第204話 鉄製の船


 ☆★☆★☆★



 「これが序の口だと? レイモンドさんよ、それは流石に吹きすぎだろう」


 今日は既にお腹いっぱいだぞ? 俺は早速レイモンドに交渉して、この船を造らせてくれと頼もうと思ってたんだが、これ以上?


 流石にそれはない。俺だって人生をひたすら造船に捧げてきた。船の限界ってのは、把握してるつもりだ。このエリザベスの嬢ちゃんが、描いた新しい船の設計図。


 恐らくこれ以上はないだろうと思わせる程の高性能。大きさもこれ以上デカくすりゃ、風の力では進ませる事は出来ないだろう。


 ここからどう発展させりゃ良いか検討もつかない。しかし、内心で色々考えてる俺を見てレイモンドはにこやかに笑うのみ。


 くそっ。俺の頭ではどう考えてもこの設計図の船が限界だ。しかし、万が一これよりも高性能な船があるのだとしたら…。


 話を聞かずにはいられねぇ。


 「親方は船を鉄で造ってみた事は?」


 「はっ。そんな事かよ。考えた事があるに決まってるだろ。船大工なら誰しもが一度は考えてみる事だ。だが、無理だ。余程小さい船ならまだしも、荷物を船を鉄製に変える事は出来ん。風の力じゃ進まねぇんだよ。風の魔法使いを積んでも一緒だ。次は帆が耐えられねぇ」


 「うんうん。無理ですよね。風の力じゃ」


 レイモンドは当たり前だと言わんばかりに、俺の言葉に頷く。なんだ? 何か気になる言い方だが…まさか…。


 「風の力以外に動力があるのか?」


 「流石親方。すぐにそこに思い至るとは」


 レイモンドはそう言って鞄から何かを取り出す。なんだこれは? 見た事もねぇ代物だぞ。


 「これはね。今うちで開発してる魔導エンジンと呼ばれるものです。今は出力が小さいですが」


 「マジかよ…」


 恐らく乗り物であろう、四輪のオモチャが走り出した。一体どうなってんだ? 何の力で動いてる?


 「魔力でこれを動かしてるんですよ。まあ、本当に今はこれぐらいの大きさのモノしか動かせませんが。親方ならこれが大きくなったらどうなるか…分かりますよね?」


 「出力次第では鉄製の船も動かせる…」


 「その通りです」


 マジか…マジか、マジか! こいつはすげぇ! 本当に鉄の船を走らせる事が出来るってのか!?


 「まあ、この魔導エンジンの開発はまだまだ先の長い話になるでしょう。しかし、うちはこれ以外にも新たな動力を発見しています。今は説明を省かせてもらいますが。こちらの方が実用は早そうでして。勿論出力は充分ですよ」


 「こんな事が…」


 まさか全船大工の夢が叶うかもしれねぇってのか…? 造りてぇ。なんとしてもこの手で造ってみてぇ。


 「そ、それで…? 俺達にここまで話したんだ。その造船はうちの工房に任せてくれるのか?」


 逸る気持ちを抑え切れずに聞いちまった。正直、一介の商人がなんで動力の開発なんてしてるのかとかも気になったが、今はどうでもいい。


 とにかく船を造りてぇ。ただそれだけだ。


 「ええ。私としては任せたいところですが…。これだけの情報です。おいそれとお願いする訳にはいかないのは分かってもらえますよね? これが成功すれば間違いなく歴史を変えます。後世に名前を残す事になるであろう偉業になります。それだけの船を造ろうとしてるんです」


 「後世に名前が…。そこまで考えてなかったぜ…」


 確かに言われてみればそりゃそうだ。鉄の船が走るなんて、周りの工房に言っても馬鹿にされるのがオチ。信じてもらえる訳がねぇ。だが、本当に走るんだとしたら…。


 「何が条件だ?」


 「うちの商会に吸収されませんか? 勿論待遇等は今までと何も変わりませんし、むしろ、更に厚遇する事を誓いましょう。うちが信用出来ないなら、領主立ち合いの元で契約書を交わしても構いません」


 「吸収か…。提携って形じゃダメなのか?」


 「我々が気にしてるのは情報漏洩。外から探られて、将来的には漏れるでしょうが、身内から漏れる事は避けたいんですよね」


 「吸収しても内部から裏切られる事もあるだろうよ。何せ鉄製の船だ。もし実現するなら間違いなく金になる。末端の奴らは金で靡く奴もいるぞ」


 「大丈夫です」


 「いや、だがな…」


 「大丈夫なんですよ、それは。ここからは、親方が判断してからお話しします」


 「そうは言ってもな…」


 ずっと俺らの一族が頑張ってきた工房だ。いきなり吸収するって言われても判断し切れねぇよ。


 そりゃ、この船は造りたいさ。だが、抱えてる職人達の事もある。工房の主として、自分の気持ちだけで判断する訳にはいかねぇ。


 「人生を左右する大きな決断です。今すぐ決断しろとは言いません。従業員の方やご家族とも良く話し合ってください。勿論、断って頂いても構いませんし、断ったからと言って、先程見せた設計図の船はここで造るなとは言いませんよ。我が商会は間違いなく、その設計図の船よりも凄い船を造ってみせますからね」


 俺達の工房が断ったらレイモンドは別の工房に話を持って行くだけだろう。その工房も受けるか分からねぇが、絶対にレイモンドの考えに賛成して、手を組む工房はあるはずだ。


 そしてその船が本当に造られると……。間違いなく既存の船は役立たずになる。そうなりゃ、俺達の工房の存続の危機。


 実質この話を聞かされた時点でほとんど選択肢なんか無ぇんだよ。レイモンドが船の開発に失敗すりゃその限りじゃねぇが。


 はぁ。

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