第一章
2 魔法少年コーディの人生
コーディの人生は、はじめから詰んでいた。
裕福でない、はっきり言うと貧乏な男爵家、タルコット家に生まれた。
跡取りの長男、サポートと予備の次男がすでにいて、次は他家と繋がりを持てる女児が望まれていたところに、3人目の男児として授かったのがコーディだ。
生後半年で行う魔力判定の儀式で、貴族とは思えないほどの小さな魔力の器しか持たないことが判明した。
「せめて魔法だけでも貴族並なら、魔法使いにして仕送りさせたのに」
とは、何度も聞かされた言葉だ。
お荷物、穀潰し、ただ飯食らい、役立たず。
コーディは、名前ではなくひたすらそう呼ばれて育った。
ある程度ものごとが理解できる年になると、コーディはホコリが積もった図書室か、寂れた教会の資料室に逃げ込むようになった。
家事をさせられているときはまだいいのだ。
掃除や片付け、料理の下ごしらえなど、仕事をしているときには誰もかまってこない。しかし、手持ちぶさたになった途端、家族の誰かしらから罵られ、小突かれ、殴られた。
コーディは、ひたすら小さく丸まって耐えた。
一応、骨折のような大怪我はさせられなかった。
慈悲などではない。
単純に無料の労働力をキープしたいだけだった。使い物になるギリギリのところまで、コーディは常に追い詰められていた。
あるとき、図書室にも資料室にも、家族の誰も入らないことを知ったのだ。
だから、コーディはそのどちらかで気配を消すようにしながら文字を覚え、ひたすら本を読んだ。それくらいしかすることがなかったのだが、これがコーディには合っていた。
魔法、貴族年鑑、この国の歴史学、国を中心とした地理学、外国語、数学、経理学、経営学。
およそ子どもの読む内容ではなかったが、コーディは何度も繰り返し読んだ。
そして、タルコット男爵家が貧しい理由に思い至った。至ってしまった。
猫の額ほどの小さな領地は、王都のすぐそばにある。
海の方へ抜ける街道が通っており、通行量は少なくない。通行税を取っているので、それなりの収入になるはずだった。
しかし、蓋を開けてみると赤字すれすれ。ほんの少しある農地の税金でどうにか生活している状況であった。
気になってこっそり調べたところ、どうやら通行税が高すぎてタルコット領を迂回されているらしいと分かった。
小さな領地だから、釣り上げられた通行料を考えると迂回した方が安上がりなのだ。
タルコット領内を通り抜けるのは、ほんの数日をどうしても短縮したい人か、迂回路を知らない初見の人だけだった。
たった10歳の自分にも分かるのだから、兄たちも、まして両親も分かることだと思った。
だから、暴言はあるが暴力は振るわない母の機嫌の良さそうなときに、通行料を下げれば通る人が増える、と言ってみたのだ。
しかし。
「何を分かったようなことを!ここは王国が認めたタルコット領なのよ!?通りたくない奴らに媚びる必要なんてないわ!そう旦那様が決めたのだから、役立たずのお前が偉そうに口出しすることじゃないわよ!!」
そう言って、初めて頬を張られた。
その日は、夕食を抜かれた。
あとから父がやってきて、ゴミくずはゴミくずらしく黙って使われていろ!と何度も殴られた。
それ以来、コーディは領地経営で気づくことがあっても黙っていることにした。
13歳になって、その状況が一変した。
コーディは、貴族の子息が必ず受けなければいけない魔法学園の入学試験で、奨学生として入れる点数を叩き出したのだ。
魔力こそかなり少ないが、ペーパーテストがほぼ満点だった。
ここで点数が悪ければ、入学を辞退して領地に引きこもらせられる予定だったとは、後から聞いた話だ。
魔法学園は、貴族の子どもための学校だ。
そのため魔法だけではなく、剣術や弓術のような騎士関連の体を動かす授業のほか、領地経営や経理、法律関係など、事務関連の授業も多い。
跡を継げない次男三男が、王城や裕福な貴族の家に魔法使いや騎士、事務官として雇ってもらえる、自立する道の一つなのだ。
王城に勤める事務官は、高給取りである。体裁を整える必要があるので、その費用のほかに少しくらい贅沢な生活をしても、家族を充分に養えるくらいには余る。
つまり、仕送りを期待できるのだ。
それに気づいた両親は、ころりと態度を変えた。
暴力は振るわず、猫撫で声で学園に入って王城勤めの事務官になり、このタルコット領を助けてほしいと言い出した。
兄たちにも暴力をやめさせた両親は、コーディにボロボロでない服を初めて与えた。
家事は相変わらずさせられていたが、いちいち文句をつけなくなった。
どういう形であれ、コーディは初めて家族に必要とされ、捨てるほかないほどの服ではなく、体に合ったものを与えられた。
コーディは、生まれて初めて向けられたその態度に、戸惑いながらも希望を見出した。
だから、入学までの半年ほどだが、家事を頑張ったし足りなさそうな勉強も頑張った。
入学まで一週間、というある夜。
家族が集まるリビングの前を、洗濯物を持って通りかかった。
「ほんとに、あいつなんかのために馬車を借りるのかよ?」
2番目の兄だ。
話から察するに、コーディの入学のときに借りる馬車の話らしい。タルコット領が王都のすぐそばだとはいえ、魔法学園までは馬車で2時間かかる。
入学試験のときは、母が付き添いという名の買い物のために馬車を借りたので、コーディのためではなかった。
「当然だ。歩いて向かうなんて論外だ。タルコット領の恥を晒すことになる。お前たちだって馬車で行ったんだ。もしあいつだけ歩かせれば、経営が悪化してるなどと噂されかねない」
6つ上の2番目の兄も、長男である8つ上の兄も、3年通う学園はすでに卒業済みだ。
コーディは、思わず足を止めた。
「それもそうだが、どうせご機嫌取りだろ?」
一番上の兄だ。
うふふ、と楽しそうに笑ったのは母。
「いいじゃない!タダで学園に通ってくれる上に、その後は生活費を賄ってくれるのよ!素晴らしい財布だわ」
「財布か。そりゃいい」
「役立たずが財布になるなら、ちょっとくらい我慢するか」
あははは、と響く笑い声。
そして、将来何がほしいか、不労所得でどんな贅沢をするかという話になっていった。
そこに、コーディは含まれていなかった。
コーディは、心が冷えていくのが分かった。
家族にとって、コーディはどこまでも便利な道具でしかなかったのだ。
希望を持ってしまったがために、その落差はコーディを酷く疲弊させた。
貧乏なせいだと思いたかった。
兄たちが享受している愛情のかけらだけでも、自分に向けてほしかった。
せめて家族として、人として見てもらいたかった。
それからの一週間、コーディはひたすら機械的に過ごした。
絶望こそしたものの、別の希望を見出したのだ。
この家族と離れて自立する。
たとえ金銭的に搾取されようと、身近にいないという状況が手に入る。
そのために、学園で必死に勉強しようと決めた。
せめて一人で暮らす平和くらい、手に入れてもいいだろう。
コーディは、やっと家族に期待するのをやめた。
しかし、学園には家とはまた別の地獄が待っていたのである。
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