第一章 冒険者を拾う①

 冒険者ギルドは大きい街にはたいてい配置されている、歴史のある組織だ。

 そして、冒険者から得られるものの素材やダンジョン内で使用する魔導具等の代金として、通常時から大きなお金を動かしている為、冒険者ギルドのカードは信用度が高い。

 私が宝くじを買ったのは、国のしゆさいもよおし物だったのもあり、冒険者ギルドでの振り込みになったのだろう。うすいカードに金額のデータが入っているが、個人登録さえしてしまえばほかの人が使用する事はできない。登録料がかかるらしいので、しよみんでは特にえんがないカードだ。

 ギルドに向かう細い路地を歩いていると、道のはしよごれた服を着た男の人が座り込んでいた。城下町では、その品格を保つためものい等は禁止されている。あまり見ないぼろぼろな彼の姿は目立っていた。

 その男の人は、長めの銀色のかみの毛はうすよごれていて、ひざかかえるように丸くなっていた。表情は見えないが、何かにえているように見えた。をしているんだろうか。

 細い路地とはいえ、人通りは決して少なくない。

 しかし、通り過ぎる人はかかわり合いになりたくないようで、そちらを見ないようにしながら足早にその場をはなれていく。

 誰の目にも留まらないその姿が自分のようで、私はそっと彼に近づいた。

 しゃがんで同じ目線になり、声をかける。

「あの、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのでしょうか」

 私が話しかけると、彼はぽかんとした顔をした。

「……まさか、俺に話しかけてるのか?」

「ええと、そうですけど……。え? もしかして、ゆうれいとかでしたか……?」

 あまりにもおどろいているので、私は彼が見えてはいけない何かなのかと思ってしまった。髪の毛で顔も良く見えないし……。

 私があやしんでいると、彼は私の言葉におかしそうに笑った。あまりにも楽しそうな笑い声に、今度は私がぽかんとしてしまう。

「確かにこんな身なりだけど、幽霊じゃないぞ。ちゃんと人間だ。俺はミカゲ。可愛かわいいおじようさんがこんな所に居る怪しい男に話しかけるなんて思わなかったから、びっくりしたんだ」

「私はリリーと言います。やっぱり幽霊じゃなかったですよね……」

 可愛いと言われて、お世辞だとわかっているのにずかしくなってしまう。背も小さいし髪の毛もひとみもくすんだ黄土色で、地味な顔をしているのは自分が一番わかっている。

 お世辞に決まっているのに赤くなる顔を見られたくなくて、視線を合わせないように目線を下げた。すると、ミカゲはうでの部分の服が大きくけ、怪我をしているのが見えた。

「あ! あの、お怪我をしているみたいですが……」

「ああ、これか。大した傷じゃない。ただつかれてて、いったんきゆうけいしてからギルドに行こうかと思っていたんだ」

 ミカゲはそう言って気軽な仕草で腕をでるが、とても痛そうだ。

 私は急いで持っていたバッグをあさった。バッグに手を入れてぐるぐるとさぐると、しばらくして目的のものが手に当たった。なかなか目的のものが見つからないのがこのバッグの弱い所だと思いながら、そっとそれを取り出す。

