私と彼のビデオレター
墨色
-上-
夏休みに入ってからは、彼氏には会っておらず、先輩の家に入り浸っていた。
昨日は盛り上がってしまい、初めてお泊りになってしまった。
家に朝早く帰り、昼頃起きてみれば、自室の机にUSBメモリがあった。
母のメモには、彼から私の忘れ物だと言われたのだとか。
「来てたんだ…」
彼氏…彼とは幼馴染だった。
幼い頃からお互いの家には何度も行っていたけど、大きくなってからは稀で、付き合ってからは気恥ずかしさから数回も来ていないし、先輩とそういう関係になってからは、後ろめたくて誘えなかった。
母のメモには、その他小言が並んでいて、避妊だけはしなさいとも書いていた。
都合の良いことに、内容から彼とお泊まりしたのだと思ってる。
お見通しだとでも思っているところ悪いけど、彼とはそんなことをしたことは一度もない。
いずれバレるだろうけど、今は昨日の夜の激しさで、気怠くて何にも考えられない。
何か手を打った方がいいのかしら。
先輩に相談しようかな。
「それより…何かしら…動画?」
ノートPCに挿してみると、USBに入っていたのは、一つの動画ファイルだった。
別れ話だろうか。罵詈雑言だろうか。それとも、もう諦めたのだろうか。
なんて、図々しいわね。
それでも少しは期待した。
強く抱いて取り戻してくれるんじゃないかって。
始まりを待つまで、自然と胸と股に手が伸びる。
昨日散々ヤったのに、私は全然懲りてない。こんな馬鹿な女に成り下がってしまったことに、嫌悪感を持たなくなってしまった。
いや、これは恐怖だろうか。
「今更遅いよ…ふふ。ン、ン…私、ナニ言ってんのかな…。ン、始まってすら…なかったのに…ン…」
小さな頃から抱いていた、長年の思いを告げ、幼馴染の彼と付き合ってからは、結局手を繋いだくらいしか進まなかった。
気恥ずかしくて、たまらなくて、それでも小さな幸せが咲き誇り、降り積もるような心地よい日々だった。
そんな中、軽薄な先輩に目をつけられ、私は半ば強引に関係を持ってしまった。
途中何度も何度も逃れるチャンスはあった。
彼に伝えて罰を受けて、楽になりたかった。
けれど、私はそうは出来なかった。
それを一年ほど続け、罪悪感は背徳によって打ち消され、徐々に徐々に快感に押し流され、心が離れていく私に、気づきもしない彼に腹を立てたりもしていた。
そして私は彼に別れも告げずに、ついにはあんなものを送ってしまった。
『──先輩だめぇぇ──っ、…? ふぁ? なんでぇ…? なんでやめちゃうのぉ…?』
『ほら、俺とお前の仲良い姿をさ、彼氏に送ってやれよ。そしたら続けてやるよ』
『そ、それは……んはぁッッ!? せ、先輩…それだけは…ン、ンッ!?』
『嫌ならいいぜ?』
『ぁ、あ、やン、ンッ!? わ! わ、わかりましたぁ……』
『よしよし、いい子だ』
『…お"っ、お、くり、ました…こ、これでいいですよね…? ゆっくり嫌ぁぁッがッッ!? 速い、あ"あ"、じ、死ぬ、死ぬぅ!! 死ぬがらぁ!!』
『はは、ほら逝け、逝け!!──』
それが夏休みに入ってすぐだった。
それから彼には会ってない。
でも、やってしまった、というよりやってやった、の方が勝っていた。
どこまでも気づかない彼に腹を立てていたのも、無かったとは言えない。
それに、もう罪悪感も沸かなくなってきた頃だった。元々は貞淑な考えだったけど、いろいろな事をされ、すっかりと価値観は変わってしまっていた。
後ろめたさや後悔や怯えで何度泣いたかわからない。
鬼畜な所業と仕打ちを受けながらも、開花していく身体に、心と気持ちが抗えなかった。
もしかしたら怖くて逃避したい心が、快感や快楽に置き換わっただけなのかもしれないけれど、忘れようとすればするほど、それに依存している自分がいた。
自然と胸の先端を強く捻っていた。
そして彼からの動画は始まった。
『…やあ、元気にしてるかい? 今年も暑いね。早速だけど、君からビデオレターをもらったからね。内容はどうあれ、手紙は手紙さ。だから返事しないと、ってね。ははは…』
努めて明るく振る舞っているけど、かつて私が愛していた彼は、夏休み前と違って、すっかりと生気のない顔となっていた。
『何て書こうか迷ってさ。思いついて準備していたら、遅くなってしまったよ。ははは』
確かにもう夏休みも半ばだった。
馬鹿じゃないの…強がっちゃって。
「ンッ、は、ン、んんッ、はぁ、はぁ…」
私の指の動きが、強さと速さを増しながら、加速していることに気づかずに、私は自慰に耽っていた。
そして、食い入るように画面に見入っていた。
『全部きちんと見たよ。動画の中の君は、僕の見たことのない君の姿だった。それはそうだ。僕とはそんな関係にはなってなかったしね。だからまあ、感想は控えるよ』
全部…全部見たのね…。
何が楽しいのか、先輩は彼に見せつけるために行為の動画を撮っていた。
何故かあの時はハイになっていたから恥ずかしくは無かったけど、今はとても恥ずかしい。
指先に力が籠っていたことにようやく気づく。
クーラーの冷たさが、熱い身体と拮抗していたことには気づかいまま、感想がないことに苛立ちを感じていた。
あの人は綺麗だ綺麗だと言ってくれるのに。
この価値観の変化に気づいたからこそ、罪悪感は埋もれてしまったのだろうか。
『それでね。僕に何が出来るかを考えたんだけど…君は17年の想いを見事に壊してくれたわけだし。ははは』
彼とは生まれた日も病院も同じで、幼馴染の間柄だった。そこから彼氏彼女になって、二年が過ぎていた。
鈍感な彼に想いを告げたのは私からだったのに、17年…?
『だから僕も壊そうと思ってさ』
この言い方だと、わたしへの気持ちは残っているのだろうか。
だけど、壊すも何も、私の中には彼に向けていた気持ちはもうない。
だからこれを見る必要はない。
必要はないけど、どこか、心の微かな奥底に引っ掛かる何かがあった。
知らずに指で必死に中を掻き回していた。
『これ…わかるかな。今年の君の誕生日にあげようと思ってた指輪さ。ははは』
画面に近づけたり離したりとしたのは、シンプルで可愛らしいくらいの小さな模様が施された、お互い送り合うはずのシルバーリングだった。
『これをまずは壊そうと思う』
その言葉に、私はその手をピタリと止めた。
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