第8話 自称探偵

 吹奏楽部の演奏が遠くに聞こえる放課後の家庭科室。窓の外では、サッカー部が大きな声を出し練習に励んでいる。奏人のやつ部活間に合ったかななんて考えながら室内のほうを見やる。そこには、異世界からやってきたという自称異世界の住人ティアの姿とお団子ヘアの小柄な少女の姿があった。それも左右に一つずつ、計二つのお団子がちょこんとかわいらしく乗っている。


「だ、誰だ貴様!」

「おーい、急にキャラ変わってんぞ~」

「ふふ、私は、この封印されし宝部屋を治めし者」

「いや、乗ってくれんのかい」


 やけにノリのいいその少女は、自身の迫真の演技が気に入ったのかしししと満足げに笑っている。

それにしてもほんとにいい匂いがするな。


「あ、これですかな?これは、あたしがさっき作った特製チョココロネ!そしてあたしの名前は、千代ころね。星蘭高校二年四組のチョココロネを世界一愛する女の子なのです!」


 まるで俺の心を読み取ったかのようにころねと名乗る少女は、俺の疑問に答え満足げにふふんと鼻を鳴らしている。というかこいつ同級生だったのか……。

そうか、いい匂いの正体はこいつだったというわけか。ころねの眼前にある机には出来立てらしいチョココロネが並んでいた。中にはチョコはもちろんのこと、カスタードやホイップクリームに抹茶クリームまでいろんなチョココロネがある。ん?まてよ?チョコが入っていないチョココロネを果たしてチョココロネと呼んでもいいのだろうか?


「ささ、おひとつどーぞです」


 そんなことを考えていた俺にころねはチョココロネを一つ差し出してきた。抹茶のクリームの入った美味しそうなチョココロネ。ちょうど抹茶のが美味しそうだと思っていたからこれはありがたい。ちなみにティアは先にもらっていたのか既にカスタードのチョココロネにかぶりついていた。


「ん~~。まだ熱が残っていて香ばしいパンにとろっとした液体の甘さが絡み合ってる。しかもこの液体なんだかプリンみたいな味がする。俊介、これ美味しいわ!」

「まぁ、カスタードクリームだし、プリンみたいな味がして当然だろうな。美味しいならよかったな」


 そういえばティアに最初に会った時に食べさせたプリンもカスタードプリンだったな。

 そんなことを思い出しながら俺も抹茶のチョココロネを口へと運んだ。瞬間、外は香ばしく、中はふんわりとした生地と甘すぎず程よい苦みを残した抹茶クリームが口の中に広がった。


「……⁉……これうまいな……」

「それはよかったです。よかったら他のも食べていいです」


 それからティアと俺は、机に並んだチョココロネを全て平らげた。どの味も美味しく正直お店に出しても恥ずかしくない出来栄え。


「美味かった。こんなの家庭科室で作れるんだな」

「です。あたしは、この家庭科部で副部長をしているのでこのくらい作れて当然なのです。と言っても部員は二人だけなのですが」


 てへへところねは苦笑いをする。そうかなるほど、家庭科部ね……。まてよ?副部長ということは……。


「何をしているかと思えば、またチョココロネですか……。うちは家庭科部であってチョココロネ部ではありませんのよ。もっと多種多様なものを作っていただかないと」

「あ!うい先輩!お疲れ様です!今日もういろう作りですか?」

「はい。もちろんです。この世で一番美しく、美味しいお菓子は、ういろうを除いてほかにありはしませんから」


噂の部長さんの登場だった。俺と比べてもそう変わらない高身長にすらりと伸びた細い脚は、黒のストッキングに覆われどこか大人っぽさを感じさせ。整った顔立ちは彼女の凛とした印象を際立たせていた。

ころねとの会話を終えたういは俺とティアの方に視線を移し怪疑のまなざしを向けてきた。


「ところで、こちらの方々はどなたかしら?」

「わ、私は星蘭高校二年五組二十九番星名天愛です!好物はプリンで靴下は右足から履きます!あ、あと……えっと……」

「お前慌てすぎだろ……。それに靴下どっちの足から履くかなんて自己紹介で言ってもしょうがないだろ……」


 たしかにこの人の前では少し緊張してしまうのもわからんでもないが、ここで舐められるわけにもいかない。ここは、びしっと決めてやる。


「お、俺は、星蘭高校二年三組十六番名鳥俊介でひゅ!」

「ぷっ……嚙んでるです。それより名鳥と天愛ちゃんでしたか。私にも自己紹介してほしかったです」


 そういえばころねには名前言ってなかったな。あとなんでこいつは俺だけ苗字呼び捨てなんだ~?にしてもおもいっきり自己紹介失敗したし、噛んだし、めちゃくちゃ恥ずかしい。隣ではティアが腹を抱えて笑っている。まぁ、緊張がほぐれたのなら良しとするか。


「私は、この家庭科部の部長を務めている三年一組の久郎崎ういです。好物はういろうで靴下は左足から……」

「うい先輩、そんなこと普通自己紹介で言わないです」

「そ、そうなの?ま、まぁいいわ。」


 自分の失態に気づいた久郎崎先輩は、頬和赤らめるもすぐにこほんと咳ばらいをすると今まで通りに淡々と語り始めた。にしても靴下は左足から履くんですね。だが、三年一組ということは……。


「うい先輩は、あの生徒会長も認めた学年トップの秀才なのです。すべてが完璧なミスターパーフェクトなのです。そう、名鳥のような凡人とはわけが違うのです」

「それ言うならミスパーフェクトな。ミスターパーフェクトじゃ野球選手になっちゃうぞ。てか、俺にだけ今日あったとは思えないくらい辛辣だな……。ちなみに成績ならティアの方がよっぽど……」

