第一章 冒険者を拾う②

 ミカゲは、部屋のソファで転がりながら、キッチンでテキパキと掃除をするリリーをながめた。

 さきほどまでは、部屋でおどおどとして借りてきたねこのようだったのに、食事の話をしたたん急にあわただしく動き出した。

「このキッチンって、とっても広くて使いやすそうですね! おなべなんかもそろっていてすごいです!」

 そう嬉しそうにしているリリーを見ていると、何故かほほえましく感じる。

 ミカゲにとって、リリーとのけいやくは幸運だった。

 冒険者としての自分には、Sランク、という階級がついている。

 それは、冒険者がつどう城下町でも十人居ないランクだ。もちろん国の団では、同じような強さのものはもっと居るはずだが。

 ギルドにとってSランクは手放せない、そしてがたい人材だ。自分たちの地位を守るためにも確保しておきたいし、けんしたい場所がたくさんある。

 しかし、通常Sランクともなれば、金にも女にも困らず、自由に生きられる。ギルドにしばられないのだ。

 実際ミカゲの知り合い達もくせが強いものが多く、気が乗らなければどんな好条件でもらいは受けなかったりする。

 そこで、ミカゲだ。

 ミカゲはのろわれている。

 それは、あるダンジョンでたおしたものが、死にぎわにかけてきたものだ。呪いによって死の危機にあったミカゲに対して、冒険者ギルドは王城所属のくすから仕入れたというポーションをわたした。まだ、開発途中だけれど、わずかな希望として。そして、それは実際効果があった。

 しかし、完全に呪いを解く事はできず、定期的にポーションを飲む必要があった。

 Sランクであろうが、王城所属の薬師から開発途中のポーションをゆうずうしてもらう事は難しい。

 呪いを解かないまでも進行を止めるだなんて、上位の機密こうなのはちがいない。手に入った事がすでにせき的だとわかっていた。

 実際、ミカゲが伝手つてを使って調べたけれど、作製者どころか情報すら全くつかめなかった。

 だから、ポーションを手に入れる為にここのギルドからはなれる事は出来なくなった。

 依頼に対する条件は通常のSランクと変わらない。ただ、げられない。

 もう、五年ほどとらわれている。

 ミカゲにかかっている呪いは単純なものだ。放置しているとじよじよに体をむしばみ、動かなくなる。

 半年に一度程度のポーション。たったそれだけなのに。

 今は依頼をこなして戻ってきたばかりだ。後何ヶ月かは自由にしてもいいだろう。ミカゲの手にはぼうけん者ギルドから受け取ったポーションがある。

 ギルドだって、こんな事でミカゲを手放すはずがない。こんな都合よく言う事を聞くSランクなんてほかに居るはずがないのだから。

 ギルドのどんどん高圧的になる態度にも、従うしかない。何がSランクだ。

 暗い気持ちで、緑色のその液体を見る。

 身体からだが、動かなくなったら。とうばつで、大きなをしたら。

 ただ、年を取っておとろえたら。

 あっという間にギルドはミカゲの事を見捨てるだろう。

 不安ばかりで先の見えない生活が、もういやだった。仕事はこくきわめ、そして楽しさは全く感じなくなってしまった。

 依頼数をこなしているため、金だけはおどろくほど入ってくる。しかし、それが何か意味のある数字だとは思えなかった。

 ここの家を買ったのは、住むつもりは全くなく倉庫にするためだ。宿屋の方が常に身の回りをれいにしてくれるし、食事も出てくるし気楽だ。

 寄ってくる女もたくさんいたが、呪いの事を考えると気が重く、相手にする気にはなれなかった。それに、そういう女はSランクというかたきしか見ていない。

 リリーはSランクとしての自分を知らない。ぎたない姿をした自分を、心配そうに見る彼女の視線が心地ここちよかった。そして何故だかとてもうれしかった。彼女のじゆんすいな、視線。

 そして、リリーはお金を持っていたのでSランクの自分とも問題なく契約できた。……な人間をやとうのに大枚をはらうのはどうかと思うけど。ミカゲにとって都合がよすぎる展開に、信じられない気持ちだったぐらいだ。

