第一章 冒険者を拾う①
冒険者ギルドは大きい街にはたいてい配置されている、歴史のある組織だ。
そして、冒険者から得られる
私が宝くじを買ったのは、国の
ギルドに向かう細い路地を歩いていると、道の
その男の人は、長めの銀色の
細い路地とはいえ、人通りは決して少なくない。
しかし、通り過ぎる人は
誰の目にも留まらないその姿が自分のようで、私はそっと彼に近づいた。
しゃがんで同じ目線になり、声をかける。
「あの、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのでしょうか」
私が話しかけると、彼はぽかんとした顔をした。
「……まさか、俺に話しかけてるのか?」
「ええと、そうですけど……。え? もしかして、
あまりにも
私が
「確かにこんな身なりだけど、幽霊じゃないぞ。ちゃんと人間だ。俺はミカゲ。
「私はリリーと言います。やっぱり幽霊じゃなかったですよね……」
可愛いと言われて、お世辞だとわかっているのに
お世辞に決まっているのに赤くなる顔を見られたくなくて、視線を合わせないように目線を下げた。すると、ミカゲは
「あ! あの、お怪我をしているみたいですが……」
「ああ、これか。大した傷じゃない。ただ
ミカゲはそう言って気軽な仕草で腕を
私は急いで持っていたバッグを
「それ、ポーションか?」
「はい。私が作ったものなので、どうかお気になさらずに」
そう言って、答えを待たずにガラスの
ポーションは正しく作用して、ミカゲの腕から傷は消えた。
「ええと、ありがとう。ポーションを調合できるとかすごいな。それに、よく効いた。……放置しててもいいかと思ったけどやっぱり痛いし、助かった。お礼をさせてくれ」
「いえいえ。私が勝手にやった事なので。これでお金を取ったら押し売り
「それでもポーションは高いじゃないか」
そう言って
「あの、私今とってもお金持ちなんです。だから本当に大丈夫なんです。冒険者ギルドに向かう
私は彼に負い目を感じさせないように意気込んで話したが、ミカゲは半眼で
「お前、そんな事言ったら
「こんな所でそんな話をしたら、か弱そうな女一人、
「あ……。でも、冒険者ギルドは多分もうすぐそこですし大丈夫です」
私は慌てて周りを見たが、怪しそうな人が居るとは思えなかった。そんな私の様子を見て、ミカゲはため息をついた。
「なにも大金に目がくらむのは貧しそうな
「ううう。すみません……」
「よく見ろ。俺だって怪しいだろ」
そう言われて、私はミカゲをじっと見た。銀色の髪と日焼けしている
そして、私を
「……ミカゲさんは、怪しくないです。でも、不用心で心配させてごめんなさい」
私がそう言うと、ミカゲは驚いた顔をした後乱暴に頭をかいた。そして、
「どうにかギルドに行かないで済ませたいと思ってたけど、これも何かの縁だな。俺がギルドまで連れて行ってやるよ」
そう言ってゆっくりと立ち上がった彼は、思っていたよりもずっと背が高く、細いけれど筋肉のついていそうな立派な
そして、ミカゲは私に手を差し出してきた。私がその手をおずおずと
「これでも
そう言ってミカゲはさっと
「ええと、よろしくお願いします……!」
更に、しばらくすると、とても歩きやすい事に気が付いた。ミカゲと私はかなり身長差があるので、ミカゲが私の歩調に合わせてくれているようだ。
その事に気が付いた私が、驚いてミカゲの顔を見ると、彼は首を
「どうした? 何か気になる事でもあったか?」
その声が
「……そこの広場に屋台があるので、良ければ
中心部の広場には屋台がたくさん並んでいて、
もちろん屋台は持ち帰りもあり、私も何度か食べた事はあったが、
学生の時はお金もなく、働き出してからは一緒に行ける相手は居なかった。……家族とは、そもそも
ここで誰かと食べる事は、私の中での
「食べたいのはやまやまだが、この服で行ったら
私の
「ごめんなさい。そんな事考えてなくて。さっきのは気にしなくて
私が
「いやいや。俺の今の格好を気にしないとか、なかなか
「ううう。お腹がすごくすいていた訳じゃないので、気にしないでください……!」
「そうなのか? でもそうだな、何か食べたいよな。あ、あれ買うか。あれぐらいならそんな
そう言って、さっとミカゲは屋台の
私とも気軽に話してくれるくらいだから、当然かもしれないが。
