと吹っ飛んだだけだったからな!それで、あー、質問だったか?先に聞いてくれ」
それが大丈夫なのかどうか疑問だったが、今何ともないならきっと平気だったのだろう。
無理やり納得したコーディは、前から考えていた質問を口に出した。
「あの、人は基本的には得意な属性魔法が一つだけあって、それ以上増やせないと聞きました。でも、僕が家で読んだ古い本では、練習すれば複数の属性も使えるだろうと書いてあったんです。実際僕も使えますし、いつから一つだけになったんでしょうか」
「む……それはまた、随分と古い本を読んだんだな。ここ150年ほどは、一属性だけを使えるのが普通という風潮になっているからな。学園でも、よっぽど詳しい人か、興味のある変人しか試さないことだ」
どうやら、脳筋にも見えるコルトハードは、実はきちんと知識もある教師らしい。もっとも、この学園は国の肝いりの教育機関だから、ただの脳筋では教師になることは難しいだろう。
「複数の魔法を使える人もいるということですか?」
コーディが期待を持って聞くと、コルトハードは考えるように腕を組んだ。
「最初から、2属性使える、3属性使えるというのはたまにいる。俺も2属性あるからな。だが、後から使える属性を増やしたという話は聞いたことがない」
コーディは、属性が増えたというよりは、
もっと言うと、自分の中では「属性」という分け方をしていない。
いずれも、自然の現象を魔力で作り出すという工程は同じなので、分ける必要性が分からなかった。
曖昧な現象や分類できないものもあるのに、線引きしたら魔法の幅が狭まるのではないだろうか。
思わず、コーディは首をひねった。
「不思議です」
「いやいや、タルコットの方が不思議だからな?連続で別属性ならまだ可能だが、同時発動は意味がわからんぞ」
コルトハードは、わからないと言いながらも楽しそうだった。
「あぁ、実は同時発動というと語弊があるんですよ。発動自体は順番です。1つ目を発動したら、使用前に一旦留めて次の魔法を発動させるんです」
「なに?順番に起動か。それならできそうだが、留めるってどうするんだ?もう1つの魔法を発動している間に解けるか、先に飛んでいくかしないか?」
コルトハードは、水弾を片手に出した。
「1つの魔法を留めることはできますか?できるなら、次に発射と命じるまで待機、と魔力を込めて念じてくたさい」
「留めると言っても限度があるがな。魔力を込めて……どこに込めるんだ?今なら水弾か?」
コルトハードはそう言って水弾に魔力を注ごうとした。
「少し違いますね。水弾の外側にまとわせる感じです。こう、ピッタリの箱を上から被せるような、もしくは肉串のタレようなイメージで」
言いながら、コーディも右手に水弾を出し、そこに留めるためにほんのりと魔力をまとわせた。
「肉串のタレか!そのタレが、グッと留めてピタッとさせるんだな。解除は、外側だけパッと落とす感じで良さそうだ」
擬音語の多い理解だが、コルトハードは何とか魔法を留めることに成功した。
だてにこの国の最高峰の学園で教師をしているわけではないらしい。
―― 魔法バカというか、魔法オタクというか……まぁ、同類じゃのぅ。
コーディは、勝手にコルトハードを仲間と認識した。
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