 何故か満足そうな彼女に疑問を残しつつも、有り難く契約させてもらった。

 三ヶ月だ。

 三ヶ月は自分の為に時間を使いたい。何かかりが欲しい。

 もちろん護衛はするつもりだけれど、こんなか弱そうな少女に何か問題が起こるとしても、せいぜい物取りにあうぐらいだろう。片手間にやったとしても、おくれを取るはずがない。彼女が大金を持っているとしても、申し訳ないがミカゲにとっては容易たやすい仕事だ。

 リリーには、最後にほうしゆうとして受け取る金額に見合う何かを渡そう。途中でわれに返って逃げられると困るから、最後の時に。

 ミカゲはそっとため息をついて、自分の気持ちに整理をつける。

 キッチンからは何か美味おいしそうなにおいがしている。

 これが三食ひる付きの一食なのか。誰かが自分の為に作る食事なんて、いつ以来だろう。リリーがごげんで鍋を混ぜているのを見ながら、ミカゲはほほえんだ。


   ● ● ●


 私はしよくたくに料理を並べ、ミカゲに声をかけた。並んだお皿に、自然とみがかぶ。

「簡単ですができました! 食べましょう」

「おーありがとう。うまそうだな」

「……良かったです。いただきます」

「いただきます」

 作ったものをめてくれるだなんて思ってもみなかったので、とても嬉しくなる。

 ここはキッチンがとても立派なのに材料はほとんど揃っておらず、非常用のかんづめものしかなかった。それで、私は栄養のありそうなものをんだリゾットを作った。

 二人で手を合わせ、スプーンを口に運ぶ。トマトの缶詰ベースで簡素な味だけど、あったかくて美味しい。

 ミカゲも美味しそうに食べてくれているので、ほっとする。

「あったかい食事は久しぶりだ。食事付きの契約だけど、作ってもらうとは想定してなかったな」

「こんなに広くて立派なキッチン初めてだったので、つい。あの、もちろん次からは食堂で食べてもいいですよ」

 私が言うと、ミカゲはまゆを寄せた。

「いや、だいじようだ。外に出ると色々とめんどうだからこのままでいい」

 ミカゲは外に出ないらくな生活がしたいらしい。護衛的にも外に出ると気をつけなければいけない部分が多いから大変なのかもしれない。護衛の事なんて気にしなくてもいいのに。

 それでも、こうやってごはんを作っていつしよに食べる生活が続くのかもしれないという事に、どきどきする。私は喜んでいる事をミカゲにさとられないように、話題を変えた。

「それにしても、ここの家はだれに借りてるんですか? すごく高そうです」

「……いや。ここは知り合いの家だ。だんは倉庫として使っているだけだから、自由に使っていい事になってる。個人的に貸しがあるから賃料も払ってないし気にしないでくれ」

「わーすごくお金持ちのお友達が居るんですね。びっくりします。本当にいいんでしょうか」

「二階にしんしつもあったはずだ。家具や寝具も一通りはそろっている。ここで一緒に生活すると護衛するにも楽だから、そうしてくれると助かる」

「そうですね! 効率大事です」

 ミカゲの言葉に笑ってしまう。何処までものんびりだ。でも、今も姿はぼろぼろだったから、無理もないかもしれない。しばらく冒険者ギルドのらいをこなしていたのだろう。

 ギルド職員のミチルの態度を見るに、ミカゲはかなり過酷な生活をいられていそうだった。ミカゲがこうしてのんびりと過ごしているのを見ると、何故なぜか自分も嬉しい。

 多分、これは自己満足だ。

 自分が人にしてほしかった事をしているのだ。おたがいにとって、良い生活になるといい。

「ごちそうさま。美味しかった。ここはしばらく使ってないけど、もあるから入るといい」

「わーお風呂があるなんてすごいですね! お湯のせきって高いのに!」

 お風呂はいつぱん家庭にはほとんどなく、公共の浴場に行ったりお湯をかしたもので体をいたりするのが一般的だ。まさかお風呂があるなんて。

 後、お風呂は地味にランニングコストも高い。流石さすがにここは払いたい。

 ……三ヶ月は、お金の事は忘れよう。どうせあぶくぜにだし。

「あ! でもミカゲさんが先に入ってくださいね。かみの毛も服もめちゃめちゃです」

「あーそれは確かにな。腹もいっぱいになったし、入ってくる。……のぞくなよ」

 うなずいてお風呂場に向かうミカゲは、最後にり返ってにやっと笑った。

「もー覗きませんよ!」

 私もつられて笑ってしまう。

 今のうちに後片付けをしよう。二人分の食器。思わずまじまじと見てしまう。誰かと食べるごはんって驚くほど美味しい。

 これは慣れすぎないようにしなくては。

 私は食器を重ねてキッチンに向かった。



 ギルドに向かうまではどん底のままだったのに、こんなふかふかのベッドで、おだやかな気持ちで寝られるなんて夢のようだ。ミカゲが出してくれた寝具はいいもので、ふわふわの毛布に包まれるとそれだけで嬉しい。