「買えたぞリリー。そこで食べよう、な」
「あ! お金
「いいよいいよこれぐらい。しかも、すごいおまけしてくれたから」
「ううう。私、本当にお金持ちなんですよ……」
「実は俺もお金持ちだぞ」
私が払えると主張すると、ミカゲも同じように主張してきた。私は不満を
「ミカゲさんは残念ながらとてもお金持ちそうに見えないです」
「そう言うリリーも見えないぞ」
「いえ、私は今さっきお金持ちになったばっかりなので」
「なんだそれは。子どもの
そう言って情けなさそうな顔をしたミカゲに笑ってしまう。確かに貧しそうな二人がお金持ちだと主張しているのは、
「次来る時は、お
「お金持ち対決ですね」
そう言ってお互い笑いあう。ひとしきり笑った後、空いているベンチに座った。
「わぁ、
ミカゲが買ってきてくれた焼き菓子は、ドライフルーツらしきものが練り込まれたスコーンに、ナッツの入ったクッキーだった。
「こっちのクッキーはおまけしてもらったやつ。リリーはどっちが好き?」
聞かれても、どちらも美味しそうに見える。それに、私は節約するばかりで甘いものは好みがわかるほど食べた事がなかった。
私が視線を泳がしていると、ミカゲはスコーンを半分に割った。
「半分ずつにしよう。食べてみて苦手なら俺が食べるから」
「ありがとうございます」
初めてする半分こに、どきどきしながら受け取る。一口食べると、それはとても甘くて美味しかった。フルーツの酸味も、さわやかだ。久しぶりの甘いものに、つい夢中で食べてしまう。
頭の上で笑う声がして、見上げるとミカゲと目が合った。
「美味しそうに食うな。こっちも開けるから食べような」
ミカゲは私の事を馬鹿にしたりもせずに、新しくクッキーの袋を開けてくれた。並んで食べたお
こういうしあわせを
私は公園に居る人たちの事を、今までよりも遠く感じた。
「じゃあそろそろ行こうか」
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
二人で食べた焼き菓子はあっという間になくなって、私たちはまた並んでギルドに向かう。
ミカゲは話し上手で、私でも会話が
楽しい道のりはあっという間で、すぐに冒険者ギルドに着いてしまう。
初めて来た冒険者ギルドはとても立派な建物で、まだ人もかなり出入りしているようだ。冒険者らしき大きな
簡素なワンピース姿の私は、いかにも弱そうで
きょろきょろとしている私の背中に、ミカゲはそっと手をあてた。
「じゃあ、気をつけろよ。額によってはギルドで護衛を付けてもらってくれ。心配だ」
「わかりました。焼き菓子まで頂いてしまって。本当にありがとうございました」
「いやいや、本当は全然
そう笑ってミカゲの手は私の背中から
「また、何かあればよろしくお願いします」
本心からそう言って、私も
ギルド内に人はそこまで少なくはなかったけれど、せっかく中まで入ったので受付のお姉さんに個室を申し出た。すると、話は通っていたようで、特に
ここでは個人の登録の手数料として、銀貨五枚を支払った。
大仕事を終えた気持ちになり、ほっとする。
私が個室から出てくると、受付の方で
先程の
「もう働きたくないんだよ俺は! 働くとしても三食
ミカゲは投げやりな口調で言った。
ギルド内にいる人たちは彼らを遠巻きにし、何やらひそひそと話している。
様子を
「馬鹿じゃないの。そんな仕事なんてないわよ」
ギルドのお姉さんは
「……もう、こういう生活は
「そんな風に言ったところで、あなたには働いてもらわないと困るわ。それに、ギルドで働かないとあなただって困るはずよ。きちんと仕事を受けないとどうなるかわかっているでしょう?」
「それは……わかっている」
そのギルドのお姉さんの口調が意外なほど厳しくて、
『あなたは何もできないのだから勉強ぐらいしてもらわないと困るわ』
母の冷たい言葉が思い出され、私は反射的に彼らに声をかけていた。
「あの!」
私が大きな声を出して
注目されて、私の勢いはあっという間にしぼんでしまった。
それでも。
「あの……私がミカゲさんを
私は泣きそうな気持ちになりながらも、手をぎゅっと
「三食昼寝付きの護衛を雇う? あなたが? まだすごく若いわよね?」
そんな私の事を、ギルドのお姉さんは
「私はリリー・スフィアと言います。二十三歳です。私、彼を雇いたいです。お金はもちろん、支払えます」