「俊介、黙りなさい」

「はい……。とほほ……」

「悪いんですけど、うちの部はカップルでの入部は認めていませんので他をあたってもらえますか?」

「い、いや俺たちはカップルじゃないしそもそも入部するつもりもありませんよ」

「あら、そうでしたか。ようやく部員が増えると思ったのですが。それでは何の御用で?」

「あの、この部屋もともと探偵やってるちょっと変な奴が放課後はいたと思うんですけど……」

「あの人なら今頃先生に怒られている頃なんじゃないでしょうか。聞いた話だと夜の校舎に侵入したとか……。」

「あいつも相変わらずだな……」

「もうすぐ来られるはずですし、ういろうでも食べながらお話でもしましょうか」


 久郎崎先輩の瞳がきらりと輝いた。ほんとこの人どんだけういろう好きなんだよ。

 時刻は五時半を回り特別棟の三階にある家庭科室には、より一層強く西日が差していた。その家庭科室に備え付けられている電子レンジの中は校舎を照らす西日のごとく朱く灯っている。電子レンジの稼働音が鳴り響く家庭科室では一人のういろう好き少女がその感性を今か今かと待ち望んでいた。

 ちなみにういろうとは室町時代からある和菓子の一種で、小麦粉に砂糖と湯水を入れ練った生地を型に入れ蒸しあげて作るらしい。より簡単に作るためにこの家庭科室では電子レンジを使っている。

 電子レンジの稼働音が止み、チンと音がすると久郎崎先輩はういろうを取り出し、冷蔵庫へと移した。


「しばらく冷やしたら出来上がりになります。そして出来上がったものがこちら」


 料理番組にごとく久郎崎先輩は昨日のうちに作っていたと見える冷却済みのういろうを取り出した。そして手早く皿に四人分を取り分けると煎茶と共に机の上に並べた。


「どうぞ、召し上がれ」


 皿の上に乗せられたのは三切れの長方形のういろう。三つとも色が違い、小豆、抹茶、桜の三種類だそうだ。なんというか、見た目がもう美味しそうである。

 例によってティアがぱくりと小豆のういろうを口へと運んだ。


「甘~い!これは良いわ!この柔らかい食感といい、じんわりと広がる甘さといいプリンやチョココロネとは違う良さがある!」


 俺もティアに続いて一口。


「うまいな……」


 頬が蕩けそうになるほどの甘さにその甘さと絶妙にマッチする煎茶の渋み。やっぱり日本人は和菓子だよなぁ。


「気に入ってもらえたようですね」

「ま、チョココロネには遠く及びませんですが」

「あなたという人は……素直になりませんと……。」

「あの、今更なんですけどなんで探偵部の部室で家庭科部が活動してるんですか?」

「ここは家庭科室ですよ?むしろ探偵部がいる方がおかしな話だと思いますが」


 それはそうだ。そもそも探偵部なんてものは学校に正式に認められた部ではなく、あいつが勝手にやっているものだ。それにしてもいつの間に家庭科部なんてできてたんだな……。


「今は探偵さんと相談してこの家庭科室を共同で使ってるんです。まぁ、こっちからしてみれば無理やり部室の半分を取られたようなものなのですが……。あ、噂をすればご本人の登場ですね」

「久郎崎、本人がいないところでべらべら話すのはやめろ」

「え、俊介この人が言ってた探偵?」


 俺がティアの疑問に同意の返事をする前に探偵が自ら切り出す。


「そうだ。オレが星蘭高校の探偵こと、三年一組の逢魔煎火だ。依頼があるというのはお前か?」


 星蘭高校の制服に魔女がかぶりそうな黒いとんがり帽子をした女子生徒がそこにはいた。暗く妖しげな雰囲気を漂わせながらティアのことをみつめている。


「は、はい、星名天愛っていいます……って探偵って女の子だったの⁉」

「俺がいつ男って言ったんだよ」

「だ、だって電話口に聞こえた声も低めだったし、一人称も“オレ”だったし、そもそも俊介に女の子の知り合いがいるはずないし……」


最後だけ失礼すぎるだろ……。まあ、煎火は髪も男子かと思うくらい短くしてるし、俺も初対面じゃ見極められる自信はないんだけどな。


「ようやく場が整ったようですね。ころねさん、今日の部活は早めに切り上げて私たちは帰りましょうか」

「ですね」

「あの、なんかすいません」

「いいんですよ。どうやら待たせている人もいるようですしね」

「?」

 そう言い残すと久郎崎先輩ところねは手早く片付けを済ませ家庭科室を後にした。


「久郎崎も気が使えるようになったものだな。では、話を始めるとするか」

「煎火、依頼っていうのはな……」

「まあ待て、だいたい予想はついている」

「予想ついてるって……」

「それより先にオレのこの一年の出来事についてお前たちに話しておきたい。入れ」


 そう煎火が言い放つと家庭科室の扉がガラガラと開き一人の女性が入ってくる。どうやら始めから部屋の前で待機していたらしい。久郎崎先輩の言っていた待たせている人というのはこの人のことだったのか……。

 マスクにサングラスをした見るからに怪しいその女性は、俺たちの傍へと来るとゆっくりとマスクとサングラスを外した。そして、俺とティアは衝撃を受けることとなる。そりゃそうだ。その人物のことを俺もティアも知っていたから。


「こいつがオレの中に一年間入っていた迷惑この上ない女、比良坂よもぎだ」

「よもぎでーすっ。いぇい☆」


 そこにあったのは誰もが知る今話題の人気アイドル、比良坂よもぎの姿だった。

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