 ミカゲに案内された寝室で、てんじようを見上げながら私は今日の出来事を思い返した。

 全く想像もしなかった展開に、不思議な気持ちになる。

 三ヶ月だけとはいえ一緒に、誰かと住むなんて。

 お風呂から出たミカゲは、ぎんぱつがとてもよく似合う綺麗なふんの人だった。

 ミカゲが気だるげに髪をタオルで拭いていると、キラキラとした銀髪がれるのが見えた。えた服はうすで、細身だけれど均整の取れた身体からだつきがわかり、びっくりしてしまう。

 少し冷たい印象の整った顔に、ついどきどきしてしまったのはないしよだ。

 学園に入るまでは殆ど人とかかわった事はなかったし、学園でも職場でも遠巻きに人を見ていたぐらいなのでたいせいが全くない。

 こんな風に意識しているとばれたら、ミカゲがのんびり生活できないだろう。

 私は目をつむって、自分のぼんのうを振り払った。

 あっという間にすいはやってきて、私の意識は遠くに行った。



「おう、おはよー」

「おはようございます」

 起きて下の部屋に行くと、ミカゲは今日もソファで転がっていた。しかし、綺麗になったミカゲは、それだけでも何か絵になりそうな格好良さでどうようする。

「朝ごはんは昨日と同じメニューですみません。買いに行ってもいいですけど」

「それでいい。……むしろそれがいい」

 昨日のリゾットもどきが気に入ったのだろうか。ミカゲはトマト味が好きなのかもしれない。心のメモに書き込む。

 もう一度火にかけ温めなおして、向かい合って食べる。

「とりあえず今日はそうして、買い出ししましょう!」

 ここの家は聞いていた通りほこりだらけだ。とてもいい調度品が揃っているのに、ほこりっぽいので台無し感がある。それでもすごくきたない訳ではないのは、定期的に手が入っているのだろう。

 家の掃除は実はとても得意だ。家族で住んでいた時も、掃除は私の担当だった。

 ミカゲは気にしていなそうだけれど、住むなられいな方がいいだろう。家主だって、ずっと空き家だと家がいたむからミカゲに住んでもいいと許可を出したのかもしれないし。

 とん類だけはきちんとしまい込まれていたため、とても綺麗ですぐにる事ができ有りがたかった。

「買い出しって、何か欲しいものでもあるのか?」

 とぼけた声で、ミカゲが聞いてくる。

「食べ物が、ありません!」

 缶詰と乾物では、栄養面で死んでしまう。ミカゲをやとった以上、栄養不足なんて事は責任上良くない。

 一人ならともかく、二人ならきちんとしたものを取りたい。いつものように、パンとスープだけではない方がいいだろう。

 ミカゲは、すらっとしつつも筋肉がついているのでお肉とかが好きかもしれない。

 幸いお金はあるのだ。今までは料理については必要にかられてのものだったけれど、美味おいしいものを作りたい気持ちになる。

 私の勢いに押されたのか、ミカゲは何度も頷いている。

「ミカゲさんは、とりあえず転がって警備していてください。私は、お部屋の掃除をしてきます!」

「……ああ。よろしくたのむ」

 ミカゲは目をぱちぱちとさせて、返事をした。私は頷いて、バケツを探して水場に向かった。

「すごい……! こっちもお湯が出るようになってる!」

 掃除用の流しでもお湯が使えるようになっている。使用人にもやさしい仕様だ。流石お金持ちはすごい。

 ここに住んでいた人はどんな人だったんだろう。こんなにごうな家を使っていいだなんてすごいな。

 ざばざばとバケツにお湯を入れて、ぞうきんも用意する。

 まずはミカゲが寝ている部屋から掃除だ。寝具が綺麗でも周りがほこりっぽければ健康に良くない。

 私は張り切ってバケツを持ち上げた。



 寝室の掃除をしっかりと終えられたので、お昼ごはんもねて買い出しに行く事にした。ミカゲにそれを伝えると、彼は荷物持ちを買って出てくれた。

 そして二人で並んで買い物に向かったけれど、すぐに現れたけんそうに私はぼうぜんとしてしまう。

おどろくほど市場に近いですね……」

 便利なんていうレベルではない。高級住宅街だとわかっていたけれど、昨日はそこまで意識出来ていなかった。

 これは近すぎる。ぽーんと高級住宅をミカゲに貸してくれる知り合いがこわい。

 まさか、不法しんにゆうだったりしないよね?