その言葉に、ギルドのお姉さんはびっくりした顔で私の事を見て、ミカゲは私の顔をまじまじと見た。そしてミカゲは何かを決意した顔で私に向き合った。
「三食昼寝付きなら何歳だって関係ない。その話を受ける。よろしく雇い主様。俺はミカゲ・トリアだ」
どうやら
勝手に先走りミカゲの気持ちを聞いていなかったけれど、すぐさま返事がもらえたのでほっとする。
そして、ミカゲは私に手を差し
あまりの強さに
「え? え?」
私が必死に手を外そうと頑張っているのも意に
「ミチル、俺はもう仕事を受けた。
「
ミチルと呼ばれたお姉さんはため息をついて、私にも付いてくるように言った。
私は、彼がやりたくない仕事から逃げられた事を感じて、少し
ミチルが案内してくれた部屋は、当選金を受け取った部屋よりは
座るように
お茶と焼き
「まずは自己
先程とは違い、お仕事モードになったらしいミチルの口調に
「冒険者ギルドには
「契約には、お
「はい。
「条件はお二人で話し合ってください。私は一時退出しますので、決まりましたらこちらのベルを鳴らしてください。……ミカゲ、本当によく考えて」
最後はミカゲを
「わー呼び出しベルですね! 地味に高いんですよねこれ。こんな無造作に置いて行っていいんでしょうか?」
私が初めて見る
「リリーは楽しそうだな」
私は
「ええと、これ、初めて見たので……。私、魔導具、好きなんです」
王城で働いていた時は、
「いやいや。これって便利だよな。俺も初めて見た時はテンション上がった」
そんな私の
呼び出しベルは、鳴らすと
「それで、条件を話してもいいか?」
ミカゲは、
「わかりました。私は初めて人を雇うので、基本的な事もわかりません。教えて頂けると助かります」
「うーん。俺もこういう風に個人に雇われるのは初めてだからなあ。というか俺は好条件の護衛が出来たら嬉しいけど、リリーは俺の事雇う
ミカゲは私の事を心配してくれているようだ。私は
「ミカゲさんはお祭りに参加する方ですか? この間の夏祭りは王様が
「いや、仕事だったから参加できていないが、今年は特に盛り上がったらしいな」
ミカゲは急な話の
「じゃあ、その時に、国が宝くじを発行しました。それは知ってますか?」
「ああ。祭り自体は参加できなかったが、それは知っている。結構みんな買ってたよな。宝くじなんて初めて聞いたけど、国の発行なら安心だし夢があって
「そうです。私はそれが当たったんです。当選金額は大金貨百枚でした」
「ええええええ! それは……すごいな……」
目を見張って驚いているミカゲに、安心して欲しくて笑いかける。
「そうなんです。だからお金の心配はしないでください」
「お前、なんかすごい落ち着いているな。大金が入ったら
不思議そうにされて、自分に全くその気持ちがない事に気が付く。
お金があっても、愛されていない。
その気持ちが根底にあり、お金があっても全く浮かれる気持ちになれないのかもしれない。それどころか、お金が入った分余計
お金を送っていた私の事を、家族は必要としてくれていなかった。今は大金を持っているが、それだけだ。
しかし、そんな事をミカゲに言っても困らせるだけなので、私はできるだけ悪そうな顔を作って笑った。
「だから、ミカゲさんを
「あはは! 確かに究極の
私の言葉に、ミカゲは大きく笑った。私もつられて笑う。
「条件は何でもいいですよ。まだ家も仕事も決まっていないので、決まるまでは本当に何もないですが」
「家がない? 引っ
「いえ。この事と関係なく無職になってしまいまして……。あ! でも私の仕事が決まるまでの間もきちんと支払いはしますから安心してください」
私は
「これだけお金があっても働くのかよ。じゃあ……三ヶ月間雇ってくれ。金額は金貨二十枚だ。ギルドへの支払いは別に金貨五枚になる。とりあえず家は別に借りよう。家賃の支払いはこの
金貨百枚で大金貨一枚だ。ミカゲが提示した額は、普通ではありえないような金額だった。貧しい場所では、家族で一年間をその額以下で暮らす人たちがざらにいるだろう。
「三ヶ月過ぎたらどうなりますか?」
「その時は契約
「……そう、ですよね。わかりました。ミカゲさんは、この
「問題ってなんだ? いい条件じゃないか。
