4 仙人じいちゃん若返る?

首元が生温かくて痛い。


そう思ったこうは、その原因らしい首元に噛み付いている何かを膝で蹴り上げた。


痛みから察するに、首元に怪我をしていると気づき、いつものように仙術を使って治そうとした。

しかし、体の中から感じるものは仙術とは違う何かのエネルギー。

違和感を覚えつつも、その何かを操り、首の怪我を治すことができた。体の細胞を活性化させるだけなので、特に難しくはない。


蹴り上げた何かは、狼のような黒い獣だった。

よく見れば、この狼も仙術とは違う何らかのエネルギーをまとっていることがわかった。

周りをちらりと見れば、薄暗い洞窟のような場所だ。光源は見当たらないのに、ほんのり明るいのが不思議である。壁や天井から、狼と似たようなエネルギーがうっすらと感じられた。

そしておかしなことに、出入り口が見当たらない。



―― このエネルギーは、魔力。



ふと、鋼の脳裏にある記憶らしいものから答えが出てきた。

しかしこれは、鋼の記憶ではない。


「……これはコーディ、お前さんか」

見下ろした手は、見慣れた歴戦の老人の手ではなく、怪我のある細いものだが、若々しくハリのある白い手だった。

声も、聞き覚えのない柔らかな声だ。


視界の端で、黒い狼が動くのを捉えた鋼は、しかし見逃すことなく魔力を体にまとって腰を沈め、こちらに向かってきたその鼻面に掌拳を素早く叩き込んだ。

イメージよりはずっと遅いが、十分に使い物になる体だ。そして、神仙武術しんせんぶじゅつと同じように魔力で体を強化できることもわかった。


思考は一瞬。

鋼は勢いを削がれて飛び退いた狼を追って跳び上がり、壁に叩きつけるように蹴りつけた。

思い切り蹴りつけられた狼は、壁にぶつかったときに血を吐き、そのまま命が潰えた。


「なんだこの動物は。まるでゲームじゃの」

ふと口をついて出たが、コーディの記憶によれば、まさに鋼が知るRPGゲームと同じようなシステムらしかった。

ダンジョンに湧く魔獣は、ダンジョン内で生息しており、基本的に外には出てこない。

中で討伐すると、しばらくすると遺体が消える。ちなみに、ここで人間が死んでも、時間経過で消えるらしい。


同時に、この狼がコーディの直接の死因なのだろうことも理解した。

コーディの体に、どういうわけか魂の状態で少し繋がりを持っただけの鋼が入り込んでしまったらしい。

先程の怪我の状態から察するに、噛まれてすぐに入れ替わったのだろう。あの世と呼んでいいのか、向こうとこちらでは時間の経過が違うようだ。


鋼は、その場で静かに黙祷した。


そして、一瞬繋がったときに感じたコーディの思考、愛情がほしかった、自己主張すればよかった、といった後悔の中に、小さく、しかし強く、力があれば仕返ししたかった、というものもあった。

供養というわけではないが、それくらいは鋼が代わりにしておいてもいいだろう。



もちろん、もっと酷い境遇で生きざるを得ない人がいることは知っている。それでも自分と縁ができたのは、コーディだ。

体から出る方法もわからないし、このままであれば人生を譲り受けたのと同じである。

魂の状態で癒やしはしたが、それだけでこの先の人生を貰うなんて不公平だ。どう考えても、コーディが失うものが多すぎる。

それに、できることなら悪に染まり切る前に、若者を更正させてやりたいという思いが鋼にはあった。


コーディの体に残った記憶から読み取る限り、イジメをしてきた彼らが更正できるかどうかは五分五分か、少し分が悪いかもしれない。

しかも、コーディは常に下を向いて歩いていたうえ、アーリンたちから暴力を受けるときにはぎゅっと目をつぶって耐えることしかしていなかった。

金髪の男子生徒であること以外、コーディの記憶にはアーリンの見た目の情報がなかった。周りにいた生徒も同様である。

アーリンを探し出し、どうにか仕返しした上で更正を促す。

それが、鋼の当面の目標の一つとなった。


もう一つは、魔法の探求である。


どういうわけか、この世界に仙術と思しきエネルギーは存在しない。

その代わり、魔力がある。

空気中に漂っているのか、生きている限り少しずつ体の奥に溜められていくらしい。その容量を指して魔力容量といい、溜め込むもののことを魔力の器という。器は、物理的な存在ではないが、どうやら人に紐付けられた不思議なものであるらしい。存在している次元が違うのかもしれない。