 意識せずにミカゲに疑いの視線を送ってしまっていたようで、ミカゲがしんそうな顔をした。

「なんだ? 何かあったか?」

「い……いえ、なんでもありません」

「なんでもなくないだろ。気になるから言えよ」

「ううう。おこらないで聞いてほしいんですが、あの家は本当に使ってだいじようやつかなあと、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ思っただけです! ごめんなさい!」

 私が思い切ってざんすると、予想に反してミカゲは大笑いした。

「昨日も言っただろう? 家主には貸しがあるって。それにそもそも俺はお金持ちなんだぞ」

「もー。私もミカゲさんも鹿だと思われるからやめようって言ったじゃないですか」

 私も怒られなかった事にほっとしつつ、じようだんを返す。

 言葉を選ばなくていいだなんて不思議だな。

 ミカゲと居ると自然と力がける自分が居る事に気が付く。

 家が綺麗になったらおやつも作ってみようかな。なんとなくだけど、ミカゲはめてくれる気がした。

「さてさて、どこから行きましょうかおじようさん」

「まずは野菜から買いましょう!」

「えー肉がいいよ肉が」

「お肉も買いますけど、野菜がないといい身体になれませんよ!」

「……俺の方が、よっぽどリリーより強く出来てると思うけどな……」

「それは確かに」

 うでも足も細い自分の身体を見る。胸だけは何故なぜかあるが、全体的に弱そうだ。

 でも、それはきっと今まで節約で雑な食事をしてきたせいだ。栄養不足にちがいない。

「すぐに、私の方がいい身体になるでしょう」

「その細い身体のどこからその自信出てくるんだよ」

 私は確信を持って言ったが、ミカゲはあきれたように笑った。



 そうしてミカゲを雇って一週間。全部の部屋も綺麗になり、生活も安定した気がする。

 ベーコンエッグと白いパンとチーズという、簡単だけれど値段は高く栄養が取れそうな朝食を食べながら、私はミカゲに相談する事にした。

 ちなみにこのメニューのほかに、ミカゲはとりこうそう焼きも食べている。よく食べる人だ。

「あの、私仕事を探していまして。朝ごはん食べ終わったら、今日も出かけようと思っているんですが」

「それだったらついていくぞ。外は危ない」

 本当は全然危なくない。この間まで私はこの辺はひとりで出歩いていたし、城下町は夜間に女の人の一人歩きも少なくない。

 それでも、警備の仕事の建前があるだろうから仕方がない。めんどうをかけて申し訳ないが、付き合ってもらうしかないだろう。

「ありがとうございます。実は仕事を探すのは初めてでして、ちょっとどこからはじめたらいいのか。あしに付き合わせてしまうかもしれません」

「求人なら各ギルドであつせんしているとは思うけど……リリーはポーションが作れるだろう? くすの仕事をしていたんじゃないのか?」

「そうです! 薬師の仕事をしていました。五年も働かないうちに、追い出されてしまいましたが……」

「何か失敗をしたのか?」

「……いえ、上司に作ったものを見せたら、いかりを買ってしまったようで。研究はさせてもらえなくなって、最後はやってもいない事で首になってしまったんです」

 もう気にしていない風をよそおって言おうと思ったのに、失敗してしまった。

 それでも、ミカゲには信じてほしくて本当の事を話してしまった。まどわせるだけだから、言わなければいいとわかっていたのに。

 私が研究していたポーションは、上司には作り方を聞かれてきちんと説明したにもかかわらず、とくしているなどとられた。そしてかんしよくに追いやられたあげく、勝手に材料を使いこんでいると言われ、首になった。

