第6話 協力

 男子高校生が一人暮らしをするワンルームの安アパートには一瞬の静寂が舞い降りた。その後少女は語り始める。


「私のいたメンティール王国は魔女の国だったの。私はそこで貴族の娘として生を受けた。でもね、あっちの世界では、魔女は悪魔の使いだっていう昔からの習わしがあって私の国は、周りからあんまりよく思われていなかったみたい。だから貴族って言ってもあんまり裕福じゃなくて私たちは普段から魔物の討伐なんかをして生計を立ててきた。確かに裕福ではなかったけど私には、お母様がいてお父様がいてそしてお姉様がいた。それだけで十分だった。それだけで十分だったのに、なのに……なのに……」


 ティアが言葉に詰まる。悲痛とも憤怒とも懺悔とも取れない感極まった表情に気圧された俺は、口をはさむことができなかったし、させてもらえなかった。


「ごめんなさい。何があったかまでは話す気になれないわ。あなたの質問に答えるとしたら私は悪魔の使いとされている魔女であり、とにかくお姉様を追いかけていたらこの場所に行き着いた。お姉様を探す当ては…今は無いわ。あなたも驚いたでしょう?私はもう行くわ。これ以上迷惑かけられないしあなただってこれ以上関わりたくないでしょうから」

「あのなぁ。一人でしゃべるだけしゃべって勝手に話を終わらせるなよ!」

「⁉」

「俺はまだ迷惑だとも言ってねぇし、追い出すとも言ってねぇ!だいたい迷惑だって思うならわざわざ事情を聞いたりもしねぇ!それにそんな話を聞いたら何もせずに追い出すわけにはいかねぇじゃないか」

「じゃ、じゃあ私に協力してくれるの?」

「ああ。そう言ってる。ってか、俺好きなんだよね!そういう都市伝説的な話!だって異世界が本当に存在するって話だろ?」

「テ、テンション高!ちょっときもい……」


 ティアがなにか聞き捨てならないことを言った気がするが今は気にもならない。それくらい気分が良かった。本当に、ここ最近で一番気分が良かった。だからこそ迷いなく右手を差し出せる。


「それと、俺は名鳥俊介。よろしくな」

「私は……そうね……ティア・ディアーナよ。よろしくね」


 ティアも右手を差し出し、俺たちは契りを結んだ。男と女、人間と魔女、俊介とティア、従来交わることのない二人の接触がこの世界の歯車を狂わせることになることを俺たちは知らなかった。


「それで?協力というのは何をすることを指すのかしら?言っておくけどお姉様を探す手掛かりは何もないのよ?」

「いや、そんなに胸張って言うことじゃないだろ。それにそういうのはもっとふくよかな胸部を持ってからだな……」

「あれれ~?何か聞こえたんだけどな~」


 先ほどまで俺の右手と固い契りを交わしていたはずのティアの右手がいつの間にか硬い拳を作って俺の顔面に迫らんとしていた。平和が崩れるのはあっという間のことなのだ。俺は拳が届くまでに慌てて話題を変えた。


「お、お前のお姉さん探しに関しては俺から一つ提案があるんだ」

「提案?」

「ああ。俺の学校にそういうのに詳しそうなやつがいるんだ。そいつに依頼としてこの件を相談してみるのはどうだ?もちろんそれなりの報酬を求められる可能性はあるが」

「依頼ってどういうことよ」

「まぁ、細かい話は会ってからすればいいんだけど、そいつ“探偵”なんだよ。明日の放課後会えるか聞いてやる」


 そう言って俺は傍らのスマホで探偵へと電話を掛けた。直接電話をするのは久しぶりのことなので出てくれるか確証はなかったが、コール音四回ののち電話口からそいつの声がした。


「オレだ」

「久しぶりだな。急なんだけどお前まだ探偵やってるよな?」

「自称だがな」

「一つ依頼があるんだ。明日放課後会えないか?」

「悪いな。明日から一年間休学するんだ。これからいろいろ忙しくなりそうなのでな」

「おいおい、なんでこのタイミングなんだよ……」

「知るか。以前から決まっていたことだ。ちなみに外部との接点も規制されるからその依頼とやらは一年後だな。切るぞ。じゃあな」

「あ!おい!」


 いきなり出鼻をくじかれた。まぁ、このくらいでティアは機嫌を損ねたりは……。


「俊介?これはどういうことかしら……?」


 そこには握りこぶしを顔の横に作りこちらを睨みつけるティアの姿があった。

 このあとしっかり怒られた。

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