第一章 冒険者を拾う②
ミカゲは、部屋のソファで転がりながら、キッチンでテキパキと掃除をするリリーを
「このキッチンって、とっても広くて使いやすそうですね! お
そう嬉しそうにしているリリーを見ていると、何故かほほえましく感じる。
ミカゲにとって、リリーとの
冒険者としての自分には、Sランク、という階級がついている。
それは、冒険者が
ギルドにとってSランクは手放せない、そして
しかし、通常Sランクともなれば、金にも女にも困らず、自由に生きられる。ギルドに
実際ミカゲの知り合い達も
そこで、ミカゲだ。
ミカゲは
それは、あるダンジョンで
しかし、完全に呪いを解く事はできず、定期的にポーションを飲む必要があった。
Sランクであろうが、王城所属の薬師から開発途中のポーションを
呪いを解かないまでも進行を止めるだなんて、上位の機密
実際、ミカゲが
だから、ポーションを手に入れる為にここのギルドから
依頼に対する条件は通常のSランクと変わらない。ただ、
もう、五年ほど
ミカゲにかかっている呪いは単純なものだ。放置していると
半年に一度程度のポーション。たったそれだけなのに。
今は依頼をこなして戻ってきたばかりだ。後何ヶ月かは自由にしてもいいだろう。ミカゲの手には
ギルドだって、こんな事でミカゲを手放すはずがない。こんな都合よく言う事を聞くSランクなんて
ギルドのどんどん高圧的になる態度にも、従うしかない。何がSランクだ。
暗い気持ちで、緑色のその液体を見る。
ただ、年を取って
あっという間にギルドはミカゲの事を見捨てるだろう。
不安ばかりで先の見えない生活が、もう
依頼数をこなしているため、金だけは
ここの家を買ったのは、住むつもりは全くなく倉庫にするためだ。宿屋の方が常に身の回りを
寄ってくる女もたくさんいたが、呪いの事を考えると気が重く、相手にする気にはなれなかった。それに、そういう女はSランクという
リリーはSランクとしての自分を知らない。
そして、リリーはお金を持っていたのでSランクの自分とも問題なく契約できた。……
何故か満足そうな彼女に疑問を残しつつも、有り難く契約させてもらった。
三ヶ月だ。
三ヶ月は自分の為に時間を使いたい。何か
もちろん護衛はするつもりだけれど、こんなか弱そうな少女に何か問題が起こるとしても、せいぜい物取りにあうぐらいだろう。片手間にやったとしても、
リリーには、最後に
ミカゲはそっとため息をついて、自分の気持ちに整理をつける。
キッチンからは何か
これが三食
● ● ●
私は
「簡単ですができました! 食べましょう」
「おーありがとう。うまそうだな」
「……良かったです。いただきます」
「いただきます」
作ったものを
ここはキッチンがとても立派なのに材料は
二人で手を合わせ、スプーンを口に運ぶ。トマトの缶詰ベースで簡素な味だけど、あったかくて美味しい。
ミカゲも美味しそうに食べてくれているので、ほっとする。
「あったかい食事は久しぶりだ。食事付きの契約だけど、作ってもらうとは想定してなかったな」
「こんなに広くて立派なキッチン初めてだったので、つい。あの、もちろん次からは食堂で食べてもいいですよ」
私が言うと、ミカゲは
「いや、
ミカゲは外に出ない
それでも、こうやってごはんを作って
「それにしても、ここの家は
「……いや。ここは知り合いの家だ。
「わーすごくお金持ちのお友達が居るんですね。びっくりします。本当にいいんでしょうか」
「二階に
「そうですね! 効率大事です」
ミカゲの言葉に笑ってしまう。何処までものんびりだ。でも、今も姿はぼろぼろだったから、無理もないかもしれない。しばらく冒険者ギルドの
ギルド職員のミチルの態度を見るに、ミカゲはかなり過酷な生活を
多分、これは自己満足だ。
自分が人にしてほしかった事をしているのだ。お
「ごちそうさま。美味しかった。ここはしばらく使ってないけど、
「わーお風呂があるなんてすごいですね! お湯の
お風呂は
後、お風呂は地味にランニングコストも高い。
……三ヶ月は、お金の事は忘れよう。どうせあぶく
「あ! でもミカゲさんが先に入ってくださいね。
「あーそれは確かにな。腹もいっぱいになったし、入ってくる。……
「もー覗きませんよ!」
私もつられて笑ってしまう。
今のうちに後片付けをしよう。二人分の食器。思わずまじまじと見てしまう。誰かと食べるごはんって驚くほど美味しい。
これは慣れすぎないようにしなくては。
私は食器を重ねてキッチンに向かった。
ギルドに向かうまではどん底のままだったのに、こんなふかふかのベッドで、
ミカゲに案内された寝室で、
全く想像もしなかった展開に、不思議な気持ちになる。
三ヶ月だけとはいえ一緒に、誰かと住むなんて。
お風呂から出たミカゲは、
ミカゲが気だるげに髪をタオルで拭いていると、キラキラとした銀髪が
少し冷たい印象の整った顔に、ついどきどきしてしまったのは
学園に入るまでは殆ど人と
こんな風に意識しているとばれたら、ミカゲがのんびり生活できないだろう。
