5 仙人じいちゃん決闘する

コーディの記憶によると、決闘とは生徒同士のいざこざを解決するための手段の一つで、校則の中でルールがきっちり定められている。


・場所は魔法練習場で、使うのは中央の舞台

・魔法も武器も使っていい

・骨折など入院が必要な怪我をさせた場合、怪我をさせた方が負け

・殺してしまった場合は、殺人罪として王国の法律で裁かれる

・勝った場合・負けた場合の要望は、決闘の前に決めておく

・審判は、決闘専門の教師が行い、賄賂や不正などが発覚した場合は不正をした方が問答無用で負け

・円形の舞台から落ちるか、気絶するか、負けを認めたら勝負あり

・観客は自由に見学できる

・観客からの助力は不正


などがある。


―― 報復の手始めとして、言い訳できない場で完膚なきまでに負かせておいてもいいじゃろう。


コーディの学園における敵が彼らだと認識したこうは、アーリンに向かってうなずいた。

「……決闘、ですね。相わかりました」


もう少しで、鋼としての話し方になるところだった。

さすがに、突然「わし」だの「じゃろう」だのと言うのはまずいとわかる。だから、できるだけ丁寧語で過ごそうと昨日の夜に決めていたのだ。


あっさり決闘を受けた鋼を見て、アーリンたちは拍子抜けしていたようだった。

しかしすぐに切り替えて、アーリンの側にいた生徒の一人が校舎の方へと走っていった。どうやら、決闘の立会をしてくれる教師を呼んできてくれるらしい。

「後悔するなよ?僕は手加減しないからな!!」

アーリンは、勝利を確信してニヤリと笑いながら言い放った。




決闘の結果に対する条件は

・コーディが負けたら、コーディは学園をすぐに辞めること

・アーリンが負けたら、アーリンとその傘下の貴族たち、および友人たちは必要最低限以外はコーディに関わらないこと

となった。

学園の卒業は、事務官の必須条件である。つまり、アーリンはコーディの将来を完全に潰そうとしているのだ。すでに中身が鋼になっているとはいえ、気分の悪いことだった。

対して、鋼が出した条件は、今後の学園生活における平和の保証だ。


魔法契約なので、忖度は一切ない。

本人の意志など関係なく、強制的にそうなるよう動かされるんだとか。

その契約魔法は、魔法の5系統とは全然違い、魔道具にも応用されている魔法陣を使って行使されるらしい。

魔法陣という存在は、鋼にとってまったく未知のものなので非常に興味深い。

とはいえ、今は置いておく話だ。


決闘の際に結ぶ契約は、これまた決闘に関して一切の不正をできなくする魔法契約を結んでいる、決闘専門の教師を介して結ばれる。

2人は、突然連れてこられた立会いの教師を介して魔法契約を締結した。





決闘に使う魔法練習場は、座学用の校舎の奥にある、体育館のような場所だ。

普段は魔法の実践練習のときに使う建物だが、決闘に使う場合は中央に円形の舞台をせり上げる仕組みになっている。

周囲にはぐるりと階段状の客席が用意されていて、建物こそ四角いが、さながらコロッセオのようだった。


少し魔法を確認して準備を整えた鋼が舞台に上がったときには、ほかの準備はすべて終わっていた。

立会人の教師が中央の舞台の上で待っていたし、アーリンも運動できる服に着替えて舞台の外側に椅子を置いて座っていた。ミニテーブルにお茶まで出していて、随分と余裕のようだ。

普通に考えれば、アーリンの圧勝なので当然かもしれない。


客席の部分にはたくさんの生徒が詰めかけていた。

決闘など滅多に行われないので、きっと良い見世物なのだろう。


ローブを脱いだだけの鋼を見て、アーリンは鼻で嗤ってから舞台に上がってきた。


「では、ルールは知っているな?魔法も武器もありだが、致命傷を与えると負けだ。不正も負けになる。いいな?……では、はじめ!!」


体育教師のような風体の教師の合図で、決闘が始まった。



アーリンは、すぐに杖を構えて見せた。

どの杖も同じだが、基本的には魔力を集めやすくし、さらには指向性をもたせやすくする効果があるらしい。扱う魔力に耐えうる素材を選ぶため、当然ながら魔力容量が多い場合は高価な素材が必要になる。

残念ながら、魔力を増幅させるような効果はないんだとか。


確かナッシュ公爵家は火の公爵家という二つ名があったな、と思っていると、アーリンは素早くこぶし大の火の玉を4つほど出現させ、連発するようにして鋼に向かって打ち込んだ。

