第209話 合意


 「ボス。カタリーナが『海蛇』との交渉に成功したみたいだにゃ」


 「ほほう。話し合いが上手くいったのか」


 馬車に揺られて造船工房に向かってると、転送箱から連絡が来た。今スラムを任せてるカタリーナが見事に交渉をまとめてくれたらしい。


 クロエが『海蛇』になら多少だけど顔が利くって言って、仲介してくれたんだよね。無傷で情報収集出来る人材を入手出来るなら悪くないと思って、ダメ元でまずは話し合いをしてみたんだけど。


 流石カタリーナさん。一体どんな交渉をしたのやら。俺なら裏組織相手なら脅す一択なんだけど。案外カタリーナもそうしたのかもね。


 「明日また正式な話し合いをするみたいにゃ。主要人物の契約が終わったら鑑定を頼むって来てるにゃね」


 「りょーかい」


 カタリーナがしっかりと仕事をしてくれたなら、俺も頑張らないといけないな。親方さん達が良い返事をくれたら良いんだけど。


 気に入った相手に暴力を使って契約を迫るのはあんまりしたくないよね。まあ、必要とあらばするんだけど。あくまで出来るだけである。


 そんなこんなで馬車に揺られる事少し。工房に到着。中に入ると親方や、その他従業員が全員揃って出迎えてくれた。


 「お出迎えありがとうございます」


 「お待ちしておりましたぞ」


 前回の会談とは違って、若干丁寧な言葉遣いになってる親方。これは返事にも期待出来そうだ。


 応接室に案内されて、親方が早速とばかりに返事をくれた。


 「『ルルイエ商会』にお世話になります」


 「ありがとうございます。後悔させませんよ」


 ここ数日で親方は工房の従業員を説得してくれたみたいだ。滅茶苦茶助かる。優秀な船大工が100人単位で手に入ったんだから。


 まあ、中には職業が全然違う人もいるけどね。不思議と上の方の職人の人は職業が合致している。職場替えはしっかりと話し合いをしてからかな。


 スラムに転がってる連中とは違って、ここで働いてた人達は、船大工という職に拘りもあるだろうし。いきなり別の事をやれと言われても納得出来ないだろう。


 俺の鑑定の事、職業の事をきちんと知ってもらっても尚、船大工に拘るって言うなら止めない。上に上がるのは難しくなるだろうけどね。


 「じゃあ皆さんが揃ってるところで。まずはこれを見てもらいましょうか」


 親方が今日の為に作業を止めて全員集めてくれたのは助かった。丁度良いからいくつか見てもらいたいものがある。


 「こちら、エリザベスが作った船の模型になります」


 俺が魔法鞄からここ数日で改良を重ねた船の模型を見せる。新規格の木造船の模型と、魔導エンジンを搭載した鉄製の船、そして蒸気機関を使った鉄製の船だ。


 模型を出した瞬間、我先にと群がる職人達。そこに上の立場も下の立場も関係ない。


 「こ、こら! こういうのはまず親方である俺からだな…ぷげっ!」


 親方が人混みに流されてしまった。みんな船に対する熱量が凄いね。今日、エリザベスを連れて来なくて良かった。質問攻めでどえらい事になってただろう。


 「すげぇ! なんて複雑な帆だ」


 「風の力を最大限に取り入れられるぞ! スピードも結構出るんじゃないか!?」


 「おい! こっちもすげぇぞ!」


 「これで舵が取れるようになってるのか? なるほど、動力がこれなら--」


 『クトゥルフ』の生産部門みたいな事になってる。あいつらも新発明が出来た時は、こんなんだからな。目の前の事に夢中になっちゃう。職人は皆んなこんな感じになっちゃうのかね。


 「すみませんな、レイモンド殿」


 「まあ、気持ちは分かるので」


 新しい玩具を目の前にぶら下げられたらね。俺もあんな感じになると思う。米を見つけた時はそうだった。


 「はいはーい! ちゅーもーく! 今焦らなくてもこれから弄る機会はいくらでもありますよー! まずはやる事をちゃちゃっと済ませておきましょう!」


 デパートのセールに群がるおばちゃんみたいに、船の模型を取り合ってる職人達をなんとか宥めて、まず先にやる事をやらせてもらう。


 従業員名簿を作るついでに、契約と鑑定を済ませておかないとね。『クトゥルフ』に所属する人員の名簿はしっかり作ってる。


 給料の管理とか楽だし。前世の戸籍ほどかっちり作ってる訳じゃないけどね。でも、これがあるなしでは、管理の楽さが段違いだ。


 親方に応接室を借りて名前、職業を紙に書いていく。最初はなんか不気味な闇魔法の契約にビビってた人もいるけど。


 船の模型って餌をぶら下げられた職人達は、しっかりと契約を交わしてくれた。作戦通りである。


 「それにしても不思議な力ですな。恩恵でしたかな?」


 「無理に丁寧に喋ろうとしないで良いよ。なんか変だし」


 数時間かけて契約と名簿作りが終了した。今は応接室で親方とアリーナとゆっくりしている。職人達は未だに模型に夢中だが。


 「そりゃ助かるぜ」


 「俺に丁寧に喋ってる連中の方が珍しいくらいだからね」


 カタリーナくらいか? でもあいつは誰にでもあんな喋り方だしな。俺も無理に遜られるよりは、気軽に喋ってくれる方がありがたい。


 「それで恩恵の事だったっけ? 残念ながらこの工房には居なかったなぁ。まあ、それを差し置いても、優秀な人間ばっかりだから、全然良いんだけど。親方、なんか心当たりない? 超常な力を使ってるーって噂の人」


 「知らねぇなぁ」


 このディエルではまだ一人しか恩恵持ちに出会ってない。いや、一人見つけられただけで万々歳か?


 やっぱり帝都の方にも力を入れて人を確保するべきかな。

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