6 鋼はコーディとして魔法少年になる

「決闘の勝者はコーディ・タルコット!!!」


もう一度教師が大きく宣言して、観客は「うわああああ!!」と歓声をあげた。

誰も予想していなかった結果に、みな興奮しているらしい。

アーリンは、気を失ったままだ。取り巻きたちが席を立ったのが見えたので、多分彼を起こしにに来るはずだ。


では帰るか、と舞台を降りると、ふんわりと魔力の気配がした。

感じたことのないそれは多分、取り決めてあった魔法契約が行使されたのだろう。


納得していると、後ろから声がかかった。

「ちょっと待て!タルコット、少し話を聞きたい」

それは、立ち会いの教師だった。

彼も舞台から降りてきたので、別の場所へ向かうらしい。

「とりあえず職員室だな。あそこは用もなく生徒が入ってこない」

「わかりました」

断る理由もないし、彼から悪感情を感じなかったので、こうは同意してついて行った。



鋼が決闘場の広場から出る少し前に、アーリンは気がついた。

目の前にコーディはおらず、去って行く背中だけが見える。

つまり、圧勝するはずの自分が、あっさり負けたのだ。

「くそが!!何だったんだアレは?!」

アーリンは、舞台の床を拳で叩きつけた。


それでも、負けたという現実はくつがえらない。

もう、魔法契約は行使されてしまった。


ぎり、と唇を噛んだアーリンのつぶやきは、ざわめきの中で誰にも聞こえなかった。

「父上に言いつけてやる……!絶対、潰してやるからなっ……!!」




◇◆◇◆◇◆




職員室は、魔法訓練場から少しばかり距離があった。

だから、鋼は歩きながら思考をめぐらせていた。


昨日から、考えていたことがあった。

どこかで自分のために一区切りつける必要があると思ったのだ。


この人生をまっとうするまで、輪廻の輪には戻れないだろうことを感じ取っていた。

コーディの体を預かったのだから、自死は論外である。

ただのカンのようなものだが、仙人としての経験がそう思わせているので、まず間違いないだろう。何しろ、体を使うのに違和感が全くない。魂が体に馴染んでいるのだ。

相性がとても良かったと予想できる。もしそうでなければきっと体からはじき出され、すぐにあの輪廻の輪へ向かうためだけの不思議な空間に戻っていただろう。


できれば、これがコーディの体だからこそ、乗っ取るようなことはせずコーディに返してやりたかった。そもそも、鋼も寿命を全うしたのだから、輪廻の輪に乗ることに否はない。

とはいえ、コーディは自ら輪廻の輪に向かってしまったし、記憶から察するに戻ることなど考えもしなかったのではないだろうか。


ならば、と。

今後、コーディ・タルコットとして生きることを、生きあがく覚悟を決めたのである。


この決闘は、ただのきっかけ。

鋼による、コーディのためだけのアーリンへの仕返しは、これで終わりだ。

これ以上は、どうしたいかをコーディ本人が決めるべきなのだ。しかし、彼はもういない。

それに、できることならアーリンが更正できる余地を残してやりたかった。

150歳のじじいからみれば、15歳の少年などよちよち歩きが終わったばかりの赤ちゃんと大差ない。

間違いはおかすものだし、間違ったならやり直せばいいだけなのだ。


とはいえ、鋼も聖人ではない。

次に手を出してくれば今度こそ自分自身のこととして報復するつもりだ。

それに、コーディの魂を長年傷つけていた家族のことは、許せそうになかった。記憶をたどる限り、あの家族は、話が通じずコーディへの暴力や搾取が悪いことだとも思っていない。理解もしようとしないだろう。反省を促すだけ無駄なタイプだ。

彼らについては、すぐにどうこうできるわけではないので、とりあえずは保留である。


そしてここから、自分として新生コーディをスタートさせる。


もしも来世でコーディに会えたならば、満足するまで生ききったと伝えられるように。コーディが意図したかどうかは分からないが、貰い受けた人生を、十分に満喫したと言えるように。





何かの魔法陣が描かれたドアが、職員室の入口だった。

教師が開けたので続いて入ったが、特に魔法の気配はしなかった。

常時発動させているようなものではないらしい。


教師は、「テレンス・コルトハード」という名札が掛けられた席についた。

コーディの記憶にこの教師の名前はなかったから、多分授業を取っていなかったのだろう。


「さて、聞きたいことは色々あるのだが……。とりあえず、タルコットは俺の授業は取っていないな?」

「はい」

「ふむ。……今年度はあと3ヶ月か。うん、まだなんとかなるだろう。タルコット、途中からでいいから俺の授業を取るように」

うんうん、と頷きながら、コルトハードは何かの書類を書きだした。


「あの、コルトハード先生の授業とは?」

「言ってなかったか?魔法実践科だ」

次の3学年では、魔法関連の授業をいくつか受けようと思っていた。ちょうどよかったので、鋼改めコーディは快諾した。

聞けば、魔法実践科はその名の通り、魔法を実践で学ぶ学科らしい。どちらかというと基礎的なものらしい。応用の実践については魔法戦闘科や魔法防御科などの細かい分類の学科になるそうだ。


