-中-
──潰そうと思う。
その言葉にかつてのやり取りが思い浮かんだ。
『──大きくなってから、ピカピカの本物を送ってね。また交換しよ』
『──うん、約束するよ』
彼と私、両家家族で出掛けた夏祭りの夜。
二人きりで会話したことを思い出した。
「覚えてたんだ…うう、少しくらい罪悪感を感じるわね…」
けど、右手の薬指にはもう別の指輪をしているし、私も用意していない。だから今更そんなもの要らないわ。
でも壊すというのだから、目の前で潰すとか…かしら? 物を大事にする彼が、そんなことをするとは思えないけど…。
そう思っていたら、次のシーンには、ドロドロに溶けたスライムみたいな銀の塊が画面いっぱいに映っていた。
『溶かしてみたら、ただの金属の塊になったよ。はは』
小さなそれは、まるで逃げ足の早いスライムみたいにトロけていた。
どうやらこの動画は編集しているらしい。
そこまで…するんだ。
「ンッ、あは、ただ捨てればいいのに! 醜悪な趣味の面倒くさいやつ! ンぎッ、せ、SEXなんてしなくて正解だったわ!」
そう思うのに、なぜか胸が少し苦しく、それを忘れるためか、先端を強く捻っていた。
それからも彼の破壊は続いていく。
『──君がくれたこの手編みのマフラー。ツンデレみたいな渡し方してたよね。ははは』
去年あげた手編みのマフラーは、真っ赤で歪な丸さの糸玉になっていた。
『──この手紙、真っ赤な顔してくれたよね。これは一度ミキサーにかけてから漉いたよ。はははは』
告白のために送った真っ白な便箋は、インクが混ざったのか、封筒も一緒にミキシングしたのか、汚く濁った四角い色紙みたいな紙になっていた。
「ン、ン゛、っ、はぁ、んン゛ッ…」
思い出とともに語る彼は、普段とは違っていて、とても饒舌だった。決して明るく話してるわけではないけど、もらった時の気持ちを丁寧に吐露してから潰していた。
「そんなこと一つも言ってなかったじゃない…! はぁ、はぁ、ンン゛ッ!!」
それが何故か切なくて、ただ切なくて、遮二無二指でミキシングしていた私のあそこも、リメイクされた便箋と同じようにすっかりと黒ずんでいたことに、今更ながらに気づいた。
でも指は止まらなかった。
涙も何故か止まらなかった。
「…ぇ…あ? ン"ンッ!!」
それからも私があげた思い出の品が、彼の思い出語りとともに潰されていった。
私の想いと思い出が詰まっていたモノが、汚く濁り、元の輪郭を歪めたままに巻き戻していった。
でもそれは、決して元の形には戻らないと言っているかのような歪さで、まるで今の私みたいに思えてならない。
「う、う、あ゛ン、あは、はは…ん゛ンンッ…!」
私が捨てたものを一つずつ丁寧に丁寧に拾い集めてから壊す様は、本気で私を愛していたのだと伝わった。
自分の想いも思い出し、価値観が変わっても変わらない想いも、未だ私の中にあるのだと、今更ながらに気づかされた。
同時に、仕返しでも強がりでもなく、本気で無かったことにする気なのだと、ようやくわからせられた。
『これで君からのプレゼントは全て終わったよ。これで君がくれた気持ちをまっさらに出来た』
そして彼はため息を一つ吐いた。
それはそうだ。
だって二人はいつも一緒にいた。
膨大な思い出があった。
それを全部語ったのだ。
喉も乾くし、疲れるだろう。
私も彼が壊す度に達した余韻で脱力していた。
モノと共に私も壊されていく、いや戻っていくかのようだった。
ぼぅっとした頭で思ったのは、私が忘れていたことも彼は覚えていた、ということだった。
嘘だ。でもそんなのは嘘だ。
『──覚えてないの? もぉ! 二人の思い出でしょう! 信じられない…』
『──ははは…すっかり忘れてたよ』
私にあんまり興味なんてないんじゃないかと先輩に言われ、確かめた二人の思い出に対して、そんなことを謝りもせずに言ってたじゃない。
尤も、先輩とのことを打ち明けることが出来ずに葛藤していて、苛立ちが募っていて、当たり散らかしていて、彼の表情は見てなかった。
こんなにも、変わっていたんだ。
『これで君の言っていた通りになったかな』
動画の中の彼は、別日に撮ったのか、喉を潤した時に水でも溢したのか、シャツが変わっていた。
「…言っていた…通り…?」
『えっと、頑張って内緒にするからお願い先輩、だっけ。ははは』
自然と会話みたいになったことに驚きつつ、そのセリフを思い出す。
何か…何か覚えてるわ。
なんだったかしら…?
ああ、半年前くらい…の…寒い日で…この部屋で…隣の家…彼の部屋を眺めながら焦らされていて…私が堕ちた時のセリフ…?
そんなに…前から知られていたってこと…?
嘘……。
そこからも彼は話す。
危ない橋を渡るようにして、彼の近くでイタズラされたこともあった。
彼に言われたとおりに思い出せる、醜くて汚くて、酷い話ばかりだった。
『はは。あと、あんなのと付き合って…人生の汚点だから無かったことにしてぇ、だっけ。ははは』
私と先輩の汚い点ばかりで、酷い話ばかりだった。
この内容から、どうやら先輩はずっと前から彼にハメ撮りを送っていたようだった。
『僕を馬鹿にしながらのSEXは、そんなに気持ちよかったかい?』
そう言って彼は少し意地の悪い顔をした。
その瞳は、どこか別の何かを見ているようで、彼が離れていく恐怖に、私は大きく達してしまった。
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