私は目をつむって、自分の
あっという間に
「おう、おはよー」
「おはようございます」
起きて下の部屋に行くと、ミカゲは今日もソファで転がっていた。しかし、綺麗になったミカゲは、それだけでも何か絵になりそうな格好良さで
「朝ごはんは昨日と同じメニューですみません。買いに行ってもいいですけど」
「それでいい。……むしろそれがいい」
昨日のリゾットもどきが気に入ったのだろうか。ミカゲはトマト味が好きなのかもしれない。心のメモに書き込む。
もう一度火にかけ温めなおして、向かい合って食べる。
「とりあえず今日は
ここの家は聞いていた通りほこりだらけだ。とてもいい調度品が揃っているのに、ほこりっぽいので台無し感がある。それでもすごく
家の掃除は実はとても得意だ。家族で住んでいた時も、掃除は私の担当だった。
ミカゲは気にしていなそうだけれど、住むなら
「買い出しって、何か欲しいものでもあるのか?」
とぼけた声で、ミカゲが聞いてくる。
「食べ物が、ありません!」
缶詰と乾物では、栄養面で死んでしまう。ミカゲを
一人ならともかく、二人ならきちんとしたものを取りたい。いつものように、パンとスープだけではない方がいいだろう。
ミカゲは、すらっとしつつも筋肉がついているのでお肉とかが好きかもしれない。
幸いお金はあるのだ。今までは料理については必要にかられてのものだったけれど、
私の勢いに押されたのか、ミカゲは何度も頷いている。
「ミカゲさんは、とりあえず転がって警備していてください。私は、お部屋の掃除をしてきます!」
「……ああ。よろしく
ミカゲは目をぱちぱちとさせて、返事をした。私は頷いて、バケツを探して水場に向かった。
「すごい……! こっちもお湯が出るようになってる!」
掃除用の流しでもお湯が使えるようになっている。使用人にも
ここに住んでいた人はどんな人だったんだろう。こんなに
ざばざばとバケツにお湯を入れて、
まずはミカゲが寝ている部屋から掃除だ。寝具が綺麗でも周りがほこりっぽければ健康に良くない。
私は張り切ってバケツを持ち上げた。
寝室の掃除をしっかりと終えられたので、お昼ごはんも
そして二人で並んで買い物に向かったけれど、すぐに現れた
「
便利なんていうレベルではない。高級住宅街だとわかっていたけれど、昨日はそこまで意識出来ていなかった。
これは近すぎる。ぽーんと高級住宅をミカゲに貸してくれる知り合いが
まさか、不法
意識せずにミカゲに疑いの視線を送ってしまっていたようで、ミカゲが
「なんだ? 何かあったか?」
「い……いえ、なんでもありません」
「なんでもなくないだろ。気になるから言えよ」
「ううう。
私が思い切って
「昨日も言っただろう? 家主には貸しがあるって。それにそもそも俺はお金持ちなんだぞ」
「もー。私もミカゲさんも
私も怒られなかった事にほっとしつつ、
言葉を選ばなくていいだなんて不思議だな。
ミカゲと居ると自然と力が
家が綺麗になったらおやつも作ってみようかな。なんとなくだけど、ミカゲは
「さてさて、どこから行きましょうかお
「まずは野菜から買いましょう!」
「えー肉がいいよ肉が」
「お肉も買いますけど、野菜がないといい身体になれませんよ!」
「……俺の方が、よっぽどリリーより強く出来てると思うけどな……」
「それは確かに」
でも、それはきっと今まで節約で雑な食事をしてきたせいだ。栄養不足に
「すぐに、私の方がいい身体になるでしょう」
「その細い身体のどこからその自信出てくるんだよ」
私は確信を持って言ったが、ミカゲは
そうしてミカゲを雇って一週間。全部の部屋も綺麗になり、生活も安定した気がする。
ベーコンエッグと白いパンとチーズという、簡単だけれど値段は高く栄養が取れそうな朝食を食べながら、私はミカゲに相談する事にした。
ちなみにこのメニューの
「あの、私仕事を探していまして。朝ごはん食べ終わったら、今日も出かけようと思っているんですが」
「それだったらついていくぞ。外は危ない」
本当は全然危なくない。この間まで私はこの辺はひとりで出歩いていたし、城下町は夜間に女の人の一人歩きも少なくない。
それでも、警備の仕事の建前があるだろうから仕方がない。
「ありがとうございます。実は仕事を探すのは初めてでして、ちょっとどこからはじめたらいいのか。
「求人なら各ギルドで
「そうです! 薬師の仕事をしていました。五年も働かないうちに、追い出されてしまいましたが……」
「何か失敗をしたのか?」
「……いえ、上司に作ったものを見せたら、
もう気にしていない風を
それでも、ミカゲには信じてほしくて本当の事を話してしまった。
私が研究していたポーションは、上司には作り方を聞かれてきちんと説明したにもかかわらず、
何度か作れと言われて作ったあのポーションは、
「何だそいつ! ひどい目にあったな……今からでも
立ち上がって不快そうに
「ふふ。ありがとうございます。私、ちゃんと周りの事が見れていなかったので仕方なかったんです。仕事が楽しくて
「なんで笑ってるんだよ。全然良くないだろ!」