 何度か作れと言われて作ったあのポーションは、何処どこに行ってしまったのだろう。王城では、私がどこかへ横流しした事になっている。

「何だそいつ! ひどい目にあったな……今からでもうつたえられないのか?」

 立ち上がって不快そうにまゆひそめるミカゲに、あっという間に救われた気持ちになる。私の話した事を疑うりもなかった。

「ふふ。ありがとうございます。私、ちゃんと周りの事が見れていなかったので仕方なかったんです。仕事が楽しくてかれていたのかもしれませんね」

「なんで笑ってるんだよ。全然良くないだろ!」

「いえ、ミカゲさんが怒ってくれた事がうれしくて」

「なんだよ……それ」

 私がそう言うと、ミカゲはさらに険しい顔をして、横を向いた。そして、その事をすように話を変えた。

「ところで、どんなもの作ったらそんな事になるんだ? そんな危ないしろものだったのか?」

「危険だなんて! ただの新しいポーションですよ」

 ミカゲは私の事をなんだと思っているんだろう。

「新しいポーション? それはすごいんじゃないか? 今までと効能が違うのか?」

 興味ありげに聞かれて、私はすっかり嬉しくなった。

つうのポーションは、知ってるかもしれませんが、効能のある薬草とものから採れる素材を混ぜて作ります。物は違えど、必ずその二つが必要なんですよね。それって理由を考えたんですけど、魔物素材からは魔力を使っているんじゃないかと思いまして! それでその研究をしていたんです。そうしたら、魔力を混ぜる事によって色々な効能を強くしたりする事ができるとわかったんです。すごくないですか? すごいでしょう!」

 嬉しさにいきぎもしいぐらいに語ってしまった。気が付けば勢いでミカゲの手までにぎっている。私は自分の行動にびっくりしてあわてて手をはなそうとしたが、ミカゲにそっと握り返されてしまう。そして、解こうにも解けない。

 なんか、かんがあるな。私はあきらめて握られた手をそのままにする。ミカゲは何故か私の目をまっすぐに見つめていた。

「薬師の仕事が好きなんだな」

 確かめるように言われて、私はうなずいた。

「そうですね。勉強ばかりの人生でしたけど、いやではなかったです。むしろ知らない事を覚えるのは楽しくて、研究も好きでした。その代わり、人間関係は捨てた感じになってしまいましたが」

 友達と呼べる人は居ないし、家族も居ない。勉強しようにも、今はかんきようもない。

 そんなため息をついた私に、ミカゲはえんりよがちに家族の事を聞いてきた。

「リリーは、家族は居ないのか?」

 私は問われるままに、ミカゲにこれまでの事を話した。

 身体からだが弱く、勉強と家事で過ごしてきた事。学園に入った時に喜んでくれた事。りように入って送金すると、手紙のやりとりができた事。

 ……れんらくが取れなくなり、宝くじのお金を手にして向かった自宅にはもうだれも居なかった事。

 ミカゲはしんけんな顔で、頷きながら私の話に耳をかたむけてくれた。

「それまで、ずっと金を送っていたのか? 文句も言わずに」

「私、すっかり節約上手になったんですよ」

 ふふふ、と私は笑って見せたけれど、ミカゲは笑わずに怒りをにじませた声で聞いてきた。

「リリーだけが、そんな目にあっていたのか?」

 そんな目に、と言われても実家に居た時の事はそこまでひどかったとは思えない。ただ、もぬけのからだった実家を見た時に気が付いたのだ。

「……そうですね。両親は私の事を家族だとは思えなかったみたいです」

 口に出すと、ポロリとなみだこぼれた。軽い口調で言いたかったのに、失敗だ。

 下を向きぎゅっと涙をこらえようとすると、強い力で引き寄せられそのままかたかれた。

「そんな風に言うなよ。嫌な事を聞いて、ごめん」

 謝られておどろいてミカゲを見ると、私のほおに流れる涙をミカゲが手で乱暴にぬぐってくれた。引き寄せた力強さとは裏腹に、なだめるように背中をでてくれるミカゲの手付きはやさしい。

 ミカゲの体温が温かく、こわばった身体から力がけていくのを感じた。

 思わぬ優しさに勇気を得て、言葉を続ける。

「妹はとっても器量が良くて、可愛かわいい子なんです。うわさによると、貴族の方にめられて、家族ごととついで行ったみたいです。すごいですよね貴族だなんて。そういう子なんです。誰からも愛されるような」