「それ、ポーションか?」

「はい。私が作ったものなので、どうかお気になさらずに」

 そう言って、答えを待たずにガラスのびんに入ったポーションをあけて、ミカゲの腕にかけた。ポーションは安いものでもないので、断られるかもしれないから。

 ポーションは正しく作用して、ミカゲの腕から傷は消えた。

「ええと、ありがとう。ポーションを調合できるとかすごいな。それに、よく効いた。……放置しててもいいかと思ったけどやっぱり痛いし、助かった。お礼をさせてくれ」

 れいただしく頭を下げられ、こちらがあわててしまう。

「いえいえ。私が勝手にやった事なので。これでお金を取ったら押し売りですよ」

「それでもポーションは高いじゃないか」

 そう言ってまゆを下げる彼に、私はさきほどの件を思い出した。

「あの、私今とってもお金持ちなんです。だから本当に大丈夫なんです。冒険者ギルドに向かうちゆうだったんですが、それも残高を確認しに行くという用件でして!」

 私は彼に負い目を感じさせないように意気込んで話したが、ミカゲは半眼であきれたような顔をした。

「お前、そんな事言ったらねらわれるぞ」

 たんてきな言葉に、私はびっくりして身構えた。

「こんな所でそんな話をしたら、か弱そうな女一人、おそってくれと言っているようなものだ」

「あ……。でも、冒険者ギルドは多分もうすぐそこですし大丈夫です」

 私は慌てて周りを見たが、怪しそうな人が居るとは思えなかった。そんな私の様子を見て、ミカゲはため息をついた。

「なにも大金に目がくらむのは貧しそうなやつだけじゃない。ここら辺は冒険者ギルドが近いし、身なりはれいでもならず者はいる。しっかりしてくれまじで」

「ううう。すみません……」

「よく見ろ。俺だって怪しいだろ」

 そう言われて、私はミカゲをじっと見た。銀色の髪と日焼けしているはだは血とどろで汚れているが、よく見るととても整った顔をしていた。髪の毛よりも深いグレーの瞳もとても綺麗だ。

 そして、私をさとすように話すミカゲの目には私への心配がかんでいて、今まで向けられた事のないやさしさに私は何故なぜか泣きそうになる。

「……ミカゲさんは、怪しくないです。でも、不用心で心配させてごめんなさい」

 私がそう言うと、ミカゲは驚いた顔をした後乱暴に頭をかいた。そして、あきらめたようにため息をついた。

「どうにかギルドに行かないで済ませたいと思ってたけど、これも何かの縁だな。俺がギルドまで連れて行ってやるよ」

 そう言ってゆっくりと立ち上がった彼は、思っていたよりもずっと背が高く、細いけれど筋肉のついていそうな立派な身体からだつきだった。弱っているのかと思ったけれど、全くふらついた様子もなく力強かった。

 そして、ミカゲは私に手を差し出してきた。私がその手をおずおずとにぎると、私の手をぎゅっと握って、ミカゲは綺麗な顔で笑った。

「これでもぼうけん者なんだ。安全は保障する」

 そう言ってミカゲはさっととなりに来て、こっちだと手をひいてくれた。

「ええと、よろしくお願いします……!」



 流石さすがに手をつないだままは歩かなかったが、ミカゲは人とぶつからないようにそっと先導してくれる。さり気ない動きが、周りへの目配りをする能力の高さを感じる。

 更に、しばらくすると、とても歩きやすい事に気が付いた。ミカゲと私はかなり身長差があるので、ミカゲが私の歩調に合わせてくれているようだ。

 その事に気が付いた私が、驚いてミカゲの顔を見ると、彼は首をかしげた。

「どうした? 何か気になる事でもあったか?」

 その声がやわらかくて、私は慌てて首をった。しかし、ミカゲのあまりに優しそうなふんに、私は願望を口にした。

「……そこの広場に屋台があるので、良ければいつしよに食べませんか?」

 中心部の広場には屋台がたくさん並んでいて、にぎわっている。そこでは人々がベンチに座って食事をしたり、お酒を飲んだり、お茶を飲んだりして話し込んでいる。

 もちろん屋台は持ち帰りもあり、私も何度か食べた事はあったが、だれかとここに来た事はなかった。

 学生の時はお金もなく、働き出してからは一緒に行ける相手は居なかった。……家族とは、そもそもしよくたくを共にしたおくもなかった。私はきゆう係だったから。

 ここで誰かと食べる事は、私の中でのあこがれだった。

「食べたいのはやまやまだが、この服で行ったらおこられそうだな」

 私のさそいに、ミカゲは申し訳なさそうに自分の服を見た。確かに飲食店に向いた姿ではない。私は自分の提案の考えなしさに恥ずかしくなった。

「ごめんなさい。そんな事考えてなくて。さっきのは気にしなくてだいじようです」

 私がうつむくと、ミカゲが楽しげに私のかたたたいた。

「いやいや。俺の今の格好を気にしないとか、なかなかだいたんだよな。それだけおなかがすいていたのか?」

「ううう。お腹がすごくすいていた訳じゃないので、気にしないでください……!」

「そうなのか? でもそうだな、何か食べたいよな。あ、あれ買うか。あれぐらいならそんなめいわくにはならないだろ」

 そう言って、さっとミカゲは屋台のはしの方で手売りしている焼きを買いに行った。店員さんはミカゲのぼろぼろさにおどろいた顔をしていたが、快く焼き菓子を売ってくれたようだ。声は聞こえないが、店員さんとミカゲは楽しげに何か話をして、更に焼き菓子を追加でもらっている。あまりの対人能力の高さにおののいてしまう。