「お金はさっきも言った通り大丈夫です。そうじゃなくて、ギルドの方と、何か約束があったのに、私と契約してしまったんじゃないかと思いまして」
「ああ、あれな……」
私の疑問に、ミカゲは言葉を探すように視線を泳がせ、乱暴に頭をかいた。そして、ため息をつく。
「あれは、約束じゃない。ただ、俺はギルドで働かなきゃいけない理由がある。でも、三ヶ月くらいなら逃げられる。契約に関してはきちんとギルドも通しているし、問題ない。リリーとの契約があれば、俺はその間自由でいられる。……もちろん警備はするから安心してくれ」
最後の方は
条件は庶民である私にとって驚くものだ。ほほえんだミカゲに
金額が高くても騙されたとしても、もう関係ないと思ってしまった。
三ヶ月、独りじゃなくなるのだ。
私は、この契約が
「よろしくな。リリー」
「よろしくお願いします。ミカゲさん」
私たちはにっこり笑いあって、
「というわけで、条件は決まった」
呼び出しベルで現れたミチルは、ミカゲから条件を聞いて
「三ヶ月ね。……うまく落としたわね。わかったわ。それなら契約に関してはギルドも、これ以上立ち入る事はできない。契約書を作りましょう」
契約書という言葉に、私は緊張したまま頷いた。
しかし私の不安をよそに、二人は契約に慣れているようだった。作成はするすると進み、あっという間に契約書は出来上がった。契約書に使われている紙は本人の魔力を読み取るもので、契約はかなり
最後にギルドのカードで支払いをして、終了だ。
「……ミカゲを三ヶ月雇って家賃も
「そんなの仕事内容によるだろ」
ミチルが
「え! この額じゃ足りませんでしたか?」
人を雇った事がなかったから知らなかったが、
「もしかして、知らないの?」
「やめろ、ミチル」
ミカゲは止めようとしているけれど、正当な報酬じゃないのは良くない。どちらかと言えば高いと思っていたぐらいだったのだ。
「冒険者を雇うのは初めてだったので、破格だとは思ってもみませんでした。申し訳ありませんが、正規の報酬額を教えていただけませんか?」
「リリー、これで正規だ。契約はお
私はミチルに向かって聞いたけれど、ミカゲが強い口調でそれを止めた。ミチルは
「そうね。私が言う事じゃないわ。後は二人で話し合ってちょうだい。ミカゲが
そして、事務的な
「また何かあったら、すぐに聞いてくださいね。何事もなく契約が
「この後は、とりあえず荷物だ。近くに居ないと護衛もできないから、同じところに住むのが望ましいな。リリーは、家は決まっていないと言っていたが、今どこに
「昨日はそこの大通りを入ったところの『コマディア』という宿屋に泊まってました。荷物もまだそこに預かってもらっています。今日はまだ決めてませんが、何もなければそこにしようかなと。ごはんも
「……あそこ、冒険者だらけだよな。
「それはもちろん値段が非常に安かったからです!」
「……今日からは別の所に泊まるぞ。案内する」
苦い顔をしたミカゲを疑問に思いつつも、おすすめの場所があるようなので大人しくついていく。途中で宿にも寄り精算して荷物も回収した。荷物持ちは仕事に含まれるとミカゲが言い張り、持ってくれた。
そして案内された場所は、城下町の中心にほど近い、つまりはお金持ちばかりが暮らす地域の
二階建てで、なんと庭までついているその戸建てを前に、私は目を
「ここって、部屋貸ししてるんですか?」
「なんだ部屋貸しって。どう見ても一軒家だろ」
「なんて言うんですかね。共同生活的な」
「いや、俺とリリーの二人だけど」
なんて事もないように言うミカゲに、私は慌てる。
「こんな高そうな家、借りられません! 不相応すぎます」
「俺が払うんだから、不相応も相応もないだろ。家賃に関しては契約の時にも言ったじゃないか」
「それは聞きましたが、まさかこんな高そうな家だとは……昨日までの宿を基準に考えていたので、ギャップに吐き気がします」
「どういう状態だよ。さっきの宿を考えたら
「……それこそ、不相応です」
遊んで暮らす、という状態が私にはいまいちわからない。
「それよりも普通なら俺と二人、というところに引っかかるんじゃないか?」
「二人なら、嬉しいですけど」
私の言葉にミカゲは驚いたようだった。
「……そっか、ならいいや。
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