 妹であるアンジェの顔を思い出す。

 天使みたいだと評される、明るくて誰にでも物おじしない可愛い子。よく言われてきた。いんな姉とは別物だ、と。

 あんな風に可愛い子が居たから、両親は私の事は家族だと思えなかったのだろうか。

 いんうつな気持ちで思い出していると、ミカゲは私の肩をそっと撫でた。

「リリーは、そんな家族とまだいつしよに居たいのか?」

 その言葉を私はうでの中ではんすうした。

 思いついた言葉に自分でも戸惑ってしまい、それが伝わったのかミカゲも首をかしげている。

「うーん……そうですね。引きずっていないと言えばうそになります。でも」

 気持ちのままにそこまで言って、私は慌てて口を閉じた。

「でも、なんだよ」

「ええと。ずうずうしいっておこらないでくれますか?」

「俺ほどおだやかな人間は居ない。ほぼ神様だ」

「ギルドで怒鳴りあってましたよね見てましたよ」

「……あれはこうりよくってやつだ」

「ふふふ。そういう事にしておきます。……ええとですね。私は家族がとても大事でしたし、役に立ちたいとずっと思ってきました。でも、残念ながら私の事は大事にしてくれなかったんです。今、ミカゲさんと一緒に居て、すごく心地ごこちがいいんです。……だから、大事にしあえる人と一緒に居るのがいいな、と思ったんです」

 口に出すとものすごくずかしい。居たたまれない気持ちでいると、ミカゲはいたずらっぽい顔をして笑った。

「それって俺とずっと一緒に居たいって事?」

 もちろん願望として持っているけれど、そんな事は当然言えない。両手をぶんぶんとって無実を訴える。

「いえ! そんな図々しい事は考えていません……! ええと、いつか、誰かとそうなれたらなって……」

 願望が大きすぎて赤くなる頬を押さえようとすると、何故なぜか先にミカゲの大きい手が私の頬を包んだ。

「……誰かって誰だよ」

「えっ。なんて言いました?」

「いや、なんでもない。そうだな。絶対見つかる」

 ミカゲが断言してくれて、私は何故か嬉しい気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜになったような気持ちになった。それを振りはらうように、頷く。

「ミカゲさんがそう言ってくれると、何故か信じられるんですよね。おかしいですよね、知り合ってまだほんのちょっとなのに」

 本当にまだ知り合って少しのミカゲに、すっかり甘えた気持ちになっている自分を自覚し、驚く。

「それなら、信じてくれ。今の気持ちはちがいじゃない。俺は親が居なかったから家族の事はわからないけれど、それでもそんなやつらから離れた方がいいのはわかる。ある意味居なくなってくれて良かったんだ。晴れて自由だもんな」

 明るくひびくミカゲの言葉に、私はきよかれた。

「晴れて、自由」

「そうだろう? 仕事だって、家だって好きに選べる。お金だってあるじゃないか」

 何が問題なんだ、と問われればその通りな気がしてくる。でも、そんなじようきよう、信じられない。

 それじゃあ、本当に夢みたいだ。

 ぼんやりとする私に、ミカゲは楽しそうに提案してくる。

「そうだ! 薬局を開くのはどうだ? ポーションが得意なら、ここを改造して店にすればいいし新たに店を買ったっていい。ポーションを作れるものは少ないから、新たな店ができるのはかんげいされる」

「自分の、お店……。そんな事、本当に?」

「そうだよ。資金があるんだから好きな研究だってしたらいいじゃないか。足りないようなら俺が投資してもいいぞ」

 最後はからかうような口調で、私は思わずき出した。

「投資先としては、危ないですよ」

「先見の明があると言ってくれ」

「そうだといいですね。……でもなんか、すごく元気が出ました。私、薬局やってみようかな。資金が足りるかはわからないですけど、作ってみたいものもたくさんあるんです」

 口に出すと、本当に次から次へと作ってみたいものがたくさん出てきた。今までレシピは知っていたものの作れなかったもの、あと少しで作れそうだったポーションが思い出される。

 自分の中に、こんなに色々な願望があった事に驚くと同時にうれしくなる。

 これが自由という事なのかもしれない。

 指折り数えて考えていたところで、私はそういえば、と思い出す。

「ミカゲさんののろいも、私の方で解きましょうか?」

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大金を手にした捨てられ薬師が呪われたSランク冒険者に溺愛されるまで 未知香/角川ビーンズ文庫 @beans

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