 私とも気軽に話してくれるくらいだから、当然かもしれないが。

「買えたぞリリー。そこで食べよう、な」

 もどってきたミカゲは、がおで買ったふくろを見せてくれる。

「あ! お金はらいます。おいくらでしたか?」

「いいよいいよこれぐらい。しかも、すごいおまけしてくれたから」

「ううう。私、本当にお金持ちなんですよ……」

「実は俺もお金持ちだぞ」

 私が払えると主張すると、ミカゲも同じように主張してきた。私は不満をうつたえる。

「ミカゲさんは残念ながらとてもお金持ちそうに見えないです」

「そう言うリリーも見えないぞ」

「いえ、私は今さっきお金持ちになったばっかりなので」

「なんだそれは。子どものうそみたいだな。……やめよう。この格好で言い争っても周りに鹿だと思われそうだ」

 そう言って情けなさそうな顔をしたミカゲに笑ってしまう。確かに貧しそうな二人がお金持ちだと主張しているのは、はたから見たら馬鹿馬鹿しいだろう。

「次来る時は、おたがいぎらぎらの宝石を着けて対決しよう」

「お金持ち対決ですね」

 そう言ってお互い笑いあう。ひとしきり笑った後、空いているベンチに座った。

「わぁ、美味おいしそう!」

 ミカゲが買ってきてくれた焼き菓子は、ドライフルーツらしきものが練り込まれたスコーンに、ナッツの入ったクッキーだった。

「こっちのクッキーはおまけしてもらったやつ。リリーはどっちが好き?」

 聞かれても、どちらも美味しそうに見える。それに、私は節約するばかりで甘いものは好みがわかるほど食べた事がなかった。

 私が視線を泳がしていると、ミカゲはスコーンを半分に割った。

「半分ずつにしよう。食べてみて苦手なら俺が食べるから」

「ありがとうございます」

 初めてする半分こに、どきどきしながら受け取る。一口食べると、それはとても甘くて美味しかった。フルーツの酸味も、さわやかだ。久しぶりの甘いものに、つい夢中で食べてしまう。

 頭の上で笑う声がして、見上げるとミカゲと目が合った。

「美味しそうに食うな。こっちも開けるから食べような」

 ミカゲは私の事を馬鹿にしたりもせずに、新しくクッキーの袋を開けてくれた。並んで食べたおは、今まで食べたものの何よりも美味しく感じた。

 こういうしあわせをみんな経験しているんだ。

 私は公園に居る人たちの事を、今までよりも遠く感じた。



「じゃあそろそろ行こうか」

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 二人で食べた焼き菓子はあっという間になくなって、私たちはまた並んでギルドに向かう。

 ミカゲは話し上手で、私でも会話がはずんでいる気がした。そして、ミカゲが隣にいると、安心感があった。傍から見たら、ただの貧しい二人にしか見えなかっただろうけど。

 楽しい道のりはあっという間で、すぐに冒険者ギルドに着いてしまう。

 初めて来た冒険者ギルドはとても立派な建物で、まだ人もかなり出入りしているようだ。冒険者らしき大きなけんを持った人や、動きやすいようにしゆつの多い服を着ている人などが何人もいる。

 簡素なワンピース姿の私は、いかにも弱そうでちがい感がすごい。しかし、よく見るとただお金を動かしに来ている人もいるようで、私と同じように戦えそうもない人も何人かいてほっとする。もちろんそういう人たちは、私なんかよりもずっと上等な服を着ているけれど。

 きょろきょろとしている私の背中に、ミカゲはそっと手をあてた。

「じゃあ、気をつけろよ。額によってはギルドで護衛を付けてもらってくれ。心配だ」

「わかりました。焼き菓子まで頂いてしまって。本当にありがとうございました」

「いやいや、本当は全然り合ってないから。お礼を言うのはこっちだ」

 そう笑ってミカゲの手は私の背中からはなれた。たんさびしくなってしまうが、ミカゲはさっき知り合ったばかりの人で、お礼として一緒に居てくれただけだ。

「また、何かあればよろしくお願いします」

 本心からそう言って、私もがんって笑顔を返した。



 ギルド内に人はそこまで少なくはなかったけれど、せっかく中まで入ったので受付のお姉さんに個室を申し出た。すると、話は通っていたようで、特にあやしまれる事もなく個室に通され、無事に残高照会と登録を終える事ができた。

 ここでは個人の登録の手数料として、銀貨五枚を支払った。ぼうけん者はお金持ちなのだなと思ったけれど、私もこれでむやみにぬすまれる心配をしなくていい事に安心した。私以外は、お金を引き出す以前に残高も見られない。移動が多い冒険者にとっては、安心料として安いのかもしれない。

 大仕事を終えた気持ちになり、ほっとする。

 私が個室から出てくると、受付の方でめているような声がした。低めで良くひびく声は、さきほど聞いたばかりのものだ。

 先程のやさしげな雰囲気とは違うとがった声に驚く。気になって声のする方に近づいてみると、やはりミカゲだった。受付のお姉さんらしき人と、言い争っているようだ。

「もう働きたくないんだよ俺は! 働くとしても三食ひる付きの護衛でも探すから。ギルドを通せばそれでいいだろ」

 ミカゲは投げやりな口調で言った。

 ギルド内にいる人たちは彼らを遠巻きにし、何やらひそひそと話している。

 様子をうかがうようなふんの中、彼らの声はとても良く通った。

「馬鹿じゃないの。そんな仕事なんてないわよ」

 ギルドのお姉さんはおこった顔できっぱりと言い放った。

「……もう、こういう生活はいやなんだよ」

「そんな風に言ったところで、あなたには働いてもらわないと困るわ。それに、ギルドで働かないとあなただって困るはずよ。きちんと仕事を受けないとどうなるかわかっているでしょう?」

「それは……わかっている」

 そのギルドのお姉さんの口調が意外なほど厳しくて、くやしそうにするミカゲの姿がかつての私にかぶった。

『あなたは何もできないのだから勉強ぐらいしてもらわないと困るわ』

 母の冷たい言葉が思い出され、私は反射的に彼らに声をかけていた。

「あの!」

 私が大きな声を出してけ寄ると、二人はぱっとこちらを見た。周囲の視線も感じる。

 注目されて、私の勢いはあっという間にしぼんでしまった。

 それでも。

「あの……私がミカゲさんをやといます。それじゃ、ですか?」

 私は泣きそうな気持ちになりながらも、手をぎゅっとにぎって必死に言葉をつむぐ。

「三食昼寝付きの護衛を雇う? あなたが? まだすごく若いわよね?」

 そんな私の事を、ギルドのお姉さんはさんくさげに見る。

「私はリリー・スフィアと言います。二十三歳です。私、彼を雇いたいです。お金はもちろん、支払えます」

 されそうになりながらも、私は勇気をもってはっきりと告げた。

 その言葉に、ギルドのお姉さんはびっくりした顔で私の事を見て、ミカゲは私の顔をまじまじと見た。そしてミカゲは何かを決意した顔で私に向き合った。

「三食昼寝付きなら何歳だって関係ない。その話を受ける。よろしく雇い主様。俺はミカゲ・トリアだ」

 どうやらこうしよう成立のようだ。

 勝手に先走りミカゲの気持ちを聞いていなかったけれど、すぐさま返事がもらえたのでほっとする。

 そして、ミカゲは私に手を差しべて来た。私がミカゲの手を握ると、彼は私の手をがっちりと握った。

 あまりの強さにおどろいて手を引こうとしたが、握る手の力は強くて離れないどころか全く動きもしない。

「え? え?」

 私が必死に手を外そうと頑張っているのも意にかいさず、ミカゲはギルドのお姉さんに向き合った。

「ミチル、俺はもう仕事を受けた。こうそく時間も長いからほかの仕事は受けられない。さあおじようさん条件を話し合おう。ミチル、部屋を貸してくれ」

げたわね。まあ、いいわ。部屋に案内する。けいやくには私が立ち会いましょう。もちろんけつれつする事を願っているけど」

 ミチルと呼ばれたお姉さんはため息をついて、私にも付いてくるように言った。

 私は、彼がやりたくない仕事から逃げられた事を感じて、少しうれしくなった。



 ミチルが案内してくれた部屋は、当選金を受け取った部屋よりはおとるが、どう考えても下っを受け入れる部屋ではなかった。それともギルドでは交渉するときはごうな部屋を使用する事になっているのだろうか。

 座るようにうながされた席はとてもふかふかのソファで、ずっと座っているとしずんでしまいそうな気さえした。

 お茶と焼きまで出されて、すっかり上客対応だ。

「まずは自己しようかいをさせてください。私は冒険者ギルド所属のミチル・リヴァーです。ギルド所属の冒険者を雇う時は、正式な契約書がいるのは知っていますか?」

 先程とは違い、お仕事モードになったらしいミチルの口調にめんらう。書類を持ち、説明するミチルはいかにもできる大人だった。年は私よりも少し上ぐらいに見えるが、長いかみにしっかりとしたしようをした彼女に気圧されそうになる。しっかりしなくては。

「冒険者ギルドにはえんがなかったため、初めて聞きます」

「契約には、おたがいの条件が合い合意が得られればこちらではかんしようしません。ただし、契約時にはまえばらいでのはらいが必要です。一度前払いでこちらが預かり、契約がすいこうされればギルドを通して支払われます。そして、ギルドへの手数料が金額に応じて必要となります。手数料には雇う冒険者のランクもえいきようしてきます。問題ありませんか?」

「はい。だいじようです」

「条件はお二人で話し合ってください。私は一時退出しますので、決まりましたらこちらのベルを鳴らしてください。……ミカゲ、本当によく考えて」

 最後はミカゲをとがめるように言って、ミチルはベルを置いて部屋を出ていった。

「わー呼び出しベルですね! 地味に高いんですよねこれ。こんな無造作に置いて行っていいんでしょうか?」

 私が初めて見るどうにどきどきしていると、ミカゲはふっとき出した。

「リリーは楽しそうだな」

 私はにはしゃいだ事がずかしくなった。

「ええと、これ、初めて見たので……。私、魔導具、好きなんです」

 王城で働いていた時は、いつぱんに出回っているような魔導具に関しては仕様書を無料でえつらんできたので、良くながめていた。自分で作ったりもしたかったけれど、魔導具を作るには高い材料がいくつも必要なのであきらめていた。

「いやいや。これって便利だよな。俺も初めて見た時はテンション上がった」

 そんな私のかれぶりを当然のように受け入れ、ミカゲはうなずいてくれた。

 呼び出しベルは、鳴らすとついになっているベルも鳴るという魔導具だ。単純な機構だが、素材が高く、値が張るのであまりきゆうしていない。

「それで、条件を話してもいいか?」

 ミカゲは、しんけんな顔をして私に向き合った。先程のミチルもそうだったが、急なお仕事モードはきんちようしてしまう。私もこの間までは仕事をしていたのに。

「わかりました。私は初めて人を雇うので、基本的な事もわかりません。教えて頂けると助かります」

「うーん。俺もこういう風に個人に雇われるのは初めてだからなあ。というか俺は好条件の護衛が出来たら嬉しいけど、リリーは俺の事雇うゆうなんてあるのか? くすで店を持っているとか?」

 ミカゲは私の事を心配してくれているようだ。私はなおに打ち明ける事にした。

「ミカゲさんはお祭りに参加する方ですか? この間の夏祭りは王様がわった記念で盛大でした」

「いや、仕事だったから参加できていないが、今年は特に盛り上がったらしいな」

 ミカゲは急な話のてんかんに不思議そうな顔をしているが、構わずに続ける。

「じゃあ、その時に、国が宝くじを発行しました。それは知ってますか?」

「ああ。祭り自体は参加できなかったが、それは知っている。結構みんな買ってたよな。宝くじなんて初めて聞いたけど、国の発行なら安心だし夢があっておもしろいって」

「そうです。私はそれが当たったんです。当選金額は大金貨百枚でした」

「ええええええ! それは……すごいな……」

 目を見張って驚いているミカゲに、安心して欲しくて笑いかける。

「そうなんです。だからお金の心配はしないでください」

「お前、なんかすごい落ち着いているな。大金が入ったらつうもっと浮き足立って、パーっと使ったりするんじゃないか?」

 不思議そうにされて、自分に全くその気持ちがない事に気が付く。

 お金があっても、愛されていない。

 その気持ちが根底にあり、お金があっても全く浮かれる気持ちになれないのかもしれない。それどころか、お金が入った分余計みじめな気持ちになっただけだった。

 お金を送っていた私の事を、家族は必要としてくれていなかった。今は大金を持っているが、それだけだ。

 しかし、そんな事をミカゲに言っても困らせるだけなので、私はできるだけ悪そうな顔を作って笑った。

「だから、ミカゲさんをやとう事にしたんです!」

「あはは! 確かに究極のづかいだな!」

 私の言葉に、ミカゲは大きく笑った。私もつられて笑う。

「条件は何でもいいですよ。まだ家も仕事も決まっていないので、決まるまでは本当に何もないですが」

「家がない? 引っちゆうなのか?」

「いえ。この事と関係なく無職になってしまいまして……。あ! でも私の仕事が決まるまでの間もきちんと支払いはしますから安心してください」

 私はあわててミカゲが心配にならないように付け足した。すると、何故なぜかミカゲはため息をついた。

「これだけお金があっても働くのかよ。じゃあ……三ヶ月間雇ってくれ。金額は金貨二十枚だ。ギルドへの支払いは別に金貨五枚になる。とりあえず家は別に借りよう。家賃の支払いはこのほうしゆうの中からでいい。仕事を探しているなら、その都度そうげいする。家の中では安心してくれ」

 金貨百枚で大金貨一枚だ。ミカゲが提示した額は、普通ではありえないような金額だった。貧しい場所では、家族で一年間をその額以下で暮らす人たちがざらにいるだろう。

「三ヶ月過ぎたらどうなりますか?」

「その時は契約しゆうりようだ。ずっと俺の事を雇っていても仕方ないだろう」

「……そう、ですよね。わかりました。ミカゲさんは、このけいやくに問題はないですか?」

「問題ってなんだ? いい条件じゃないか。しよみんが払うにはおどろく値段だろう。断るかと思ったぐらいだ」

「お金はさっきも言った通り大丈夫です。そうじゃなくて、ギルドの方と、何か約束があったのに、私と契約してしまったんじゃないかと思いまして」

「ああ、あれな……」

 私の疑問に、ミカゲは言葉を探すように視線を泳がせ、乱暴に頭をかいた。そして、ため息をつく。

「あれは、約束じゃない。ただ、俺はギルドで働かなきゃいけない理由がある。でも、三ヶ月くらいなら逃げられる。契約に関してはきちんとギルドも通しているし、問題ない。リリーとの契約があれば、俺はその間自由でいられる。……もちろん警備はするから安心してくれ」

 最後の方はじようだんっぽく笑ったミカゲの本心は、別の所にありそうだった。けれど、本当にめいわくではなさそうなので、ほっとする。

 条件は庶民である私にとって驚くものだ。ほほえんだミカゲにだまされているような気もしなくもない。それでも、彼が私を見る目はやさしい。

 金額が高くても騙されたとしても、もう関係ないと思ってしまった。

 三ヶ月、独りじゃなくなるのだ。

 私は、この契約がうれしかった。

「よろしくな。リリー」

「よろしくお願いします。ミカゲさん」

 私たちはにっこり笑いあって、あくしゆをした。



「というわけで、条件は決まった」

 呼び出しベルで現れたミチルは、ミカゲから条件を聞いてくやしそうに頷いた。

「三ヶ月ね。……うまく落としたわね。わかったわ。それなら契約に関してはギルドも、これ以上立ち入る事はできない。契約書を作りましょう」

 契約書という言葉に、私は緊張したまま頷いた。

 しかし私の不安をよそに、二人は契約に慣れているようだった。作成はするすると進み、あっという間に契約書は出来上がった。契約書に使われている紙は本人の魔力を読み取るもので、契約はかなりこうそく力の強いものだった。これだけで金貨一枚はしそうだ。

 最後にギルドのカードで支払いをして、終了だ。

「……ミカゲを三ヶ月雇って家賃もふくんでの金貨二十枚とは破格だわ」

「そんなの仕事内容によるだろ」

 ミチルがまゆを寄せてつぶやくと、ミカゲはき捨てるように言った。あっち行けとばかりに手をる。

「え! この額じゃ足りませんでしたか?」

 人を雇った事がなかったから知らなかったが、ぼうけん者を雇うのは非常に高いのかもしれない。私が追加のお金を申し出るべきかあわあわしていると、ミチルが驚いた顔でこちらを見た。

「もしかして、知らないの?」

「やめろ、ミチル」

 ミカゲは止めようとしているけれど、正当な報酬じゃないのは良くない。どちらかと言えば高いと思っていたぐらいだったのだ。

「冒険者を雇うのは初めてだったので、破格だとは思ってもみませんでした。申し訳ありませんが、正規の報酬額を教えていただけませんか?」

「リリー、これで正規だ。契約はおたがいの条件ががつすれば問題ない。ギルドにだって手数料が入るのだから、損のはずがない。そうだろう?」

 私はミチルに向かって聞いたけれど、ミカゲが強い口調でそれを止めた。ミチルはあきらめたように、ため息をつく。

「そうね。私が言う事じゃないわ。後は二人で話し合ってちょうだい。ミカゲがもどってくる三ヶ月後を待っているわ」

 そして、事務的ながおれいあいさつをした。

「また何かあったら、すぐに聞いてくださいね。何事もなく契約がまんりようする事をいのっています」



「この後は、とりあえず荷物だ。近くに居ないと護衛もできないから、同じところに住むのが望ましいな。リリーは、家は決まっていないと言っていたが、今どこにまっているんだ?」

「昨日はそこの大通りを入ったところの『コマディア』という宿屋に泊まってました。荷物もまだそこに預かってもらっています。今日はまだ決めてませんが、何もなければそこにしようかなと。ごはんも美味おいしかったですし」

「……あそこ、冒険者だらけだよな。つうの女の子が一人で泊まる所じゃない気がするけど、なんでそんな所に」

「それはもちろん値段が非常に安かったからです!」

「……今日からは別の所に泊まるぞ。案内する」

 苦い顔をしたミカゲを疑問に思いつつも、おすすめの場所があるようなので大人しくついていく。途中で宿にも寄り精算して荷物も回収した。荷物持ちは仕事に含まれるとミカゲが言い張り、持ってくれた。

 そして案内された場所は、城下町の中心にほど近い、つまりはお金持ちばかりが暮らす地域のいつけんだった。

 二階建てで、なんと庭までついているその戸建てを前に、私は目をまたたかせた。

「ここって、部屋貸ししてるんですか?」

「なんだ部屋貸しって。どう見ても一軒家だろ」

「なんて言うんですかね。共同生活的な」

「いや、俺とリリーの二人だけど」

 なんて事もないように言うミカゲに、私は慌てる。

「こんな高そうな家、借りられません! 不相応すぎます」

「俺が払うんだから、不相応も相応もないだろ。家賃に関しては契約の時にも言ったじゃないか」

「それは聞きましたが、まさかこんな高そうな家だとは……昨日までの宿を基準に考えていたので、ギャップに吐き気がします」

「どういう状態だよ。さっきの宿を考えたら何処どこも天国みたいなものだし。しかも今はリリーも金持ちだろ。この家ぐらいは現金で買って普通に一生暮らせるんじゃないか?」

「……それこそ、不相応です」

 遊んで暮らす、という状態が私にはいまいちわからない。

「それよりも普通なら俺と二人、というところに引っかかるんじゃないか?」

 何故なぜかミカゲはにやにやとして、二人という単語を口にした。

「二人なら、嬉しいですけど」

 私の言葉にミカゲは驚いたようだった。ずうずうしい発言だっただろうか。私が首をかしげていると、ミカゲは私の頭に手を置いた。

「……そっか、ならいいや。だんだれも住んでいないから部屋はそうが必要だけど、三ヶ月はいつしよにここで暮らそう」

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