「いえ、ミカゲさんが怒ってくれた事が
「なんだよ……それ」
私がそう言うと、ミカゲは
「ところで、どんなもの作ったらそんな事になるんだ? そんな危ない
「危険だなんて! ただの新しいポーションですよ」
ミカゲは私の事をなんだと思っているんだろう。
「新しいポーション? それはすごいんじゃないか? 今までと効能が違うのか?」
興味ありげに聞かれて、私はすっかり嬉しくなった。
「
嬉しさに
なんか、
「薬師の仕事が好きなんだな」
確かめるように言われて、私は
「そうですね。勉強ばかりの人生でしたけど、
友達と呼べる人は居ないし、家族も居ない。勉強しようにも、今は
そんなため息をついた私に、ミカゲは
「リリーは、家族は居ないのか?」
私は問われるままに、ミカゲにこれまでの事を話した。
……
ミカゲは
「それまで、ずっと金を送っていたのか? 文句も言わずに」
「私、すっかり節約上手になったんですよ」
ふふふ、と私は笑って見せたけれど、ミカゲは笑わずに怒りを
「リリーだけが、そんな目にあっていたのか?」
そんな目に、と言われても実家に居た時の事はそこまで
「……そうですね。両親は私の事を家族だとは思えなかったみたいです」
口に出すと、ポロリと
下を向きぎゅっと涙を
「そんな風に言うなよ。嫌な事を聞いて、ごめん」
謝られて
ミカゲの体温が温かく、こわばった身体から力が
思わぬ優しさに勇気を得て、言葉を続ける。
「妹はとっても器量が良くて、
妹であるアンジェの顔を思い出す。
天使みたいだと評される、明るくて誰にでも物おじしない可愛い子。よく言われてきた。
あんな風に可愛い子が居たから、両親は私の事は家族だと思えなかったのだろうか。
「リリーは、そんな家族とまだ
その言葉を私は
思いついた言葉に自分でも戸惑ってしまい、それが伝わったのかミカゲも首を
「うーん……そうですね。引きずっていないと言えば
気持ちのままにそこまで言って、私は慌てて口を閉じた。
「でも、なんだよ」
「ええと。
「俺ほど
「ギルドで怒鳴りあってましたよね見てましたよ」
「……あれは
「ふふふ。そういう事にしておきます。……ええとですね。私は家族がとても大事でしたし、役に立ちたいとずっと思ってきました。でも、残念ながら私の事は大事にしてくれなかったんです。今、ミカゲさんと一緒に居て、すごく
口に出すとものすごく
「それって俺とずっと一緒に居たいって事?」
もちろん願望として持っているけれど、そんな事は当然言えない。両手をぶんぶんと
「いえ! そんな図々しい事は考えていません……! ええと、いつか、誰かとそうなれたらなって……」
願望が大きすぎて赤くなる頬を押さえようとすると、
「……誰かって誰だよ」
「えっ。なんて言いました?」
「いや、なんでもない。そうだな。絶対見つかる」
ミカゲが断言してくれて、私は何故か嬉しい気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜになったような気持ちになった。それを振り
「ミカゲさんがそう言ってくれると、何故か信じられるんですよね。おかしいですよね、知り合ってまだほんのちょっとなのに」
本当にまだ知り合って少しのミカゲに、すっかり甘えた気持ちになっている自分を自覚し、驚く。
「それなら、信じてくれ。今の気持ちは
明るく
「晴れて、自由」
「そうだろう? 仕事だって、家だって好きに選べる。お金だってあるじゃないか」
何が問題なんだ、と問われればその通りな気がしてくる。でも、そんな
それじゃあ、本当に夢みたいだ。
ぼんやりとする私に、ミカゲは楽しそうに提案してくる。
「そうだ! 薬局を開くのはどうだ? ポーションが得意なら、ここを改造して店にすればいいし新たに店を買ったっていい。ポーションを作れるものは少ないから、新たな店ができるのは
「自分の、お店……。そんな事、本当に?」
「そうだよ。資金があるんだから好きな研究だってしたらいいじゃないか。足りないようなら俺が投資してもいいぞ」
最後はからかうような口調で、私は思わず
「投資先としては、危ないですよ」
「先見の明があると言ってくれ」
「そうだといいですね。……でもなんか、すごく元気が出ました。私、薬局やってみようかな。資金が足りるかはわからないですけど、作ってみたいものもたくさんあるんです」
口に出すと、本当に次から次へと作ってみたいものがたくさん出てきた。今までレシピは知っていたものの作れなかったもの、あと少しで作れそうだったポーションが思い出される。
自分の中に、こんなに色々な願望があった事に驚くと同時に
これが自由という事なのかもしれない。
指折り数えて考えていたところで、私はそういえば、と思い出す。
「ミカゲさんの
大金を手にした捨てられ薬師が呪われたSランク冒険者に溺愛されるまで 未知香/角川ビーンズ文庫 @beans
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