一つずつ飛んできたので、鋼は落ち着いて動きを読みながら避けることを繰り返した。


それだけで、会場からどよめきが上がった。



眉を寄せたアーリンは、今度は少し大きな3つ火の玉を出し、そしてバラバラの方向から同時にぶつけるよう操作した。

3方向から火の玉が飛んでくるので、今度は避けられない。


会場からは、もうこれで終わりか、というような失望の声がこぼれ出た。


鋼は、落ち着いて両手と両足に純粋な魔力だけをまとい、そして飛んできた火の玉を叩き落とし、打ち返し、蹴り落とした。



一瞬、会場から音が消えた。



次いで、おおおおおお、というような歓声が上がった。驚きとも感動とも取れない、そんな声だ。

不可思議なものを見た観客は、思わず身を乗り出した。


まるで鋼を褒め称えるような声があがったため、アーリンは表情を歪めた。

いつも表情は高位貴族らしく取り繕っているのに、そんな余裕はなくなったらしい。


そして、アーリンは自分の頭上に3メートルはあるだろう大きな火の玉を作り出した。


どうやら本格的にキレてしまったようだ。

だから、大怪我をするかもしれないなどという配慮は頭から消え、ただただ鋼を踏み潰したいという思いに染まってしまっているように見受けられた。

立会いの教師が制止する声が聞こえた気がしたが、ルール上はまだ怪我も何もしていないので問題ない。


その火の玉は、結構な勢いで鋼の方へと飛んできた。


これを弾いてしまうと客席に飛んでいくだろうし、叩きつけたところで炎は消えないだろう。

鋼は片足を引いて体を斜めに開き、腰を落として両手をそれぞれ構えた、神仙武術の基本形を取った。

この状態からなら、ワンステップで攻撃を繰り出せるのだ。


また、あれだけ大きな火の玉だから、消火するのは大変だろう。

どういうわけか、なんとなく使える魔力量が把握できるので、そのすべてを使って水を出しても間に合うかどうか微妙、ということまでわかった。


そこで、鋼は右足に風魔法、右手に水魔法をまとった。

風魔法は、ただの風ではなく組成を操作して、酸素を取り除いた空気をまとうことにした。酸素がなければ火は燃えない。

しかし火の威力が大きいので、もう一つ手を打つことにした。それが手に用意した水魔法だ。

水魔法の方は温度を下げ、水のままだが粘性を上げておくことにした。ゴムのように広がり、広がりきった後は縮むイメージを持たせる。


あの火を見る限り、何かを燃やしているのではなく、魔力で無理やり出現させた炭素と酸素を結びつけて炎にしているらしいことがうかがえた。


一方の鋼は、魔力を基本の動力としてのみ使っているので、少しは魔力効率が良いはずだ。

風魔法は単純に酸素を取り除いた周りの空気を風にしただけ、水は空気中の水蒸気を集めて使っているだけ。

少ない魔力でも、工夫すれば十分使えると感じた。

もっとも、鋼の魔力の器は、コーディの元々の魔力の器の5倍はある。

それで人並み程度なのだから、コーディはほんとうにごく僅かな魔力をやりくりしていたのだ。


鋼は、仙人として科学を学んでおいて良かった、と思いながらもう一段階腰を沈めた。


そして、ノーアクションで風魔法をまとった蹴りを繰り出し、炎を三分の一ほどの大きさにした。

そのまま水魔法を握った拳を開きながら炎へと突き出した。

ブワリ、と広がった水は、炎を包み込むようにして広がってから収縮し、パシャリと舞台に落ちて染み込んでいった。


鋼以外の全員が、息をすることすら忘れていた。


食われるように消えた火魔法の跡を唖然と見ているアーリンに、今が好機と鋼は瞬時に詰め寄った。

そしてその勢いのまま、腹に一発拳を叩き込んだ。


「ぐ、ふっ」


アーリンは、防御もできずにその場に崩れ落ちた。



「し、勝者、コーディ・タルコット!!」



その声を聞いて、鋼は構えをといた。


ふぅ、と詰めていた息を吐き出したとき、審判の教師が声を荒げた。


「そこ!その魔法を放ったらルール違反と判断してナッシュが二度負けることになるぞ!」

「でも、先生!タルコットがあんなにできるわけがない!」

「絶対何か不正してるはずだ!!」


どうやら、観客席から何かの攻撃魔法を仕掛けようとしたらしい。

鋼の足元にはアーリンがいるというのに、随分と思い切ったことだ。


「不正はない!昨今出回りだした魔道具でもない!!これは決闘ルールに則った勝利である!!!」


教師が宣言すると、今度は「うわああああああ!!」という、まごうことなき歓声が上がった。

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