第4話 日常と非日常

放課後。俺は少し遠回りをしてアパートを目指していた。別に本気で昨日の謎の現象を調べるつもりはない。どうせ帰り道だから少し見て回るだけだ。そもそも人が落ちたなら落下音もするし、落下した形跡だって残る。それらが話題になっていない時点で今調べても何もでて来ないだろう。

見慣れない家の屋根、見慣れない電柱、目に映るすべてが新鮮であり、落ち着かない。これから始まっていく生活に期待と不安が入り混じっている。いや、期待なんてほんとはしていないのかもしれない。俺は昔から。

謎の現象の痕跡は何一つ見つからなかったが、始めて通る道とあって今まで知らなかった自動販売機の存在やこじんまりした昔ながらの駄菓子屋の存在も知ることができた。それだけで十分なのかもしれない。さて、帰るとするか。


「さて、今日は何食べるかなー。ん?」


 晩御飯の内容を考えていた俺の耳にかすかにそれは聞こえた。空耳ではない。某海賊漫画のグルグル眉毛でなくても聞こえる少女の泣き声だ。声がした方へと自然に足は動き出していた。何かに導かれるように向かった先には小さな公園があった。俺のアパートからもそんなに離れていない近所の公園。名前も知らないその小さな公園のブランコには、ブロンドヘアの少女が俯いて座っていた。どこか寂れた公園には場違いな桃色を基調としたゴスロリ衣装に身を包み、赤のリボンを施した嫌でも目立つブロンドヘアは夕日に照らされて美しく光り輝いていた。

 思わず感嘆の吐息が漏れるほどの美しい光景に思えた。そんな場違いな思考から脱出し、少女へと近づいた。遠くから見たときは小学生かと思ったが案外自分と都市は近いかもしれない。


「どうかしたのか?」

「……」

「おーい、聞こえてるかー?」

「……」


 これでは埒が明かない。

あれか?日本語わからないパターンか?

しょうがないので拙い英語で話しかけようとすると、


「ここどこ……お母さま……」


 消え入りそうな声で少女がつぶやいた。なんだ、迷子か。年齢はかなり自分と近いように感じたが案外年下なのかもしれない。

 しかし、それ以降何を言ってもどれだけ待っても少女が口を開くことはなくただただ静かな嗚咽とともに涙を流し続けるだけだった。

 どうしたもんかなと思ったがこのままにしておくわけにもいかず、ちょっと待ってろとだけ言い残して近くのコンビニへとダッシュ。プリンとオレンジジュ―スを手早く買うと再び少女のいた公園へ戻った。

 どうせどこかの家出少女だろうし、帰ってくれていればそれでいい。そう思っていたが、先程の公園のブランコには少女が俯いて座っていた。

 少女のそばに行き、「これくうか?」とプリンとオレンジジュースを少女の目の前に出してやる。

 しかし、少女は反応しない。とりあえず泣くのはやめたようだがプリンとオレンジジュース交互に見つめ停止してしまった。よく分からないが開けろという意味だろうか。わがままだなと思いつつもプリンのふたを開け、プラスチックのスプーンと共にもう一度渡してみる。恐る恐るそれを受け取った少女だが、食べ始めることはなくスプーンの先端でプリンの表面をつついている。


「なに……これ……」

「なにって、プリンだよ。知らないのか?」


 あれ? 外国にもプリンってあるよな? それとも金持ちでこんな庶民の食べ物食べたことないとか?

 とりあえず彼女のスプーンを手に取り、プリンを掬って少女の口元へ。少女は小さく口を開くとプリンが乗ったスプーンを咥えこんだ。

 すると、しばらく時が止まったかのように動かなかった少女だったが、プリンがのどを通った瞬間俺からスプーンを奪うとプリンをかきこみ始めた。そしてものの十秒足らずでプリンを完食した少女はこう叫んだのだ。


「おいしー!!!」


と。いや、ここ住宅街なんでやめてもらえますかね……。

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