器が大きいほど魔力容量が大きい。そして器の大きさは、おおよそ遺伝で決まっているそうだ。

これまでにたくさん本を読んできたコーディの記憶によると、魔法の使い方は仙術と非常によく似ている。魔力を集め、どう使うのかを決めてイメージし、具現化する。

ただ、属性というものだけが鋼にはよく分からなかった。



火、水、木、土、風。

魔法の五属性と呼ばれるものだ。


陰陽五行の考えは仙術にもあるが、あれは火・水・木・金・土の5つだった。

金が風に置き換わっている感じだろうかと思ったが、どうやら土魔法のなかに金属を扱う魔法が含まれているらしい。

似て非なるものだが、どこか親しみが持てる。


鋼は、コーディの記憶をなぞりながら、突然開いた出口から出てダンジョンの中を進んでいった。



優先すべきは休息だ。

慣れない魔法を使ったせいか、鋼は酷い疲れを感じていた。


帰り道では、誰かが狩った後だったのか、魔獣とは出会わなかった。




◇◆◇◆◇◆




「おい、タルコット!!」

誰かが大きな声で誰かを呼んでいた。


朝からしっかり寮の食事を取った鋼は、記憶にある道筋をたどって教室へと向かっていた。


「無視するとは、お前は一体何様のつもりだ!!」

「朝からお声がけくださっているんだぞ?!」

「返事をしろ!タルコット!!」


うるさいな、と思った鋼は、その声の方をちらりと見た。

金髪の少年が2人、薄茶色の髪の少年が2人。

そういえば、記憶によると高位貴族ほど色素が薄いらしい。つまり、彼らは高位貴族なのだろう。

そして、全員がそろって鋼を睨みつけていた。


―― はて。


記憶を探ったところ、コーディのフルネームは『コーディ・タルコット』。

つまり、彼らは鋼のことを呼んでいたらしい。気づかなかった鋼が無視してしまった形だ。

呼び方はともかく、一切応えなかったので悪いことをしたと少しばかり反省した。

今後は、自分がコーディ・タルコットと名乗ることを覚えておかねばならない。


改めて彼らに向き直り、さてまずは謝るべきかと口を開こうとしたところ、中央に立っていた一番所作の整った少年が一歩こちらに踏み出しながら手を鋼の胸元へと突き出してきた。


―― 随分とやんちゃじゃのぅ。


鋼は、その手を見ながら最低限の動きでヒラリと避けた。


―― 昨日も思ったが、コーディの体はなかなかポテンシャルが高い。


動体視力は前の老体よりむしろ良いかもしれない。

ほとんど運動をしていなかった割に関節は柔らかく、反応も悪くない。

ただ、予想通り筋力だけは残念な状態だった。実際、見た目にも非常に細い。普通に食事を摂っているはずなのに、どうやら成長にエネルギーを取られているらしい。


次は、逆の手でもっと勢い良く胸元を掴もうとしてきた。

それを反対側へと体をひねって避けると、相手の少年は勢いがつきすぎてたたらを踏んだ。

「うゎっ?!」

転けこそしなかったが、キラキラしい金髪が若干乱れている。


周りに、少し離れて人だかりができてきた。


「くそっ!!タルコットのくせに生意気だぞ!」

「そうだ、避けるな!」

「大人しく言うとおりにしろ!!」

言うとおりも何も、指示などされていないし、同じ年らしい少年に命じられるいわれもない。


コーディの記憶こそ理解はしているものの、現代日本に生きていた鋼にとって『身分』というものは全く実感のともなわない制度だ。


「だいたい、怪我の一つすらないなんておかしいだろう!!」

「どうやって逃げ出してきたんだ?」

「魔力が底辺のお前があそこから一人で出られるわけがない!」

「誰かがお前なんかを助けたっていうのか?」


―― ほぅ。


すっ、と鋼の気分が冷えていった。

どうやら、目の前にいる小童こわっぱ4人が、コーディを死に追いやったアーリン・ナッシュとその取り巻きらしかった。


「避けてばかりで卑怯だぞ!!お前、僕と決闘しろ!!!」


アーリンの言葉に、ざわ、と空気が揺れた。

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