これまでのコーディは、言語学や数学、歴史学、経済学といった、事務官に関連する授業しか取ってこなかった。魔法をほとんど使えなかったためだろうが、鋼が入ったコーディはそれなりに魔力もあるし、何より個人的に興味がある。

記憶によると、魔法実践科以外に、ダンジョン解説科、魔法歴史科、基礎魔法研究科、さらに魔術式基礎科なんていうのもあったようだ。魔法は使えなくても、ダンジョン解説や魔法の歴史、魔術式などは学んでいても良かったのではないだろうか。

そう思ったが、元のコーディにとって魔法は憧れでありながらコンプレックスでもあったのだろう。それに、自宅にあった本や教会の本で学び、全体的な基礎知識はついていたから不要だと判断したのかもしれない。また、魔法を使える高位貴族とできるだけ関わらないように選んだのも理由の一つと記憶にあった。


ほかの授業で途中から取れるものがないか確認しようとしたとき、横から別の声が割り込んできた。


「コルトハード先生、正気ですか?」

上等なローブを羽織ったその男性は、ある意味で有名なので、コーディの記憶にあった。

濃いめの金髪にグレーの目を持つ、オーガスタス・オリオーダン。

魔法歴史科の教師で、オリオーダン侯爵家の次男だが、跡継ぎの優秀な長男と、サポートの秀才な三男に挟まれて家を出されたらしい、という噂を耳にしたことがある。

魔力はそこそこあるのに、魔法を使う授業を持っていないのも不思議な話だ。


コーディには、なんとなく手負いのリスが威嚇しているように見えた。

プライドも実力もあるのに、もっと優秀な人と比べてしまったのだろう。それが血のつながった兄弟ならなおさら、やりきれない思いがあったはずだ。


とはいえ、それを言い訳にしてひねくれ続けるのはどうかと思う。

コーディは確かに150年を超える人生を経験しているため、ここにいる誰よりも精神的には年長であるが、30歳を超えたらさすがに自分のことは自分で責任を持つ大人だと考えている。

周りも見えてしかるべきだ。


黙って様子を伺っていると、コルトハードは爽やかに答えた。

「ええ、もちろんですよ!彼に何があったか興味もありますし、勉強させればきっとほかの生徒たちにも良い影響を与えるでしょう」

それを聞いて、オリオーダンは眉を潜めた。

「どうですかね?2属性を同時に発動するなど、誰かの手伝いのような不正があったか、特殊な魔道具でも使っていただけとしか思えませんよ」


それを聞いて、コーディはパチパチと瞬きをして言葉を飲み込んだ。

よくわからないが、ただの2種類の魔法が問題だったらしい。

しかし、元のコーディの記憶を探っても、そのあたりははっきりしない。家にあった本は確かに古かったが、訓練すれば違う属性の魔法を使えるようになると書いてあったし、自分はごく当然に発動できた。


「不正はありませんでしたよ。私は魔法契約していますから、ちゃんと分かります。だからこそ、途中からでも学ばせようと決めたんです」

魔法契約は、国の関わる契約にも使われるほど信頼されている契約方法だ。決闘に関する魔法契約には、決闘についての虚偽ができないというものも含まれていたはずだ。

それを知っているらしいオリオーダンは、悔しそうに口を歪め、もごもごと何か言ってから立ち去った。



「さて、この書類を確認してサインしてくれ。一番早い次の授業は、次の風の曜日の3時限目だ。空いているか?」

学園の授業は、大学のように自分でカリキュラムを組む方式だ。

ちなみに、曜日は日・月・火・水・木・風・土の7つ。金が風と入れ替わっているだけだ。そして、完全に休みなのは日の曜日のみ。

コーディは、記憶の時間割を確認した。

「……はい、風の曜日なら、3時限目は空いています」

差し出された書類は、途中から授業に参加する人のための履修登録書だった。

「よし、それなら、今日決闘で使った魔法練習場に、動きやすい服装で来るように」

「はい。あの、どんな服装でも良いですか?」

「ん?別に構わんぞ。汚すかもしれんからな」

「それは大丈夫です」

「そうか。じゃあ、来週な。あ、教科書は特にないぞ」

「わかりました。……では、失礼します」



職員室を出たコーディは、これからの楽しみに思いをはせ、しかし自分の課題を思い出して足元を見下ろした。


「……走るか」


体作りの基本は、食事、睡眠、そして訓練だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る