第203話 誘惑
「タントス親方。職人にとって設計図が重要という事はお分かりですよね?」
「それはそうだがよ…」
「親方が言いたい事は分かりますよ。今日一日見学した程度で描いた子供の設計図なんて、まともに仕上がる訳ないですもんね。それなら見るぐらいは構わないって事でしょう?」
「ま、まあ…」
「では、万が一この設計図がきちんとしたものだとして。親方達は対価を払えますか? 俺も素人ですが、この設計図を見た感じ、既存の船とは全く別モノの形をしています。見てしまったら、エリザベスが考えた新技術が盗まれてしまうかもしれない。そう考えると、商人としては、はいどうぞと、見せる訳にはいかないですね」
「ふ、ふぬぅ」
職人のおっさんのぐぬぬ顔。一体どこに需要があるんですかねぇ。まあ、工場見学させてもらったお陰で、この設計図を描けたから、あんまりやいやい言えないんだけど。
それでもこの設計図通りの船が出来るなら、これからの航海は一変するはずだ。速度然り、積載量然り。あまりにも大きさが違うからね。
「っと、まぁ意地悪するのはこの辺にしておきましょうか」
「は? え? 良いのか?」
俺はエリザベスが描いた設計図を親方に渡す。親方達はポカンとしながらも、チラチラと渡された設計図を見てる。
見たいけど、どんな対価を払わされるか分かったもんじゃないと、ギリギリで理性と戦ってる感じか。
「構いませんよ。やっぱり専門の人に見てもらって意見も聞きたいですから。それに…」
俺はエリザベスを見る。我関せずとばかりに次の設計図を描くのに取り掛かってらっしゃる。
エリザベスには、蒸気の仕組みは教えてあるし、ラジコンで培った魔導エンジンの仕組みもある。正直、木造船はそのうち時代遅れになるんだよね。
それならその設計図を見せて、俺達やエリザベスの有用性を見せつけて、ちゃんとした職人を取り込む方が良い。俺達には素案はあっても人手が足りてないのだ。
「さっきは対価云々は言いましたが、これに関しては無くても大丈夫です。どうぞ、見てご意見をお聞かせ下さい」
「お、おう」
タントス親方達は食い入るように、設計図を見始めた。真剣な眼差しで、時々独り言を呟いて感心してるような、戦慄してるような。
一通り見終わった後は、一緒に見てた職人達と意見交換をしている。時々専門用語があったりして、言ってる事が理解出来ない事はあるが、概ね好評らしい。
「やっぱりお前は天才か」
「ん」
そんな状況でも設計図を描く手を止めないエリザベスを撫でると、ちょっぴり満足そうにしていた。可愛い。
今描いてる設計図をチラッと見てみてると、なんかやたらと計算式が書かれてる。ちょっと、現代人の俺でもすぐには理解出来ない計算式だ。
どうやら、船を鉄に変えた場合の必要出力とか、浮力の計算をしてるらしいが。こればっかりは一回浮かべてみないと分からんらしい。隅っこに帰ったらお風呂に浮かべるってメモ書きがある。
お風呂に玩具が増えそうです。
「よぉ、レイモンドさん」
「はい?」
親方達は一通り満足したらしい。設計図を返して来て、ちょっと畏怖の籠った目で、エリザベスを見ている。
「その嬢ちゃん…エリザベスはなにもんだ?」
「モノ作りが好きな女の子ですが」
「この設計図、多少の粗はあるが、見た感じ、浮かべる事ぐらいなら間違いなく出来そうだ。そこからどう走るかは、実際やってみねぇと分からん。しかし、書かれてる通り性能を発揮するなら、物凄ぇ船になるぞ。俺もこんな考え方があるのかと勉強になったくらいだ。とても今日見ただけで描けるような設計図じゃねぇよ。どこかの工房の秘蔵っ子じゃねぇのか?」
「違いますよ。この子はスパンダ帝国のスラムにいた孤児ですよ? まあ、俺もそこの孤児出身なんですけど」
「マ、マジで言ってんのか…?」
「エリザベスとはかれこれ四年の付き合いになります。もしどこかのお偉いさんの隠し子であったとしても、そういう専門の教育を受けてたって事はありませんでしたよ。それに本人は船を実際に見るのは今日が初めてだって言ってますし」
「これが天才って奴なのか…」
目ん玉が飛び出んばかりに驚いてる親方達。そりゃね。こんな可愛らしい子供が本職の方を唸らせる設計図を描くんだから。俺も逆の立場ならびっくりしてるよ。
「それで、こんなとんでもないもんを見せられて、レイモンドさんは俺達に何を望んでるんだ? 対価はいらねぇと言ってたが、何もそのままの意味って訳じゃないだろ?」
「話が早くて助かります」
さてさて。いよいよ大詰め。これで穏便に契約出来るか、荒っぽく契約出来るかが決まる。流石に今回の造船に関しては機密にしないといけない事が多すぎる。新技術が盛りだくさんだからね。
契約しないと情報漏洩が心配なのである。別にここが失敗したら、別の工房に話を持って行っても良いんだけど、もう設計図は見せちゃったし、俺はここが気に入った。
ここの工房が『クトゥルフ』に欲しい。
「実はさっき見せた設計図。あれがまだ序の口だって言ったらどうします?」
さあ、果たして職人は更なる高スペックな船の設計図という誘惑に耐えられるかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます