プロローグ

「リリー・スフィア様おめでとうございます! こちらが当選金の百大金貨となります」

 やたらとごうな部屋で、やたらときっちりと着込んだえらそうな人の前で、ぎたないワンピースを着たちがいな私は、小さくはいと言うのがやっとだった。

 今まで見た事がない、目にまぶしいキラキラした金貨は重量感がある。一枚あれば私が何年も暮らせる大金貨は、それ自体しよみんで見た事がある人はほとんどいないだろう。

 それが多分百枚分、並んでいる。積み上げられたそれはあつとう的な存在感だ。

 まどう私に、偉そうな人はにこりと笑い、一つのカードを見せた。

「これはぼうけん者ギルドのカードです。大きなお金の管理については冒険者ギルドが一番信用できると思うので、よろしければここに入金させてもらいます。入金手数料は銀貨一枚ですが、どうされますか?」

 このキラキラの金貨を目の前にして、銀貨一枚の手数料が高いのか安いのか全く判断がつかない。銀貨一枚あれば私は一週間暮らせる。

 しかし、これをわたされてもとても持ち運べそうもない。

 感情の見えないがおを前に、私はこう言うしかなかった。

「よろしくお願いします……」



 言われるままに手続きを終えた私は、大金の入ったらしいうすいカードをもらい建物から出た。そしてそのまま馬車に飛び乗った。

 ふるえる手で持っているギルドカードを見る。ただの薄い金属板に見えるカードは、大金貨よりもさらに現実感がなかった。

 しかし全く想像はつかないけれど、ここには大金貨が百枚入っているのだ。一生暮らしても余るほどの大金が。

 じんわりとうれしさがこみあげる。

 これがあれば、きっと家族のみんなが喜んでくれる。もしかしたら、また家族で住もうとかんげいしてくれるかもしれない。

 その想像をすると、期待で胸が高鳴った。

 おくの中で家族がこれまで私に笑顔を見せてくれたのは、学園に入学が決まった時だけだった。

 城下町にある学園は国によって開かれていて、成績がゆうしゆうだと仕事と同じようにお金が貰える。

 産まれた時から身体からだが小さく、勉強以外出来る事がなかった私は、家族にすすめられ学園に入学した。

 家事以外の殆どの時間を勉強についやしていた私は、無事に成績優秀者として入学をする事が出来た。

 入学許可証と成績優秀者の手紙を受け取った母は、嬉しそうに手紙をでていた。

「学園にきちんと入学が出来たのね。良かったわ。あなたは勉強しか取りがないのだから、学園に入れなければ役に立たずに終わるところだったのよ。本当に良かったわ」

 あの時、本当にやさしげな顔で母は私に笑いかけてくれた。おどろく事に小さな焼きまで渡してくれたのだ。

「これを食べてきちんとがんるのよ。きゆうについては、次の日には送金しなさい。自分のために使ってはいけないわ」

「なるべく多く送れるように頑張ります」

「そうよ。私たちもアンジェもとても期待しているわ」

 妹であるアンジェも、いつもほかの人に見せている天使のようなほほえみを私に向けた。

「家族である私たちの為に頑張ってね、リリー」

 私は頑張りが認められ、期待されているとほこらしく嬉しかった。

 学園まで通うと交通費がかかりめいわくをかけてしまうので、学園の近くにあるりように入った。家族とはなれたのはさびしいながらも、勉強をしながらお金をめ、実家に送金する日々はじゆうじつかんがあった。

 家族に必要とされている、と思える事が嬉しかった。

 生活はとても貧しかったけれど、家族である私たち、という言葉を思い出すと自然と笑みがかんだ。

 送金すると、何回かに一回は家族から受け取ったむねや楽しそうに買ったものを知らせる手紙が届いた。

 手紙は今持っている小さな荷物の中に大事に入れている。くじけそうなときに何度も読んだ手紙はすっかりり切れてしまったけれど。

 大切に可愛かわいい箱にめた手紙は、ただそれだけで私の気持ちを温かくした。

 学園を卒業しくすとして王城で働くようになってからも、送金と手紙のやりとりは続いた。

 しかし、そのやりとりも過去の事だ。妹のけつこん資金としてまとまった額が必要になり送金して以来、家族からのれんらくは来ていなかった。アンジェの結婚でいそがしいのだと自分をなつとくさせていたが、寂しかった。

 更にへいおんに思えた王城での仕事は、ある日とつぜん何故なぜかんしよくに追いやられ、最後はあらぬ罪を着せられて追い出されてしまった。

 私は、ゆいいつ持っていた家族に喜んでもらえる仕事すら失ってしまったのだ。

 寮からも追い出され、かい通知を手にしながら、なみだが止まらなかった。

 今の自分が歓迎されないと知りつつも、家族に会いたくてたまらなかった。

 だけど、家族に送金するすべすら失ってしまった私は、会いに行く勇気が持てなかった。

 街は一年に一度の大きな夏祭りで盛り上がっていたが、私はどうしようもなく、そのけんそうを遠くに感じていた。

 そこで売っていた、大金が入るという宝くじ。大金は、私にとってまさに夢だった。

 ほうに暮れていた私は、すがるようにその夢を買ったのだ。

 何もない私だけど、何か夢を見たくて。

 そして今、私は大金を手に入れる事ができた。

 これなら、と思う。

 今、私はあの時よりも、ずっと大きいお金を手にしている。

 きっと、歓迎してくれる。家族に会える。またいつしよに住めるかもしれない。

 私はぎゅっとカードをにぎりしめた。


 久しぶりに見た実家は、家を出た時と変わった様子はなかった。なつかしい気持ちがこみあげてくる。

 もう一度ギルドカードに手をやる。確かにある。

 どきどきとはやる気持ちを、息をいておさえ扉をたたく。

「父さん! 母さん! リリーです。いい報告があるんです。扉を開けてください」

 声をかけるが、反応がない。まだお昼前で、この時間にだれも居ない事はめつになかった。

 まさか、連絡がつかなかったのは家族に何かがあったからだったのだろうか。

 不安になって、何度も強く扉を叩く。

「どうしたの? 手紙も来なかったし何かあったの!?」

 私の大きな声に、通りがかった近所のおじいちゃんがこちらをり向いた。懐かしい顔に、少しどうようが落ち着く。

「君は……リリーちゃん?」

「あっ。はいそうです。お久しぶりです。……大きな声を出して、すみません。この時間に返事がないので、心配になってしまって。最近連絡も来なかったので、何かあったのかも、と」

 おじいちゃんは、私の事を驚いたように見た後、悲しそうに息を吐いた。

「そうか、知らなかったんだね。……落ち着いて聞きなさい。君の家族は、引っしたよ」

「えっ。アンジェが結婚するとは聞きましたが、父さんと、母さんも……?」

「そう、アンジェちゃんは貴族の所に行ったんだよ。……家族と一緒にね」

 私をづかってか言葉を選びながら話すおじいちゃんの言葉が、わかるのに理解できない。

「……家族と、一緒に? だって、だって私にはそんな事一言だって……そんな……」

 息が苦しくなり、心臓がぎゅっとなる。

 私も、家族なのに。

 えた連絡はそういう事だったんだ。私が送ったお金は引っ越し費用だったのかな。

 私は家族に捨てられた。今度こそ、本当にひとりぼっちになってしまったんだ。

 ……私にはお金を送っていても家族としてあつかってもらえる価値もなかったんだ。

 その事に気が付いた私は、流れる涙を止める事ができなかった。



 気の毒そうに何度もだいじようかと問うおじいちゃんに無理やり笑顔を見せ、私は王都にもどってきた。

 家族のいないあの街にこれ以上居る事は、とてもできそうもなかった。

 戻ってきた私は、そのままとぼとぼとぼうけん者ギルドに向かった。ギルドできちんと入金のかくにんをしてくれと言われていたのを思いだしたからだ。

 何もしないでいると、悲しみにみ込まれてしまいそうだった私は、今日確認を行うことにした。

 持った事のない大金は現実感がなく、それでもかばんに入れたそれを何度も確認してしまう。

 当選金の説明をしてくれたえらい人からは、しんけんな顔で、なるべくおそい時間に行って、部屋に通してもらい確認するようにと注意を受けていた。

 しかし、なるべく遅い時間と言われても、私には今日はこれ以上特にやる事もなかった。すぐに実家に向かい戻ってきた為に、まだお昼を少し過ぎたぐらいだ。

 その為、一度ギルドに向かって、場所を確認してから考える事にした。

 そうだ。仕事をギルドでしようかいしていたりするだろうか。

 本当なら、無職の私は、大金が入った事を喜ぶべきなのだろう。

 城下町は人が多く栄えていて、きらびやかだ。いつも街のみんなが楽しそうに過ごしているのを見ながら、体も小さくみすぼらしい見た目の自分がみじめに思えていた。

 大金を持っている今も、そのみじめさは変わらなかった。

 お金があるだけの何もない私は、また途方に暮れた。

 お金もある。時間もある。でも、私は何をしたらいいの?

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